第18話

 その後十七夜たちは、エルーザが事前に調達し、このモデルルームに保管しておいた缶詰で簡単な夕食を済ませてから、ラミラの重荷を下ろす――つまりは、ラミラからマリティアを引き剥がす方法について話し合うことにする。


 だが、


「ぶっちゃけ、何にも取っかかりがないのが現状なんだよねえ」


 肩をすくめて白状するエルーザに、十七夜は「えぇ……」という顔を、春月が「だと思った」という顔をする。


「ラミラとマリティアを救うことだけを考えたら、マリティアを別の誰かに憑依転生させるのが一番手っ取り早いんだけど、それだと結局、他の誰かを犠牲にすることになっちまうからね。かといって、今までみたいに神像とか棺とかにマリティアを封印するのも、曲がりなりにも彼女を信仰してる身としてはちょっとねえ……」


 最初にマリティアが封印されたのは一〇〇〇年前だと安西は言っていたが、その際に用いられた媒体が、今エルーザの口のに上がったものだったようだ――と、十七夜と春月が得心する中、ラミラがおずおずと手を上げる。


「どうしたんだい、ラミラ? マリティアが良い神様なのか悪い神様なのか、答えが出たのかい?」


 エルーザの問いに、ラミラはブンブンとかぶりを振る。


「それはまだ、わからない……デス。けど……〝ばあや〟たちが、ラミラの中にいる神様を外に出してくれるなら……」


 余程言いにくいことなのか、ラミラは散々逡巡した末に、手を上げた時以上におずおずとしながら言葉をついだ。


「ラミラ……神様のことが知りたいから……神様とお友達に……なりたい……デスっ」


 まさかの言葉に、十七夜たちは顔を見合わせる。


「ダメ……デスか……?」


 ラミラがますますおずおずと訊ねてきた直後、十七夜たちは思わずといった風情ふぜいで、一斉に笑い出した。


「ふふふ……っ。全然ダメじゃないよ、ラミラちゃん」

「お友達……いいねぃ……お友達……デュフ、デュフフフっ」

「あっはっはっはっ! さすがあたしのラミラだよ! 最っ高の答えじゃないか!」


 楽しげに笑う三人に、ラミラが「え?……え?」とオロオロし始める。

 そんな反応が可愛らしくて、三人はますます頬を綻ばせる。


 ひとしきり笑ったところで、十七夜が場を引き締め直すように春月とエルーザに訊ねる。


「それじゃあマリティアは、ラミラちゃんのお友達にするという方向で話を進めるってことでいい?」

「異議な~し」

「あたしも異議なしだねえ」

「……なんかラミラ、バカにされてる気がしマスっ」


 ぷんすか怒るラミラを「してないしてない」と宥めてから、十七夜たちは話を本題に戻した。


「そもそもの話なんだけどぉ、どうしてラミラちゃんは、マリティアさんの依代に選ばれたの?」


 春月の質問に、エルーザは苦い顔をしながら応じる。


「正直言ってあまり愉快な話じゃないけど……話さないわけにはいかないねえ」

「その話、ラミラちゃんは聞いても大丈夫なんですか?」


 小声で訊ねる十七夜に、エルーザは首肯を返す。


「半分くらいはラミラも知ってる話だからね。それに――」


 どんな話でも聞くと言わんばかりの気構えを見せるラミラを一瞥してから、言葉をつぐ。


「当の本人が聞きたがってる。ラミラには色々黙っちゃいたけど、潮時ってやつかもしれないねえ……」


 その言葉に、どれほどの想いが込められているのか想像もつかなかった十七夜に、これ以上口を挟めるわけもなく、ラミラの乳母であるエルーザの判断に任せる他なかった。


「あたしが教団に入信した頃は、ダークエルフと見なされたせいで家族を殺された、エルフの子供たちを保護する活動もおこなってたんだよ。けど、クソジジイが大導師になったあたりから、活動の意味合いが変わってきちまってねえ」


 自分で言っていたとおり、あまり愉快な話ではないからか、エルーザは苦々しげに話を続ける。


「伝承や文献を調べた結果、マリティアが憑依転生する依代は、自我の形成が甘い子供であればあるほど良いことがわかってねえ。理想は赤ん坊だけど、すぐにでも世界の復讐に動きたいであろうマリティアからしたら、自分の体が育つまで待ってられないかもしれないということで、八歳から一二歳くらいまでの子供が、最も依代に適しているという結論に至ったんだよ」


 エルーザは一度息をつき、ますます苦々しい顔をしながら、なおも話を続ける。


「さらに調べたところ、依代の子供が魔力に優れていればいるほど、マリティアの権能を発揮できるどころか、資質次第じゃ封印される前のマリティアすらも上回る力を振るえるかもしれないことがわかってねえ」


