第11話

「確か……ワゴン車といったか? とにかく、そこに隠れているのはわかっている。出てくるがいい」


 確信をもって指摘するオルガルドに、十七夜は舌打ちを噛み殺す。


 先程春月と話をした際、当然十七夜も春月も声をひそめていた。

 にもかかわらず、こちらの会話を把握し、ワゴン車の陰に隠れていることまで把握されている。


 是非もないと思った十七夜は一人ワゴン車の陰から出て、オルガルドに訊ねた。


「どうして、あなたたちが搬入口ここにいるんですか?」

「またラミラに逃げられてしまっては敵わぬからな。アンザイ殿には申し訳ないが、勝手ながら護りが手薄な箇所に騎士を配備させてもらった。もっとも我に関しては、配備が終わり次第上階うえに戻るつもりであったから、こうして其方そなたたちと出くわせたのは、僥倖としか言いようがないがな」


(騎士? 立ち振る舞いからして武人の類とは思ってたけど、どうりで)


 顔に出すことなく得心している十七夜に、オルガルドは鋭い視線を向ける。


「ところで、出てくるように言ったのは、其方に限った話ではないのだが?」


 尋常ならざる〝圧〟を放つオルガルドを前に、下手に拒絶した方が危険だと判断した十七夜は、ラミラと春月に視線を向ける。


「これは、しょうがなさそうだねぃ」


 空気を読んだ春月が、遅れてラミラがワゴン車の陰から出てきた瞬間、


「……っ」


 オルガルドのみならず、二人の男の顔を見たラミラの顔色が、瞬く間に青ざめていく。


「あの二人も、〝恐い人たち〟なの?」


 十七夜が訊ねると、ラミラはコクコクと何度も首肯を返した。


「恐い人たちだと!?」

「騎士に向かってなんたる言い草!」


 二人の男あらため、二人の騎士に非難され、ラミラがビクリと震え上がる。

 恐がるラミラを護るようにして、十七夜が一歩前に出て彼女の前に立つ中、オルガルドは片手を上げて二人の騎士を制止した。


「よさぬか。我らがレグヌム騎士団が、王都から逃げ出したラミラとエルーザを追い回したのは事実だ。幼子おさなごでなくても、恐怖を覚えるのは自明というものだ」


 窘めるようなオルガルドの言葉に、二人の騎士は自身を恥じ入るようにして引き下がる。


(まさか、ラミラちゃんが言っていた〝恐い人たち〟が、騎士団を指した言葉だったなんて……)


 意外に思うと同時に憤りを覚えた十七夜は、睨むような視線をオルガルドに向ける。


「大勢で子供を追い回すことが、騎士のやることですか」

「これはまた、随分と真っ直ぐで、随分と真っ当な怒りをぶつけてくれる」


 オルガルドは、どこか自嘲めいた笑みを浮かべてから毅然と答えた。


「騎士のやることか否かと問われれば、答えは『是』だ。ラピドゥムの住人である其方そなたは知らぬだろうが、ラミラに封じられし邪神のせいで、我らの世界の人間が大勢死んだ。我も、この二人も、邪神との戦いで幾人もの仲間を、家族を、友人をうしなった」


 実際に多くの死と触れたからこそ醸し出される言葉の重みに息を呑みながらも、十七夜は横目でラミラの様子を確かめる。

 ラミラには聞かせてられない話になると察したのか、春月は、ラミラが怯えているのをいいことに彼女の両耳をしれっと両手で塞いでいた。

 それを見て、十七夜は内心安堵する。

 ラミラが自分の身に宿る神様が邪神であることを知っているにしろ知らないにしろ、騎士団の目的がラミラごと邪神を殺すなんて話を、彼女に聞かれるわけにはいかないし聞かせたくもない。


