第13話

 公園で十七夜たちを襲ったマリティア教団の信徒たちが、どこからやってきたのか調べた際、六人中五人が賃貸ではあるが居を構えていることが判明した。


 不良だったりギャルだったり作業服を着た中年だったりと、外見だけでも信徒たちがこっちの世界に随分溶け込んでいるという印象は受けていたけれど。

 六人中五人が普通にこっちの世界に住んでいた事実には、十七夜も春月も驚かされるばかりだった。

 唯一、六人のリーダー格と思しきリーマンだけは、電車を乗り継いで遠くから来ていたので、狙いを絞ってリーマンの動向を調べてみたところ、


「大ビンゴだったねぃ」


 電車に乗って郊外を目指しながら、春月は満足げに独りごちる。


「だね」


 と相槌を打ちながらも、十七夜は、こちらに寄り添う形でスヤスヤと眠っているラミラの頭を、フード越しからそっと撫でた。

 今日一日で色々ありすぎた――というか、その色々もまだ終わっていないせいか、疲れが出てしまったラミラは、電車に乗ってすぐに電池が切れたように眠ってしまった。


 郊外に向かっているからか、それとも帰宅ラッシュ前の時間帯だからか、乗客の数はまばらで話し声も少なく、十七夜もついウトウトしそうになる。

 春月も、眠たそうに「ふわぁ~……」と大欠伸をしていた。


「カナ。駅に着いたら宿をとって、今日のところはお休みにしない? さすがに山の方へ行かれちゃぁ、デジタルな方法での追跡はできないしねぃ」


 そんな春月の言葉どおり、街中にある防犯カメラの映像を遡ることで追跡していたリーマンの足取りは、十七夜たちが今向かっている駅の郊外で途絶えてしまった。

 その駅自体が都心から見たら郊外にあたるため、リーマンは〝郊外の郊外〟から十七夜たちがいた公園に来たことになる。

 異世界から来た人間の潜伏場所としては、おあつらえ向きとしか言いようがなかった。


「けど、泊めてくれるとこあるかなぁ」

「そこなんだよねぇ……」


 十七夜と春月は、揃ってため息をつく。

 昼休み中に朱宮女学院を抜け出してから今に至る現状、二人の格好はセーラー服のままだった。

 ホテルだろうが民泊だろうが、あからさまに未成年だとわかる相手を親の同意書もなしに受け入れるとは思えないし、一八歳未満の滞在を許していないネットカフェは言わずもがなだ。