 そこまで聞いたところで大凡察した十七夜は、エルーザ以上に苦々しい顔をしながら訊ねる。


「つまりは、善意で始めたはずの子供の保護が、いつしかマリティアの依代にふさわしい子供を手に入れるという目的にすり替わっていったということですか?」

「ああ。さすがに、お眼鏡に適わなかった子供を捨てるほど腐っちゃいなかったけどね」


 そもそも、そんなことになってたらとっくの昔に見限ってたさね――と、エルーザは付け加える。


「それで、お眼鏡に適っちゃったのが、ラミラちゃんってわけねぃ」


 春月がラミラを見やると、彼女はコクンと首肯を返してから答えた。


「だからラミラはみんなから大事にされてるって、〝ばあや〟に教えてもらいマシタ」


 そんなラミラの言葉を聞いて、十七夜は、公園で戦った教団の信徒のことを思い出す。

 あの時リーマンの信徒は、ラミラのことを「丁重に保護させてもらうつもりだ」と言っておきながら、彼女に対して敵意を抱いていた。

 大事にしていたからこそ、マリティアをその身に宿していながら教団から逃げ出したラミラのことを憎んでいたのか。

 あくまでも大事にしていたのは〝マリティアの依代〟であって、ラミラそのものは大事にしていなかっただけなのか。

 依代でありながら、マリティアをその身に宿してなお肉体の主導権を渡さないラミラのことが許せなかったのか。

 考えれば考えるほど気が滅入る推測しか出てこなかったので、十七夜は、このことに関してはもうこれ以上考えないことにして、ふと疑問に思ったことをそのままエルーザに訊ねることにする。


「エルーザさん。マリティアはグランネの国々との戦争に敗れ、瀕死の重傷を負ったことでラミラちゃんに憑依転生したんですよね?」

「ああ。二〇〇年くらい前だったら、あたしもマリティアと一緒に戦ったかもしれないけど、もう若くないし、ラミラを箱入りさせてる屋敷にいた信徒たちが、戦争でばたついてるドサクサなら、ラミラの内にマリティアを封じる魔法を仕込めると思ったから、あたしは参加しなかったけどね」


 その話を聞いて、ラミラと初めて出会った日、彼女の背中に描かれた魔法陣を思い出しながらも、十七夜は質問を続ける。


「それってつまり、憑依転生するタイミングはマリティア次第ってことになりますよね? もしマリティアが憑依転生せずに、ラミラちゃんが大人と呼べる年齢にまで育った場合、ラミラちゃんはどうなっていたんです?」

「依代としての役目を終えて、普通の信徒として扱われるようになるだけさね。依代にしても、ラミラの魔力が飛び抜けて優れているから第一候補になってただけで、保険としてラミラ以外にも依代として育てられている子供は何人もいる」


 これも、クソジジイが考えたやり口さね――と吐き捨てるエルーザに、珍しくも真剣な表情で考え込んでいた春月が訊ねる。


「仮にの話なんだけど、もし全く魔力のない依代に憑依転生したら、マリティアさんは何の力もない女の子になっちゃったりするの?」

「そいつは……どうだろうねえ? 種族差や個人差があるというだけで、ありとあらゆる生物はその身に魔力を内包している。それはラピドゥムの人間も例外じゃないし、実際あんたらからも魔力は感じてる。魔力に乏しい依代に憑依転生すれば、マリティアの権能は充分には発揮できないかもしれないけど、マリティアを邪神扱いしてる連中からしたら、それでも充分すぎる脅威と見なすだろうねえ」

「さっきエルーザさんが言ってた、神像とか棺とかには魔力は?」

「無生物だから魔力は内包されていない。だからこそ、封印には持ってこいだったわけだけど……さっきも言ったとおり、神像や棺そういうのにまたマリティアを封印するのは、あたしは気が咎めるものがあるね」


