第12話
「ふぃ~……一時はどうなることかと思ったけど、なんとかなったねぃ。あ、店員さん。マンゴーパフェ追加で」
いちごパフェを食べていた春月が、店員を呼び止めて追加の注文をし、
「あっ、それラミラを食べてみたいデスっ」
チョコパフェを食べていたラミラが食いつき、春月が「にへら」と笑いながらマンゴーパフェを二つ追加注文する中、
「ラミラちゃんともかく、ハル……わかってるとは思うけど、現金の方は手持ちが少ないんだから、あんまり食べ過ぎないでよね」
と言いつつもバナナパフェを食べる十七夜に、春月は「わかってるわかってる」と気のない返事をかえした。
異世界対策室の本部から脱走した後、三人は路地裏に身を隠し、十七夜とラミラが持っていたスマホを、傍受、探知できないよう特製暗号化プログラムを春月にインストールしてもらった。
その後、本部がある外津市を離れ、一旦腰を落ち着けるためにも約束どおりにパフェを奢るためにもカフェに立ち寄って、
ちなみに支払いを現金にする理由は、春月の特製スマホならともかく、応急処置的に暗号化したスマホで電子マネーを使うのは多少なりとも
「ん~~~~っ。マンゴーパフェもおいしいデスっ」
心底幸せそうにマンゴーパフェを堪能するラミラに十七夜は頬を緩め、春月が「デュフっ」とちょっと気持ち悪い感じの笑みを漏らす。
「ラミラちゃん、元気になってよかったねぃ」
「まあ、わたしたちを心配させまいとしてる可能性もあるから、油断はできないけど」
実際、十七夜がラミラの内心の不安を見抜けずに、彼女に留守番をお願いした結果、十七夜の家を抜け出すという大それたことをやらかしているので、本当に油断はできなかった。
(それに安西さんは、ラミラちゃんに施された封印の強さは、ラミラちゃんの精神状態に左右されると言っていた。ラミラちゃんを不安がらせる真似なんて初めからするつもりはないし、したくもないけど……足掻けるだけの猶予をもらえた以上は、なおさら気をつけないとね)
と、気を引き締める十七夜を尻目に、
「ラミラちゃん、プリンパフェもオススメだよぅ?」
「パフェにプリンがつくんデスか!?」
「まだ食べるの!?」
思わず驚きの声を上げる十七夜に、春月は左頬をツンツンと
「
そう言って、春月はラミラに目配せをし、
「ね~」
こういう時だけ同調したラミラが、自身の左頬をツンツンしながら十七夜を横目で見つめる。
まさかと思った十七夜は、左頬を指でなぞり、
(ふえぇっ!?)
指先にがっつりとパフェのクリームが付着しているのを見て、心の中で情けない悲鳴を上げるのであった。
◇ ◇ ◇
「カナってば、しっかりしてるように見えて、案外抜けてるとこがあるんだよねぃ」
「そういえば、ソフトクリームとかごはんとか、よくお鼻やほっぺたにくっつけてマシタね……」
「うわぁ~あざと~い」
「あざと~い」
春月とラミラの言葉に何も反論できなかった十七夜は、ちょっと顔を赤くしながら「もう勘弁してぇ……」と弱音を吐く。
ラミラが春月とすっかり打ち解けたことは喜ばしい限りだが、こちらのことを
そんな三人がいる場所は、カラオケルーム。
勿論、歌うために来たわけではない。
そもそもラミラはこっちの世界の歌をろくに知らないし、陰キャ全開の春月には、たとえ気心の知れた相手であっても、人前で歌うのは富士山並みに高いハードルだ。
十七夜たちがカラオケルームを訪れたのは、これからどう行動するのかを決めるため。
異世界について大っぴらに話をしていては奇異の目で見られる恐れがあり、近くで話を聞いていた人間に「異世界について真面目に話してるJKがいるw」とか面白がってSNSに上げられようものなら、異世界対策室にこちらの居場所を特定される恐れが出てくる。
ゆえに、密室になっているカラオケルームで密談することに決めた次第だった。
ドリンクバーで十七夜が紅茶を、ラミラがメロンソーダを、春月が砂糖を大量にぶっ込んだコーヒーを確保したところで、十七夜は話を切り出す。
「これからのことだけど、当初の予定どおりエルーザさんを捜し出そうと思うの」
それに対して春月が、す……と手を上げる。
「当初の予定とか言われても、ぼく、その辺の話全然知らないんですけどぉ」
言われて、十七夜は「あ……」と呆けた声を漏らした。