 おまけに、日が暮れてから街中を歩くのは警察に補導される恐れも出てくるため、十七夜と春月の口から漏れたため息は、どうしても重苦しいものになってしまう。


「駅の近くで適当に服を買って、大学生のフリでもしてみる?」

子供ラミラちゃんがいるから結局無理くさい気もするけど、制服で宿探しするよりかはマシかもねぇ」


 と、気怠げに答えていた春月だったが。

 ラミラが眠っていることを横目で確認してから、つねよりも真剣な声音で、気持ち声を落として訊ねてくる。


「エルーザさんを捜すの、ただラミラちゃんに会わせたいってだけじゃないんでしょ?」


 十七夜もまた視線を落とし、ラミラがちゃんと眠っていることを確認してから訊き返す。


「うん。ラミラちゃんの体にマリティアを封じたのがエルーザさんなら、逆にラミラちゃんからマリティアを引き剥がすこともできるんじゃないかと思って」

「いやいやぁ。それができないからエルーザさんは、異世界くんだりまでラミラちゃんを逃がしたんじゃないの?」

「そのとおりかもしれない。けど、もしかしたら、と思って、こっちの世界にラミラちゃんを転移させたのかもしれない」

「それは、ちょっと希望的観測が過ぎる気もするけど……」


 あり得ないとは言い切れない――そう思った春月は、否定の言葉を紡ぐことはできなかった。


「それに、魔法であろうが何だろうが、理屈さえわかれば、ハルなら良い案が思い浮かぶんじゃないかなぁって思って」

「いやいやぁ。さすがにその期待は重すぎるんですけどぉ?」


 十七夜はクスリと笑い、春月も「にへら」と笑い返す。


「とにかく、今はラミラちゃんをエルーザさんに会わせることに専念しよっか」

「だねぃ」


 それからしばらくして、電車は目的の駅に辿り着く。

 ラミラはすっかり熟睡しており、起こすのも悪いと思ったので、十七夜がおんぶしながら電車を降り、駅の外に出る。


「とりあえず、服売ってそうな店は――って、カナ?」


 特製スマホで駅周辺の店を調べようとしていた春月だったが、親友の表情にわずかな緊張が滲んでいることに気づき、片眉を上げる。


「もしかして……〝お迎え〟、来ちゃってる感じぃ?」


 小声で話しかける春月には、十七夜も小声でかえす。


「来てることは来てるけど……敵意はほとんど感じないから、わたしたちと事を構える気はなさそうな感じ……かな? もしかしたら、差し向けた信徒全員を返り討ちにされたことで、力尽ちからづくでラミラちゃんを〝お迎え〟するのはやめたのかも」

「そうだとしても、あの場にいた信徒全員、異世界対策室にしょっ引かれたのに、どうやってそのこと知ったの?」

「千里眼的な魔法……とか? 安西さんも、自分たちはおろかオルガルドさんたちも知らない魔法で話を聞かれることを警戒していたから、遠見もできて会話も聞ける優れものな魔法があってもおかしくなさそうだし。現にわたしたちが来ることがわかってたし」

「うえぇ……本当にそんな魔法があったら、プライバシーも何もあったものじゃないねぃ」


 などと無駄口を叩いている間に、いつの間にやら集まってきた、街中を歩いていても違和感のない服装をした老若男女がそれとなく十七夜たちを取り囲んでくる。

 その中で唯一、街中においては違和感しかない燕尾服に身を包んだ男の執事が、十七夜たちに歩み寄った。


「お待ちしておりました。我らがあるじが館で待っておりますので、どうぞこちらにお乗りください」


 言いながら、執事は後方に停めてある、黒塗りの高級車に向かって手を差し伸ばす。

 安西たちの車は肩書きのせいもあって公用車という印象が強かったが、こちらは素性を詳しく知らないせいか、自然と十七夜と春月の脳裏にヤクザの高級車が思い浮かんでしまう。

 自己紹介もなく、こちらが車に乗ること前提で話を進めようとする強引さも、その印象に拍車をかけていた。


「カナ、どうするぅ?」


 例によって小声で話しかける春月に、十七夜も小声でかえす。


「罠だった場合はもっと敵意を感じるから、たぶん向こうはわたしたちと話をしたいだけだと思う。ただ、全く敵意がないわけじゃないから、流れ次第ではどうなるかわからないけど」


 春月は心底嫌そうに「うへぇ……」と呻く。


「わたしたちがここにいることがバレてる時点で、こっちの動きは筒抜けだと思った方がよさそうだし、それならいっそ相手の誘いに乗った方がいいと思うんだけど、ハルはどう思う?」