 ラミラの中にマリティアを封印したあたしの言うこっちゃないけど――と付け加えるエルーザに、十七夜は言う。


「そもそも動けない喋れないじゃ、ラミラちゃんとお友達にもなれませんしね」

「そ、それは困りマスっ」


 と、ラミラが口を挟んだところで、春月が突然、「ニチャァ……」と笑い始める。

 笑みの意味がわからず、ラミラはおろかエルーザさえもちょっと引く中、親友ゆえに一人察していた十七夜が訊ねる。


「ハル、何か閃いたの?」

「まぁね~」


 応じながら、春月はリュックサックから、パンダのイチローくんと、レッサーパンダのジローくんを取り出した。


「あ、イチローくんとジローくん!」

「おやま、可愛いらしいねえ」


 ラミラとエルーザが相好を崩す中、春月はスマホを操作して、イチローくんとジローくんを直立させ、二匹並んで軍隊さながらに行進させる。

 もともと二匹が動くことを知っていたラミラが目を輝かせ、エルーザが「おやおや……」と驚く中、春月はさらにスマホで二匹を操作し、


『『実は、こうやって喋らせることもできるんだよねぃ』』


 イチローくんとジローくんが春月の声で喋り出し、これにはエルーザだけではなく、ラミラも、十七夜さえも驚きのあまり目を開いてしまう。


 春月はスマホを懐に仕舞い、今度は肉声でエルーザに訊ねる。


「で、エルーザさんに質問なんだけど、イチローくんとジローくんからは、魔力感じる?」

「全然感じないけど……まさか、このぬいぐるみに、マリティアを憑依転生させるとか言うつもりじゃないだろうね?」

「さすがに、そんな面白いことはしないよぉ。こんな感じで魔力はないけど、動くことも喋ることもできる、ちゃんとした人の形をした身体ボディにマリティアさんを憑依転生させることができたら、人畜無害な神様を爆誕させることができるんじゃないかな~って思って」


 そこまで言った上で、春月は「ただぁ……」と前置きしてからエルーザに訊ねる。


「マリティアさんが何の力も持たなくなっちゃうこと、エルーザさん的にはアリ? それともナシ?」


 さしものエルーザもすぐには答えを出せず、短くない黙考を経てから答える。


「……アリと言えばアリだけど、力を失ったからといって、レグヌムも含めたグランネの連中が、マリティアを許すとは思えないんだよねえ……」

「それですけど、マリティアがこっちの世界に保護された場合はどうです?」


 小さく手を上げながら訊ねる十七夜に、エルーザは片眉を上げながら訊ね返す。


「保護って……異世界対策室の連中とかにかい?」

「はい。室長の安西さんは、内心ではラミラちゃんが犠牲になることには否定的だと思うので、解決策さえ提示すれば協力を取りつけることができると思うんですよ」

「ぼくとしても、マリティアさんの身体ボディを造る資金を国に出してもらえたら、どこぞのテロ組織の暗号資産をちょろまかしたりする手間が省けるから、室長さんの協力は欲しいところだねぃ」


 しれっと春月がとんでもないことを言っていることはさておき。


「話を聞いてると、その室長さんの協力を得られるのは〝絶対〟って風には聞こえないのは気のせいかい?」


 十七夜も春月も、揃ってギクリとした顔をする。

 自然、エルーザの口からため息が漏れる。


「だけど、そうだねえ……仮に異世界対策室の協力を得られて、マリティアが保護された場合は、さすがにグランネの連中も、ラピドゥムと揉めてまでマリティアを滅しようとは思わないはずだ。まあ、無害化していようが、絶対にマリティアにグランネの地を踏ませないという約束くらいは結ばせるかもしれないけど」

「じゃあ、アンドロイドマリティアさん計画は、アリってことでいいんだねぃ?」


 さしものエルーザもアンドロイドのことは知らなかったようで、「アン……?」と困惑した顔をしていた。


「アンドロイドは、人型の機械だと思ってくれればいいよぅ」

「そういう意味かい。それなら……本当に異世界対策室の協力を得られるってんなら、アリでいいと――」



「しっ……」



 十七夜が唇の前に人差し指を立てて、静かにするよう催促しつつ、


「エルーザさん。光を消してください」


 魔法で生み出された光源を消すよう催促する。

 エルーザが首肯を返そうとしたその時、



 ガッシャァアァアン――とけたたましい音を立てて、白色のスーツに身を包んだ三人の男が窓ガラスを蹴破って闖入してきた。



 その三人が、異世界対策室の地下駐車場で戦った、オルガルドも含めた三人の騎士だと認めた十七夜は即座に窓の方へ向かうも、


(これは……!?)