「我らがレグヌム騎士団の使命は、我らが世界に生きる人々を護ること。ゆえに、胸を張って言わせてもらう。ラミラを追い回すことは、紛うことなく騎士のやることだと」

「……言い分はわかりました。ですが、その護るべき人々の中に、ラミラちゃんは入ってないんですか!?」

「入っている。だが、今ここで、ラミラの内に封じられし邪神を滅さなければ、我らが世界そのものが滅ぶ恐れがあることもまた事実。人々を護るためには、時として護れねばならぬ存在も切り捨てなければならない。それだけの話だ」

「他に、選択肢はなかったのですか?」

「あったやもしれぬ。だが、最も確実に、少ない犠牲で邪神を滅せられる選択肢が目の前にある以上、他の選択肢を模索するだけ時間の無駄というものだ」

「時間の無駄って……」


 多数を生かすために少数を殺す――その理屈は理解できる。

 だが、こうも短絡的に犠牲を強いるやり口は、どうしようもないほどに納得できなかった。


「幼子に犠牲を強いることに関しては、我々も申し訳ないとは思っている。ゆえに、最大限の敬意と、最上級の慈悲をもって、苦しむことなく逝かせてやりたいと思っている」


 その声音には真実、慈悲を感じさせる響きが入り混じっていた。

 敬意や害意も、今この時だけはオルガルドからは感じられなかった。


 だからこそ、確信する。


「よくわかりました。あなた方とは相容れないということが」

「やむなしであろう。国と国が違うだけでも価値観が大きく異なるのだ。それが世界ともなれば、なおさらだ」


 そう言って、オルガルドは竹刀袋から〝何か〟を取り出す。

〝何か〟は、鞘に収められた騎士剣だった。

 その騎士剣の柄に手をかけようとしたところで、二人の騎士の片割れが、小声でオルガルドに話しかける。


「オルガルド隊長。ラミラたちが地下一階ここにいること、アンザイ殿に報せてなくてもよろしいのですか?」

「構わぬ。我々の手でラミラを捕らえられれば、アンザイ殿に〝貸し〟がつくれるからな」


 さすがにオルガルドたちも、安西が十七夜たちの逃亡を黙認しているとは夢にも思っていないことはさておき。

 得心がいったのか、二人の騎士もオルガルドに倣って竹刀袋から剣を取り出した。


「一対三ですか。わたしたちの世界とあなたたちの世界とでは、騎士の在り方が随分違うようですね」

「世界の違いというよりも認識の違いだな。。騎士として、何ら恥じる状況ではない」

「とんだ騎士道もあったものね……!」


 もうこらえきれないとばかりにタメ口で吐き捨てると、十七夜はオルガルドたちに視線を固定したまま、力強く断言する。


「春月はラミラちゃんと一緒に車の後ろに隠れてて。すぐに終わらせるから」


 勝利宣言にも等しい言葉に、二人の騎士が色めき立つ。


「言ってくれる!」

「騎士を舐めたこと、後悔させてやる!」


 その剣幕を見て、春月が慌ててラミラの手を引いてワゴン車の陰に隠れる中、二人の騎士が全く同時に床を蹴る。

 さすがに、こっちの世界の法を破るような真似をするつもりはないのか、両手で握り締めた剣は鞘に収められたままになっていた。


 間合いに入ると同時に、二人の騎士は十七夜の両肩目がけて、袈裟懸けに剣を振り下ろしてくる。

 刃は抜かれていないとはいえ、まともにくらえば容易く骨を砕く二振りの剣撃。

 刹那、十七夜は左右の肩に迫る剣の腹を、両の掌でそっと横方向に押し出すことで剣撃の軌道を逸らし、空を切らせる。


 神業の如き受け流し。

 それを、剣を振り下ろす一瞬の間にやってみせたものだから、二人の騎士は何が起きたのか理解すらできず瞠目してしまう。

 当然のようにその隙を見逃さなかった十七夜は、二人の延髄に手刀を叩き込んで、一撃で昏倒させた。


「まさか、騎士二人を赤子の手を捻るようにあしらうとはな」


 まさかという言葉とは裏腹に、こうなることはわかっていたと言わんばかりの声音で独りごちながら、オルガルドもまた刃を鞘に収めたままの状態で剣を中段に構える。

 その立ち姿は、堅牢な城塞を幻視するほどに一分いちぶの隙も見当たらなかった。


(さすがに、この人だけは格が違うみたいね)


