第14話
名前を名乗り合う程度の簡単な自己紹介を終えた後、十七夜たちが通されたのは、宴会場を思わせるほどに広い和室だった。
「いや、なんで洋館なのに和室ぅ?」
洋館の中に無理矢理設けたものなのか、和室と呼ぶには高すぎる天井を見上げながら、春月がごもっともすぎる疑問を口にする。
それに対してダナンは、広い和室の中央にポツンと置かれた座布団に腰を下ろし、胡座を掻きながら答えた。
「儂の趣味じゃ。とはいえ、若い連中が過ごしやすいよう、それ以外は儂らの世界に近い様式にしておるがのう」
そう言って、ダナンは十七夜たちにも座布団に座るよう促す。
十七夜が正座で、春月が胡座を掻いて座る中、ラミラはひとまず十七夜の真似をして正座しようとするも、つらかったのかすぐに足を崩し、春月とダナンの真似をして胡座を掻いて座った。
「じじさま……〝ばあや〟はここにいるの……デスか?」
おずおずと訊ねるラミラに、ダナンはギロリと鋭い視線を向ける。
ラミラが思わずビクリと震える中、ダナンはため息混じりに答えた。
「エルーザはこの館にいる。やらかしたことがことだから、魔力を封じた上で牢に放り込んでおるがのう」
エルーザがここにいる証言はとれたものの、牢に入れられていることを考えると素直に喜べず、十七夜と春月は勿論、ラミラも微妙な顔をしてしまう。
「やっぱりじじさまは……ラミラと〝ばあや〟のこと……怒ってマスか?」
「エルーザがお主を
「じゃ、じゃあ……〝ばあや〟は……?」
なおもおずおずと訊ねるラミラに、ダナンは吐き捨てるように答えた。
「あの女が煮ても焼いても食えない類だということは、お主も知っとるだろう。先程言うたとおり、魔力を封じて牢に放り込む以上のことはしておらんから安心せい」
少しだけ胸を撫で下ろすラミラを尻目に、エルーザが煮ても焼いても
そんな二人の心中を知ってか知らずか、ダナンはわざわざ十七夜たちに体を向けた上で、話しかけてくる。
「カナキにハルと言うたか。お主らをこの館に招いたのは他でもない。お主ら、
「……え? それって……」
曖昧に聞き返す十七夜に、ダナンは「ふむ?」と顎を撫でてから答える。
「言い方が悪かったか? そうじゃな……こちらの世界風に言い換えれば、お主らをスカウトしたいといったところじゃな」
これには十七夜も春月も、思わず目を見開いてしまう。
「い、いいのですか? わたしはあなたの仲間を返り討ちしましたし、そのせいで全員が異世界対策室に捕まってしまったのですよ?」
「その手並みを
ダナンの物言いから判断するに〝聞く〟力はなさそうだが、それでも、安西が危惧していたとおり遠く離れていてもこちらの様子を〝視る〟ことができる魔法が存在したこと、異世界室の本部ならばその対策ができていることを、図らずも知った十七夜は息を呑みそうになる。
「信徒たちを苦もなく退け、レグヌムと異世界対策室を相手に無事
捕まった信徒を一顧だにしない物言いに十七夜が眉をひそめる中、春月は訊ねる。
「ぼくが
「そう思ってくれて構わん。儂らにつけば、その辺りの魔法についてより詳しく教えてやってもよいぞ」
その言葉に、ちょっとぐらつきそうになっている親友の脇腹を肘で小突いてから、十七夜は訊ねる。
「話はわかりました。ですがその前に、あなた方が信仰している神様について、詳しく教えていただけませんか?」
「……レグヌムや異世界対策室の連中に、我らが神についてなんぞ吹き込まれたか?」
「吹き込まれたかどうかはともかく、話は色々と聞かせてもらいました」
「そうか……」
ダナンは和室の隅に控えていた執事の一人を見やり、命令する。
「ラミラをエルーザのところに連れて行ってやれ。ここからは、子供に聞かせるには少々退屈な話になるでのう」
「かしこまりました」
と、慇懃に承る従者に、ダナンは注文を付け加える。
「但し、あくまでも牢越しでな」
それを聞いて、ラミラがちょっとシュンとした顔をする。
「じじさま……〝ばあや〟はまだ……牢の中にいなくちゃいけないのデスか?」
「残念なことにな」
どれだけお願いしても、ダナンがエルーザを牢から出す気がないことがわかったのか、ラミラは従者に連れられて、スゴスゴと和室から出て行った。