「う~ん……本当に話が聞けるなら、色々ってか根掘り葉掘り聞きたいくらいだしぃ……何かあったら、カナが護ってくれるならいいよぉ」

「何言ってるの。ラミラちゃんは勿論、ハルのことも護ることが大前提に決まってるじゃない」

「わぁお。カナってば男前~」


 という言葉は無視して、十七夜は、黙ってこちらの返事を待っていた執事に車に乗る旨を伝えた。

 十七夜は車中に入って先にラミラを座席に寝かせ、余ったスペースに春月ともに腰を下ろす。


「今日はほんと、車での移動が多い日ね」

「しかも、黒塗りの高級車ばかりってのがねぇ」


 そんな緊張感の欠片もないやり取りをしている間にドアは閉められ、執事が運転席に乗り込んだところで、異世界対策室の公用車に負けず劣らずの静かさで車が走り出す。

 さすがに前部座席との間には壁は設けられておらず、フロントウィンドウには夕暮れに染まりつつある町の景色が、次々と前から後ろへ流れていった。


〝郊外の郊外〟なせいか、走り始めてから一〇分も経たないうちに建物の数はまばらになり、田園風景が拡がっていく。

 日が完全に沈んだところで山道に入り、舗装されていない道路にその身を揺らしながら車は進んでいく。


「……ん? ん~……」


 その揺れのせいか、ラミラがゴシゴシと目元を擦りながら目を覚ました。


「ここ……どこ……?」


 寝ぼけまなこのラミラに頬を緩めながら、十七夜は答える。


「信徒さんが運転する車の中だよ」

「とゆうことは……〝ばあや〟のところへ向かってるのデスか!?」

「それは……」


 さすがに断定はできず、十七夜が言い淀んでいると、


「ええ。エルーザ様も我らが主の館にいらっしゃいますよ、ラミラ様」


 車を運転していた執事が、優しげな声音で会話に交ざってくる。

 顔と声に覚えがあったのか、ラミラは「むむ……」と眉をひそめたから執事に訊ねた。


「もしかして……アナタは、お屋敷にいた〝しんとさん〟ですか?」

「ええ。ラミラ様とはあまりお会いする機会がなかったので、憶えていないのも無理はありませんが」

「ゴメンなさい……」

「いえいえ」


 と、和やかに会話する傍らで、春月は小声で十七夜に訊ねる。


「ぼくにはあの執事さんだいぶ友好的に見えるけど、カナ的にはどうなの?」

何とも言えないグレー、かな。敵意は感じないけど、なんとなく冷たさを感じるというか。社交辞令っぽく聞こえるというか」

「結局、油断は禁物ってことねぃ」


 そうこうしている内に、執事が言っていた〝館〟に到着する。

 車を複数台停められるほどに広い前庭を有した、山奥にあるとは思えないほどに大きな洋館だった。


 執事が先に車を降り、ドアを開けたところで、十七夜たちも車の外に出る。



「二年ぶりか……また少し大きくなったのう、ラミラ」



 洋館の玄関から、年輪を感じさせる男の声が聞こえてきたのも束の間、ラミラの体がビクリと震える。

 表情も怯えたものになっているが、どちらかと言えば、恐い親戚のおじさんにイタズラが見つかった子供のような怯え方をしていた。


 予想だにしなかったラミラの反応に、十七夜が平然とした顔をしながら、


(これって対応間違えたら、物凄く失礼なことになるパターンじゃ!?)


 心の中でオロオロしている間に洋館の玄関が開き、男が姿を現す。


 十七夜たちをここまで送り届けた執事とは別に、二人の執事を従えるその人物は、見た目五~六〇歳くらいの、洋館とは不釣り合いの和装に身を包んだ男だった。


「じじ……さま……」


 ラミラに〝じじさま〟と呼ばれた男は、そんな呼ばれ方をしているとは思えないほどに鋭い目つきで彼女を一瞥する。

 恐いという感情も確かにあるだろうが、どちらかといえば申し訳なさそうな顔をしたラミラが、コソコソと十七夜の後ろに身を隠す。

 いよいよイタズラが見つかった子供じみてきたことに十七夜は内心苦笑しながら、十七夜は男に訊ねた。


「グランネの人……でいいんですよね?」


 和装という、明らかにこっちの世界に馴染みきった服装をしていたがゆえの質問だった。


「グランネ? ああ、レグヌムにくみする異世界対策室の連中が、そういった呼称で儂らの世界を呼んでおったな」


 と独りごちてから、男は唐突に呪文を唱える。



「【ムタティオ カンセル】」



 直後、男だけでなく、執事たちの耳が長く尖ったもの変化していく。ラミラと同じ、エルフ耳に。


「異世界では耳を隠すことを徹底しておるせいでつい失念してしまうが、これで儂らが、お主らにとっての異世界人だということは、ご理解いただけたかのう?」

「え、ええ……」


 まさか執事も含めた全員がエルフだとは思ってなかった十七夜と春月が驚きを隠しきれない中、男は自己紹介をする。


「儂はダナンと言うてな。ラミラからは〝じじさま〟、教団の信徒からは大導師などと呼ばれておる」

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