 ここからが本番だと気を引き締めながら、十七夜は散歩するような足取りでオルガルドに近づいていく。

 ラミラと春月の目には、今の十七夜は隙だらけにしか見えないけれど。

 見えている世界が違うのか、より一層警戒を強めたオルガルドが、ラミラが震え上がり、春月が「ひぇ……っ」と悲鳴を上げるほどの〝圧〟を放った。

 その〝圧〟を真っ正面から受けてなお、十七夜は小揺るぎもせずにオルガルドに近づいていく。


 そして、剣が届く間合いに足を踏み入れた瞬間――


 ヒュンという風切り音を置き去りにするほどの速さで振るわれた剣が、十七夜の鼻先を横切っていった。

 十七夜が上体を反らさなければ、側頭部を強打されて一撃で終わっていた――他ならぬ十七夜にそう確信させるほどに重く、鋭い、音速の剣撃だった。


 強制的に足を止められた十七夜とは対照的に、オルガルドは一歩二歩と前に出ながら、二閃三閃と音速の剣撃を閃かせる。

 十七夜はそれを体捌きだけでかわしきってみせるも、一閃ごとに一歩二歩と後ろに下がらされてしまう。


 どうやら向こうは回避で手いっぱいのようだ――とオルガルドが、さらに踏み込み、相手の左脇腹目がけてはすの斬り上げを放つ。

 転瞬、十七夜は地を這うほどにまで身を沈めることで斬り上げを回避し、その場で旋転しながら蹴りを放って、オルガルドの両脚を刈り取った。


 床に転がされそうになったオルガルドは、剣から離した左手一本で体を支え、それを軸足代わりに変則の回し蹴りをかえしてくる。

 攻撃直後の隙を突かれる形になった十七夜は、回避は諦めて両腕で回し蹴りを防御。

 さしもの十七夜も体格差だけは如何いかんともしがたく、威力に押されて床を転げることになる。


 転げた勢いを利用して十七夜が、わずかに遅れてオルガルドが立ち上がる。

 一瞬の差を見逃さなかった十七夜は床を蹴り、相手の鳩尾目がけて掌底を繰り出す。

 それに対してオルガルドは、あえて前に出て、掌底を放った十七夜の右腕が伸びきる前に鍛え抜かれた腹筋で受けとめることで、ダメージを最小限に抑えることに成功。

 同時に、相手の喉笛目がけて刺突を繰り出す。

 即応した十七夜は、オルガルドの腹筋と密着していた掌でさらに相手を押し、その反動を利用して飛び下がることで刺突をかわした。


 オルガルドは剣を中段に構え直しながら、煽るように言う。


「すぐに終わらせることはできなかったな」

「そうみたいね」


 最早オルガルドに敬意を払う気は微塵もなくなっていたが、言われたことに対してはぐうの音も出なかったので、十七夜はため息混じりに肯定した。


(雰囲気からして尋常ではない使い手だってことはわかってたけど……やっぱり、そう簡単にはいかないか)