思い返してみれば、ラミラのことを春月に相談しようとした際、当のラミラが家を抜け出して学校の近くまでくるわ、その後にマリティア教団の襲撃を受けるわ、異世界対策室の本部に連れて行かれるわで、結局まともに話せてなかったことに十七夜は今さらながら気づく。
まずは春月に、ラミラが異世界に転移した経緯について話す必要があると思った十七夜は親友に訊ねた。
「ラミラちゃんとエルーザさんが、レグヌム騎士団に追われてるって話は憶えてるよね?」
「うい。なんちゃって騎士さんが、そんな感じのことを言ってたのは憶えてるよぉ」
オルガルドのことを「なんちゃって騎士」扱いしたことに、噴き出しかけたことはさておき。
「で、ラミラちゃんが追われてる理由なんだけど……」
と、言いかけたところで、十七夜は思い出す。
春月が、こちらに手渡した小型集音マイクを通じて、安西との会話を盗み聞きしていたことを。
レグヌム騎士団が、ラミラの身に封じられた邪神マリティアを滅するために、ラミラごと殺すつもりでいることを。
ラミラが自分の体に入っている神様が邪神であることを知っているかどうかはさておき、レグヌム騎士団が神様ごと自分を処刑しようとしていることをラミラが知らないことを。
〝恐い人たち〟が自分を追っている理由が、シャレにならないくらいに恐いものだと知ってしまったら……下手をすると、封印が綻ぶほどの恐怖を彼女にもたらすかもしれない。
それ以前に十七夜自身、ラミラを恐がらせるような真似をすること自体、良しとしていない。
だからこそ、半端に言いかけたまま二の句をつぐことができず。
察した春月がフォローを入れようと口を開こうとしたものの、何も思い浮かばなかったのか半端に口を開いたまま固まる中、
「ゴメンなさい……王都にいた時、〝ばあや〟に突然『ここから逃げるよ』って言われて連れ出されたから……
追われている理由がわからなくて十七夜が口ごもったと勘違いしたラミラが、謝罪混じりに口を挟んでくる。
結果的に救われた十七夜は、追われている理由について知っていながらもラミラに黙っていることに罪悪感を覚えながら、「ううん、気にしないで」と微笑みかけ、話を戻した。
「とにかく、エルーザさんは魔法でラミラちゃんをこっちの世界に転移させることで、レグヌム騎士団の魔の手からラミラちゃんを逃がしたの。でも、こっちの世界には一度に一人しか転移させることができないらしくて、ラミラちゃんはエルーザさんと離れ離れになってしまったってわけ」
春月は「それって……」と零しながら横目でラミラを見やり、彼女に聞こえないよう小声で十七夜に訊ねる。
「エルーザさんはもうレグヌム騎士団に捕まって、こっちに転移していない可能性もなくない?」
「それなら大丈夫。エルーザさんは間違いなくこっちの世界に転移してきてるから」
十七夜は、あえてラミラにも聞こえる声音で断言する。
自然、ラミラのまん丸い瞳が見開かれる。
「それ……本当なのデスか……?」
「本当だよ。異世界対策室の本部から逃げた際に、わたしは、エルーザさんがこっちの世界に転移してきたことを知っているフリをして、オルガルドさんにエルーザさんを見つけたかどうか訊いてみたの。そしたらオルガルドさんは、見つけていないからわざわざわたしと戦ってまでラミラちゃんを捕まえようとしたって答えたの」
「あ~、あの時何をチンタラしてるのかと思ったら、そういうことだったのねぃ」
得心する春月に向かって「むふー」とドヤ顔を向けてから、十七夜は話を続ける。
「グランネ――ラミラちゃんの世界で、もしオルガルドさんがエルーザさんを捕まえていたなら、あんな答え方はしていない。だからラミラちゃん、エルーザさんは間違いなくこっちの世界に転移してきてるよ」
再び、断言する。
嬉しかったのか、ラミラの双眸に涙が滲み始めるも、きゅ~っと目を瞑ることで泣くのを
「別に、こういう時は泣いたっていいと思うけど」
苦笑混じりに言う十七夜に、ラミラはちょっとムキになりながら返す。
「泣きマセンっ。ラミラはもう九歳なのデスからっ」
そんなラミラを可愛らしく思ったのか、春月は「デュフフフっ」と不気味に笑ってから十七夜に言う。
「てゆ~ことは、異世界対策室が匿ってる線もなしだねぃ」
「うん。安西さんも、エルーザさんのことはオルガルドさん