「いいの? ラミラちゃんを一人にして?」
春月は小声で十七夜に訊ねるも、地獄耳なのか、ちゃっかりとその声が聞こえていたダナンが代わりに答える。
「案ずるな。エルーザめに封じられているとはいえ、ラミラの身には我らが神が宿っている。だのに教団から脱走したラミラとエルーザに悪感情を抱いている信徒がいることは否定せんが、さりとて神の器たるラミラに仇なすような不敬を犯す者は一人もおらん。少なくとも、そのような不信心者は儂が許さん」
ただでさえ鋭かったダナンの視線がさらに鋭くなり、春月は思わず「ひぇ……」と情けない声を漏らしてしまう。
「それに、我らが神の話を聞いたことでラミラの心が不安定となり、エルーザめの施した封印が綻んで我らが神が降臨なさったとしても、この世界では我らが神の権能を充分には発揮できんからな。我らが神とて、復讐すべき世界とは別の世界に降臨するのは本意ではなかろう」
鋭さをそのままに、今度は十七夜に視線を向けるも、こちらは小揺るぎもしないことに、ダナンはあるかなきかの微笑を浮かべる。
「互いの事情はともかく、我らが神についての話をラミラに聞かせたくないという点は一致している。カナキが、ラミラを一人にすることを良しとしたのもそれゆえじゃろう?」
「そんなところです」
と、しゃあしゃあと答えている十七夜だったが。
ダナンがラミラのことを心底から傷つけるつもりはないことは、例によって敵意の有無でわかっていた。
おまけに、大導師ゆえに目の届く範囲にいる信徒の手綱はしっかりと握っている様子だったので、少なくとも現状は、ラミラに危険が降りかかる恐れはないと十七夜は確信していた。
「して、レグヌムや異世界対策室の連中は、我らが神について何と言うておった?」
「……邪神と」
「やはりか……」
湧きかけた怒りを鎮めるように、ダナンは深々と息を吐く。
「それ以外は?」
「あなた方の神様であるマリティアが、あなた方とともにグランネの全ての国に戦争を仕掛け、数十万人もの死者を出したと」
「またグランネなどという呼び方を……」
ダナンにとっては敵方に等しい、異世界対策室が勝手に決めた呼称に不快感を覚えているのか、わずかに眉根を寄せるも、
「……じゃが、話をする上では都合が良いのもまた事実、か。……そうじゃな。お主らに合わせて、今回に限り、ラピドゥムという呼称ともども使ってやるとしよう」
独りごちるように言ってから、十七夜の言葉に答えた。
「我らが神が、グランネの国々全てに戦争を仕掛けたことも、我らが教団も神に協力して、数十万ものヒトを殺してやったことも、事実じゃ」
「や、やっぱりマジモンの邪神なんじゃぁ……」
おそるおそる口を挟む春月に、ダナンは睨むような視線を向ける。
「ダナンさん。あまりわたしの友人を怯えさせないでください」
「すまんな。じゃが、我らの神を邪神扱いされると、どうしてもな」
「……マリティアがグランネの全ての国に戦争を仕掛けたのは、先程ダナンさんが言っていた、復讐が理由ですか?」
「そのとおりじゃ」
ダナンは重々しく首肯を返し、語り始める。
「儂とて詳しくは語れんが、我らが神は、もとはただのエルフだったという話じゃ。我らが神の伴侶となったエルフは、当時禁忌とされていた憑依転生の魔法を研究していたらしくてな。それが理由でダークエルフと認定され、我らが神一人を残して一族郎党処刑されたと伝え聞いておる」
「マリティアただ一人が生き残ったのは、もしかして、憑依転生魔法を使ったからですか?」
「その辺りついての伝承は残っておらず、我らが神に訊ねるのも恐れ多いため詳しいことはわかっておらんが、おそらくはそうじゃろうと儂は考えておる」
春月が、おそるおそる挙手しながら訊ねる。
「一族郎党というのは……子供も含めて?」
「伝承では、生まれて間もない赤子も含まれていたと聞いておる」
その答えには、十七夜も春月も痛ましさを覚えずにはいられず、表情に悲痛を滲ませてしまう。
「我らが教団に属する信徒の多くが、種族に関係なく、グランネという世界に虐げられた者たちで構成されている。ゆえに、世界に戦争を仕掛けることに躊躇いはなく、それによって数十万ものヒトが死んだところで、溜飲が下がる以上の感情は湧かん」
