第17話
「てことは、今日一日で、教団の信徒とやり合って、異世界対策室の本部に連れてかれてオルガルドの坊やとやり合って、とどめに教団の
一通りの話を聞いて、呆れたように訊ねるエルーザに、十七夜は曖昧に笑いながら「そうなりますね」と肯定した。
あらためて説明してみると、今日一日であまりにも色々なことがありすぎたと、十七夜は思う。
「カナってば、ちょっと人間やめてるところがあるからねぃ」
「なんて言ってるけど、異世界対策室の連中すら翻弄したり、教団の
エルーザの指摘に、春月は「いやぁ、それほどでもぉ」と照れ照れする。
「人間やめてる」をどうしても褒め言葉として受け取れなかった十七夜は、微妙な顔をするばかりだった。
「ぼくらの話はこんなとこだし、エルーザさんがラピドゥムに来てからどう行動してたのか教えてぇ?」
「と言われてもねえ……クソジジイの館でも話したとおり、自力じゃラミラを見つけられそうになくて、あえてクソジジイのところに捕まりに行った以外のことは何もしてないから、本当に話せることがないんだよね」
肩をすくめるエルーザに、春月は残念そうな顔をする。
兎にも角にも、これでお互いの近況と、そこに付随する情報を共有することができた。
ここからが本題だと思った十七夜は、緩みつつあった空気を引き締めるように、真剣な声音でエルーザに訊ねた。
「エルーザさん。あなたがラミラちゃんをラピドゥムに転移させたのは、レグヌム騎士団から逃げること
ラミラの手前直接言及しなかったが、ラミラの身に封印した
「もちろんそれだけが目的じゃないさね。あたしらの世界じゃどうにもならなくても、ラピドゥムならラミラの重荷を下ろしてやれる可能性があるんじゃないかと思ってねえ」
『けど、もしかしたら、エルーザさんは異世界なら違う突破口が開けるかもしれないと思って、こっちの世界にラミラちゃんを転移させたのかもしれない』
十七夜がそう言った際、春月が「希望的観測が過ぎる気もするけど」と言っていたことを憶えていた十七夜は、「ほら」と言いたげな顔で春月を見つめる。
春月が「否定はしてないんだけどねぃ」と言いたげな顔を返す中、ここまでずっと静かにしていたラミラが、おずおずとエルーザに訊ねた。
「〝ばあや〟……重荷って、ラミラの中の神様のことを言ってるのデスか?」
「それは……」
と、口ごもるエルーザに畳みかけるように、傍で聞いている十七夜と春月までもが息を呑む問いを、ラミラは口にする。
「ラミラの中にいる神様は……もしかして、悪い神様……なのデスか?」
まさかの問いに、重い沈黙がこの場にいる全員の肩にのしかかる。
だが、問いをぶつけられたエルーザはいつまでも黙っているわけにもいかず、絞り出すような声でラミラに答えた。
「少なくともあたしは、悪い神様だとは思っちゃいない。あたしもグランネっていう世界が勝手に決めた正しさってやつのせいで家族を失ったクチだから、マリティアの気持ちはよくわかるからねえ……」
「家族を……失った……?」
その言葉の重みを噛み締めるように呟くラミラに、エルーザは首肯を返す。
「四〇〇年くらい前だったかねえ……当時はわたしも所帯をもってて、息子だって居たんだけど……その息子がたまたま知り合ったダークエルフの子供と仲良くなっちまってね」
どこか自嘲めいた笑みを浮かべてから、エルーザは言葉をつぐ。
「それだけを理由に、息子もダークエルフと認定されて、レグヌムの前身となる国の連中に殺されちまったよ。息子を守ろうとした旦那ともどもね……」
「だから教団に入って、世界に復讐することに決めたのですか? ラミラちゃんの中の神様と同じように」
ラミラの代わりに訊ねた十七夜に、エルーザは答える。
「その時に比べたらいくらかマシになったと言っても、『ダークエルフは世界の敵』っていう認識は、いまだに変わっちゃいないからね。そんな世界、好きになれる要素があると思うかい?」
さすがに、根拠もなく「ある」などと答えられるほど十七夜は厚顔ではなく、口ごもってしまう。