 とはいえ、これ以上苦戦を強いられるのは状況的によろしくない。

 位置が離れているおかげで、搬入口とは別の出入り口――階段前にいる守衛にはまだ気づかれずに済んでいるが、戦闘が長引けばその限りではなくなる。

 十七夜たちが部屋から消えたことに気づいた、安西を除いた異世界対策室の職員たちが、今頃は自分たちを捜し回っているかも知れない。


 だからこそ十七夜は、あえて宣言した。


「だから、次で終わりにさせてもらうよ」

「面白い。やってみるがいい」


 不敵に返すオルガルドに対し、十七夜はさらに飛び下がってみせると、昏倒させた騎士が使っていた、床に落ちていた剣を拾い上げる。


 十七夜は刃を鞘に収めたまま、体を斜めに傾けながら左脚を後ろに引き、同じようにして後ろに下げた剣を脇に構える。

 その立ち姿を見て、オルガルドは「ほう」と感嘆の吐息を漏らした。


「なるほど。そちら使というわけか」


 十七夜は否定も肯定もせず、心の中でガッツポーズする。

 ――十七夜がこれから打とうとしている一手は、そういう類のものだった。


 十七夜は剣を脇に構えたまま、オルガルドは剣を中段に構えたまま、ジリジリと間合いを詰めていく。

 戦いを見守っていたラミラと春月が、緊張感のあまりゴクリと固唾を呑む。


 そして、


 あともう少しで互いの剣が届く間合いに入る――よりも早くに。


 十七夜は脇構えからはすの斬り上げを放つようにして、


 一目構えを見ただけでわかるほどに卓越した技量。

 だからこそ、それほどの使い手が、あろうことか剣をぶん投げてくるとは思わなかったオルガルドは、つねよりも反応を遅らせながら、鞘先に手を当てた剣を縦一文字に構えることで、十七夜がぶん投げた剣を防御する。

 その時にはもう肉薄していた十七夜は、無防備になっていた相手の鳩尾に、今度こそ完璧な形で掌底を叩き込んだ。


「ごはッ!?」


 体の内側まで響く一撃にオルガルドは胃液を吐き出し、たたらを踏みながらもかろうじて踏み止まる。

 当然のように追撃を仕掛けていた十七夜は、右のハイキックで相手の顎先をかすめるようにして蹴り抜く。

 脳を揺らされ、立っていられなくなったオルガルドは、剣を取り落としながらもその場で尻餅をついた。


「ハル! 隔壁を開けてラミラちゃんと一緒に外に逃げてちょうだい!」

「うぇっ!? りょ、りょ~かいっ!」


 春月にシステムをハッキングされたことで、搬入口を閉ざしていた隔壁が重苦しい音を立ててゆっくりと上にあがっていく。

 それを見て、オルガルドはなんとか立ち上がろうとするも両脚に力が入らず、再び尻餅をついてしまう。


「立てないよ。そういう風に蹴ったから」


 冷然と見下ろす十七夜に、オルガルドは吐き捨てる。


「まさか、騎士の魂を投げつけてくるとはな……!」

「そういうところは、こっちの世界と同じだろうと思っていたから、必ず不意を突けると思ったの。ところで……」


 オルガルドに意図を悟られないよう極力感情を排しながら、十七夜は問いかける。


?」


 それに対し、オルガルドは自嘲めいた笑みを返した。


「見つけていたら、わざわざ戦ってまで其方らを捕まえようとはしていない」

「本当に、とんだ騎士道もあったものね……!」


 エルーザが手元にいた場合は、ラミラを逃がさないよう人質として使うつもりでいたことをほのめかすオルガルドに、十七夜は思わず吐き捨ててしまう。


 心底相容れないと思った十七夜は、オルガルドが回復する前に、ラミラたちの後を追って隔壁の外へと出ていった。

 異変に気づいた守衛が駆けつけてくるも、その頃にはもう春月の操作によって隔壁は閉められ、ハッキングされているため開けることもできないため、守衛もオルガルドも十七夜たちをこれ以上追いかけることはできなかった。


 これで本部の外には出られた。が、今頃は外の守衛が、十七夜たちが脱走したという連絡を受けているはず。

 ゆえに十七夜たちはさっさと街の人ごみに紛れて、国家機密となっている異世界対策室の本部からまんまと脱走した。

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