「それなら……〝ばあや〟はこの世界の、どこにいるのデスか?」
心配と不安の中に「カナキならもしかしたら」と言いたげな期待を瞳に込めながら、ラミラが訊ねてくる。
そんな期待に応えてあげたいという気持ちはあるけれど。
そのためには、今までラミラのことを想って踏み込まなかった部分に少しだけ踏み込む必要があるので、十七夜はわずかな逡巡を挟んでから彼女に訊ねた。
「そのことなんだけど……ラミラちゃんとエルーザさんは……その……
だが、ラミラの目の前でマリティア教団の名を口に出す勇気がどうしても湧かず、問いはひどく迂遠なものになってしまう。
案の定、ラミラは「むむ……」と難しい顔をしながら、小さな首を斜めに傾けていった。
「え~っと……だったら、どういう場所に住んでたのかなぁ?」
十七夜と安西との会話を小型集音マイクで盗み聞きしていたことで、マリティア教団について知っていた春月は、親友に助け船を出す形で質問を変える。
「ラミラと〝ばあや〟が住んでいた場所は、すごく大きなお屋敷デシタ。お庭が広くて、〝ばあや〟と一緒によくお散歩したりしたけれど……お屋敷の中はラミラが入っちゃダメな部屋がいっぱいあって、お庭よりも外に出ることは許してもらえなかったデス。〝ばあや〟が、お屋敷の中にいっぱいいる〝しんとさん〟とケンカして、ラミラを外に連れ出してくれるまでは……」
案の定、ラミラが箱入りに近い扱いを受けていたことはさておき。
「しんとさん」は、まず間違いなく教団の「信徒」を指した言葉だと確信した十七夜は、ここぞとばかりに本命の質問をラミラにぶつける。
「その信徒さんは、ラミラちゃんのことを『依代』と呼んだり、よく『我らが神』とか言ってたりしなかった?」
「よりしろ?……は、よくわかりマセンが、カナキの言うとおり、しんとさんたちはラミラのことを『我らが神』と言ってマシタ」
やっぱり――とは口には出さず、十七夜は結論に入る。
「エルーザさんなんだけど、その信徒さんたちと一緒にいるんじゃないかって、わたしは思ってるの」
それを聞いて、ラミラは目をパチクリさせる。
「しんとさんたちが? こっちの世界に?」
「うん。公園でわたしたちを結界に閉じ込めて、襲いかかってきた人たちがいたでしょ? その人たちに、わたしに何か用があるのかって訊いたら、『我らが神をお迎えに上がっただけだ』って答えたの」
その時、ラミラも春月も土管遊具の中にいたせいで会話がろくに聞こえていなかったらしく、二人して初耳だと言いたげな顔をしていた。
「エルーザさんが信徒さんたちとケンカをしていたのなら、匿われているというよりは捕まっている可能性もあるかもしれない。けど、ラミラちゃんみたいにこっちの世界の人間に保護されていない限りは、エルーザさんは信徒さんたちと一緒にいる可能性が高いと、わたしは見てる」
十七夜は「で……」と前置きしながら、春月に視線を向ける。
「ハルの力を借りれば、信徒さんたちがいる場所もわかるってわけ。公園で出会った信徒さんたちが、どこから来たのかを追跡することで、ね」
「本当デスか、ハル!?」
ラミラに目の前まで顔を近づけられ、春月は照れ照れしながら答える。
「ちょ、ちょっと時間はかかるけどぉ……本当だよぅ……」
春月の目の前で、ラミラの表情がパァ……っと明るくなる。
その笑顔を間近で見られただけでも、春月はまんざらもない顔をしていたが、
「で、でもぉ……街中のカメラの映像を遡ってどこから来たのか逆算するなんて、ほんっと面倒だからぁ……カナ、嫌って言っても映像の確認、手伝ってもらうからねぃ」
「もちろん。ていうか、信徒たちの姿をちゃんと見てたのはわたしだけだから、手伝わないわけにはいかないし」
「だよねぃ」
と、以心伝心な十七夜と春月を見て何を思ったのか、ラミラは飛び込むようにして二人に抱きつき、十七夜も春月も慌てながら彼女を抱き止める。
「ラミラも手伝いマスっ」
十七夜と春月は顔を見合わせると、
「じゃあ、ラミラちゃんにも手伝ってもらうとしましょうか」
「だねぃ。映像見てもらうだけなら、ラミラちゃんにもできそうだしねぃ」
二人揃って
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