「そんな世界でも、ラミラのためならと思って歩み寄ろうとしたのに、結局は追われる身になっちまってるからね。手前勝手な基準で正しいと思ったことなら、どんな非道を
そこまで言い切ったところでため息をつき、ラミラの頭をくしゃり撫でながら付け加えるように言う。
「ま、だからって、こんな幼い子供を依代にする今の教団も、好きになれる要素はないんだけどね」
それを聞いて、十七夜は得心する。
ダナンが自分に対して「エルーザと同じ穴の
「ラミラ……あんたの中にいるマリティアも、〝ばあや〟と同じように、グランネという世界に家族を殺され、世界を恨み、世界にケンカ売ってる神様なんだよ。だから、〝ばあや〟や教団の信徒たちにとっては良い神様だけど、世界にとっては悪い神様になる」
ラミラにとっては話が難しいのか、「むむ……」と眉根を寄せながら必死に理解しようとしている彼女を諭すように、エルーザは言葉をつぐ。
「けど、〝ばあや〟や教団の事情も、世界の事情も、今は気にしなくていい。あんたの中にいる神様――マリティアが良い神様なのか悪い神様なのかは、ラミラ……あんたが自分で判断すればいい」
ますます「むむむ……」と難しい顔をするラミラの頭を、エルーザはもう一度優しく撫でる。
「今すぐに決めなくていい。ゆっくりじっくり考えるといいさね」
そう言って、エルーザは十七夜たちの方へ向き直った。
「先に断っとくけど、あたしが恨んでるのは、あくまでもあたしらの世界――グランネであって、ラピドゥムじゃない。そもそもグランネにしたって何もかもを恨んでるわけじゃないし、教団の信徒やクソジジイみたいに滅ぼしてやりたいとも思っちゃいない。そこは、ま、信じてくれるとこちらとしても助かるさね」
「信じますよ」
即答する十七夜に、エルーザは目を丸くする。
「そう言ってもらえるのは有り難いけど、もうちょっと悩んでも罰は当たらないと思うけど?」
「悩む必要なんてありませんよ。あなたは、ラミラちゃんの大好きな〝ばあや〟さんなのですから」
「信じる担保としちゃぁ、それで充分だねぃ」
エルーザはますます目を丸くし……弾けるように笑い出した。
逆に十七夜たちが目を丸くしてしまうほど豪快に。
「あっはっはっ! どうりでラミラが懐くわけだよ! いいね! あたしもあんたらのことを気に入ったよ!」
そう言ってエルーザは、魔法でこの部屋に転移する前にした時と同じように、十七夜たち三人をまとめて抱き寄せた。
「ラミラちゃん……エルーザさんっていつもこんな感じなのぉ?」
「いつもこんな感じ……デス」
外見のみならず、中身も〝ばあや〟と呼ぶにはあまりにも
そんな中、十七夜一人だけは、声音も表情も真剣にしながらエルーザに訊ねた。
「エルーザさんはマリティアのこと、どうしたいのですか?」
「それはラミラの判断に任せようと思ってる――って言いたいところだけど、マリティアが滅せられるのだけは、さすがに勘弁だね。さっきも言ったとおり、マリティアへの信仰をやめるつもりは、あたしにはないからね」
「わかりましたけど……エルーザさんのマリティアに対する語り口を聞いてると、あまり信仰とか崇拝とかしてる感じには聞こえないのは気のせいですか?」
「気のせいさね」
と笑って返すエルーザに、「あ、やっぱり気のせいじゃなさそう」と思う十七夜だった。
◇ ◇ ◇
異世界対策室の本部にある、貴賓用の宿泊施設。
貴賓用ゆえに、以前十七夜たちが通された部屋とは違って録音も録画もされていない一室で、オルガルドは
「今の話はまことか?」
「はっ! 魔法士団の〝網〟の範囲内での出来事なので、間違いはありません!」
次元の壁に綻びでも生じない限り、
オルガルドも含めたレグヌム騎士団が確実にグランネに戻るためにも、異世界転移魔法が使える魔法士を随行させるのは自明であり、現在本部には騎士団以外にも、少数の魔法士団が滞在していた。
言うまでもない話だが、魔法士団はただ異世界間を行き来するためだけに騎士団に随行しているわけではなく、魔法を使ったアプローチから、邪神マリティアをその身に宿した少女――ラミラの行方を捜していた。