「……ラミラちゃんに施された封印が解けて、マリティアが降臨したら、またグランネに戦争を仕掛けるつもりですか?」
痛ましさ以上に、怒りを滲ませた十七夜の問いに、ダナンは迷うことなく「然り」と答えた。
マリティアや、教団の信徒が抱える怒りについては、別の世界の人間である自分たちにとやかく言う権利はないことは、十七夜もわかっている。
けど、それでも、ラミラのような小さな子供が復讐に利用されるのは、どうしても憤りを覚えてしまう。
「最後に一つだけ聞かせてください。あなた方教団が言う依代とは、
それを聞いてハッとする春月を尻目に、ダナンは再び「然り」と答えた。
「仮に、エルーザさんが封印を施すことなく、マリティアが完全に憑依転生していた場合、ラミラちゃんはどうなっていたのです?」
「我らの神と一つになる、教団においては最上級の栄誉を賜ることになっていたじゃろうな」
「そういうことを訊いてるんじゃないんですっ!」
声を荒げる十七夜に、春月がちょっとだけ驚き、ダナンは意外そうな顔をする。が、すぐに得心した表情を浮かべ、
「……なるほど。お主も、エルーザと同じ穴の
出し抜けに呪文を唱える、ダナン。
その時にはもう彼の敵意を察知していた十七夜が、春月をお姫様だっこしながら飛び下がっていた。
遅れて、ダナンの眼前の畳に具象した魔法陣から、一体の
その
ファンタジーの世界においては最もメジャーな
「カナキよ。お主の想像どおり、我らが神と一つになることで、ラミラの肉体は神のものとなり、ラミラの精神は永遠に覚めない眠りにつくことになる。そしてお主はそのことを、ラミラの死を意味していると考えている。エルーザと同じようにな」
そうであろう?――と視線で問いかけてくれるダナンに対し、十七夜は春月を畳の上に下ろしてから答える。
「そのとおりです。どんなご大層な理由があっても、大人が子供に犠牲を強いるやり口なんて絶対に間違ってるっ!」
怒りを露わにする十七夜に、ダナンは嘆息する。
「なればこその栄誉なのじゃが……残念じゃな。儂は本気でお主らを教団に引き入れるつもりでおったのじゃぞ?」
そんな
「そうだな……ラミラには、カナキとハルはお前を置いて勝手に帰ったと伝えておこう。ドラゴンに食わせれば、死体も残らんことだしのう」
「いやいやぁ。こんなデカブツが暴れ回ったら、館自体がメチャクチャになってラミラちゃんにも即バレすると思うんですけどぉ……」
おそるおそる抗議する春月に、ダナンは笑って返す。
「なに、心配には及ばん。ラピドゥムで知ったコーティングなる技術を魔法に応用して、この和室にあるもの全てを薄い結界で覆っておるからのう。ドラゴンの巨体がどれほど動き回ろうが、どれほど
まさかの、こちらの技術とあちらの魔法の
その間にも、十七夜は和室の出入り口に視線を巡らせるも、公園で信徒の襲撃を受けた時と同じように、開け放たれていたはずの出入り口が色の濁流と化していることに、ひいては結界で閉ざされていることに舌打ちする。
ドラゴンが暴れやすいよう結界を閉じられる前に室外に避難したのか、和室の隅で待機していたはずの執事たちの姿は一人も見当たらなかった。
「春月は下がってて」
そう言って前に出る十七夜に、春月は心配げに訊ねる。
「勿論下がらせてもらうけどぉ……大丈夫なの? 相手はドラゴンだよぅ?」
「大丈夫に決まってるじゃない」
と、表情一つ変えることなく断言する凜々しさとは裏腹に。
(大丈夫じゃないに決まってるでしょ~~~~~~~~っ!!)
心の内では、今にも半べそを掻きそうなほどの情けない悲鳴を上げていた。
何せ相手はドラゴンなのだ。
当然、そんな化け物と戦った経験なんて今までの人生で一度たりともないし、正直に言ってちょっと――いや、かなり恐いくらいだった。
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と、心の中で何度も祈る一方で、春月に心配されないよう平然とした表情を保ちながら、十七夜は決然とドラゴンを見据えた。
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