 三人の敵意が、ラミラではなく自分一人だけに向けられていることに気づき、思わず困惑してしまう。


 いったいなぜ?――と考える暇もなく、オルガルドたちはその手に持った騎士剣を鞘から抜き放ち、斬りかかってくる。

 敵意に殺意が入り混じったことを敏感に察知した十七夜は、地下駐車場での戦闘時よりもさらに一段ギアを上げ、最初に斬りかかってきた騎士の斬撃をかわしつつ、カウンターで鳩尾に掌底を叩き込む。


 内臓を揺さぶり尽くされて昏倒する味方には構わず、攻撃直後の隙を突く形で、オルガルドがこちらの肩口目がけて刺突を放ってくる。

 一応は急所を避けているところにオルガルドの良心を見たものの、刺突の鋭さには良心の欠片もなく、回避に徹さざるを得なかった十七夜は強引に身を捻ることで剥き出しの切っ先をかわした。

 連携してもう一人の騎士が放った横薙ぎを身を沈めてかわしたところで、別の敵意を察知した十七夜は、オルガルドたちが自分一人にのみ敵意を向けていた理由に気づく。


「この人たちは囮だ! 玄関から増援が――くっ!」


 皆まで言わせないとばかりにオルガルドが振るった、今度は殺してしまっても構わないとばかりに振り下ろした剣を、十七夜は横に転げることで回避する。


 ほぼ同時に、蹴破られた玄関のドアから、さらに三人の騎士が闖入してくる。


 十七夜はすぐさま体勢を立て直し、追撃を仕掛けようとしていた騎士が斬りかかるよりも早くに踏み込み、すれ違い様に延髄に手刀を叩き込んで一撃で沈める。

 勢いをそのままに、ラミラたちのもとへ戻ろうとするも、


「いかせぬよ!」


 オルガルドが袈裟懸けの斬り上げを放ってきたため、足を止めると同時に飛び下がることで斬撃を回避した。

 というより、回避を強制させられてしまった。


 その間にも、ドアから闖入してきた三人の騎士がラミラたちに肉薄してくる。


「ひぇぇえぇえぇええぇっ!!」


 春月は情けない声を上げながらも、パンダのイチローくんと、レッサーパンダのジローくんを特性スマホで操作。

 イチローくんの口が開き、催涙スプレーを噴霧しようとするも、


 プスッ――


 スプレーの残りが少なかったのか、気の抜けた音とともに雀の涙程度の催涙剤を噴霧するだけで終わってしまう。

 そして、イチロー君の援護を受けないまま、内蔵スタンガンをくらわせるべく騎士に抱きつこうとしたジローくんは一閃のもとに斬り捨てられ、


「ジローくぅうぅううぅんっ!!」


 春月の悲痛な叫びがこだまする中、イチローくんとジローくんの頑張りを無駄にしなかったエルーザが、


「【トニトゥルム】!」


 しっかりと呪文の詠唱を完了させ、掌から放った雷撃を三人の騎士にくらわせた。


 騎士たちは、力なくその場に倒れようとするも、


「ひわぁあっ!?」

「なっ!?」


 一人だけはかろうじて踏み止まり、放った横薙ぎを、春月と頭を抱えながら屈むことで、

エルーザは尻餅をつくことで紙一重でかわす。

 この好機は逃すまいと、騎士は体をふらつかせながらも、ラミラに近づいていく。


「ぁ……ぁぁ……」


 ラミラは恐怖で足が竦んでしまい、逃げるどころかその場から動くことすらできず、


「そこをどいてっ!」

「どかぬッ!」


 頼みの綱の十七夜が、決死のオルガルドに足止めされる中、


「マリティア……滅びろぉおぉおぉおぉおぉッ!!」


 騎士は両手で握り締めた剣を、ラミラ目がけて振り下ろ――



「ラミラぁッ!!」



 悲鳴じみた絶叫とともに、エルーザがラミラに抱きつく。

 次の瞬間、



 凶刃が、エルーザの背中を深々と斬り裂いた。



「……え?」


 ラミラが呆けた声を漏らす中、彼女に抱きついていたエルーザが、ずり落ちるようにして床に倒れ伏す。


「く……そ……」


 今の一振りに文字どおり全てを賭けていたのか、気力と体力――双方の限界を迎えた騎士は、ラミラを殺せなかった悔恨を吐き出しながらくずおれる。


 ラミラは呆然としながらその場にへたり込み、倒れ伏すエルーザの体を両手で揺する。


「〝ばあや〟……〝ばあや〟……?」


 その際、掌に生暖かくも粘ついた感触を覚え、両手を持ち上げてみると、そこにはエルーザの血がベッタリと付着していた。

 それを目の当たりにした瞬間、



 ずくん――



 ラミラの心臓が不吉な音色を奏で始める。



 ずくん――



 音色を奏でる度に、胸が苦しくなっていく。



 ずくん――



 やがて音色は痛みを伴い、



「い……や……」



 ラミラの小さな体の深奥から光が発せられたのも束の間、



「いやぁああぁあああぁああぁあぁあぁあぁっ!!」



 神々しいまでの鮮光となって夜の闇をあっし、彼女の傍にいたエルーザを、春月を、騎士たちを吹き飛ばした。

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