そして騎士の言う〝網〟とは、魔法士団が外津市の外まで張り巡らせた、魔力の反応を感知するレーダーを指した言葉だった。
「魔法士たちが言うには、反応からして使われた魔法は長距離転移魔法。位置は、この街の中にある、再開発エリアと呼ばれる場所になるとのことです」
補足説明する騎士に、オルガルドは顎に手を当てながら応じる。
「再開発エリアか。その場所についてはアンザイ殿から聞いている。言葉どおり、古くなった街を新しく造り替えているエリアという話だ」
「そのアンザイ殿についての話になりますが、どうします? 魔法士団が感知した反応について報告しますか?」
「何も言わずに本部を出るわけにはいかぬからな。当然、アンザイ殿には報告する」
実のところ、魔法士団が感知した反応を、異世界対策室の室長――安西に報告したのは今回だけではなかった。
十七夜たちが公園でマリティア教団の襲撃を受けた際、魔法士団が、ラミラの封印がわずかに綻んだ反応と、教団の信徒が使った結界魔法の反応を感知。
その報告を受けた異世界対策室の職員が、当時たまたま公園の近くを移動中だった安西に報せたことで、迅速に現場に急行できた次第だった。
「……オルガルド隊長。一つ、進言させていただいてもよろしいでしょうか?」
報告に来た騎士が、どこか覚悟の滲んだ表情で訊ねてくる。
ただならぬものを感じたオルガルドが「聞こう」と答えると、騎士はとんでもないことを進言してきた。
「もし今回感知した反応の先にラミラがいた場合は、その場で直ちに斬り殺すべきだと私は思います」
オルガルドの
「わかっているのか? 我々の世界とは違って、ラピドゥムはヒトの生き死にはとかく
「わかっています! ですが、ラミラの護衛についているあの少女の
頭を下げる騎士に、オルガルドは問う。
「確かに
「それもまた必要な犠牲というものです。外交問題に関しても、最悪我々の命で償えばいいだけのこと。ヒトの生き死にに五月蠅いからこそ、我々よりも過剰に命を重く見ているラピドゥムならば、仮に外交問題に発展したとしても刃を収めてくれるでしょう」
「初めから、命を賭しての進言だったというわけか……」
オルガルドは感銘を受けたように呟き、騎士に頷き返す。
「確かに其方の言うとおり、邪神を滅するには我々の命を犠牲にするくらいの覚悟は必要というもの。騎士たちには、ラミラを見つけ次第斬り殺すよう伝えておくがいい。言うまでもないが、アンザイ殿たちには勿論、魔法士団にも悟られぬようにな」
オルガルドの英断に、今度は騎士の方が感銘を受けながら「はっ!」と返した。
「例の反応についてだが、アンザイ殿に報告した場合、アンザイ殿自身も含めて、異世界対策室の人員の同行を願い出てくるやもしれぬ。ゆえに、反応についてはあえて具体的な位置は教えず、アンザイ殿たちには見当違いの場所を捜させるように誘導しておけ。我々と行動を共にされては、ラミラを斬り殺す邪魔をされる恐れがあるからな」
「かしこまりました!」
その言葉を最後に、騎士は部屋から去っていく。
オルガルドは、ベッドの脇に立てかけていた竹刀袋を手に取り、握り締める。
騎士に命を賭ける決断をさせた、ラミラの護衛についていたあの少女。
安西から聞いた話によると、名は神村十七夜と言い、ボディガードと呼ばれる護衛の専門家の中でも五指に入る実力者とのことだった。
(我が足止めに徹すれば、あるいは、ラミラを生け捕りにすることもできるやもしれぬが……)
神村十七夜は、剣を構えただけで実力を肌で感じられるほどの
実力とは別の所で恐さを覚える相手だった。
一度敗北した手前、一人の騎士としては一対一で雪辱を果たしたいという気持ちがないわけではない。
だがそれも、
「邪神のいない平和の世界……その前では
あえて口に出すことで踏ん切りをつけると、オルガルドは竹刀袋を手に部屋を後にした。
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