第7話

 まずはリーダー格と思われるリーマンから潰すことに決めた十七夜は、地を蹴って一気に距離を潰す。

 リーマンはすぐさま十七夜に掌を向けるも、同一線上にラミラがいる土管遊具があったため、呪文の代わりに「く……っ」と呻き声を上げた。

 やはりというべきか、依代扱いしているラミラはともかく、その身に宿している神様を攻撃に巻き込むような真似はできないようだ。


 有り難くその隙を突かせてもらった十七夜は、飛び膝蹴りをリーマンの顔面に叩き込み、倒れるのを見届けもせずに、次の標的――不良青年に肉薄する。


「くそ! 【アウグ】!」


 不良青年がこちらに向かって掌をかざし、火球を放ってくる。

 十七夜は速度を落とすことなく体を傾けるだけで火球をかわすと、間合いに入ると同時に渾身の掌底を相手の鳩尾に叩き込んだ。

 体の内側から揺さぶられるような一撃に青年がくずおれる中、彼方へと飛んでいった火球が色の濁流と化した景色に激突し、小規模な爆発を引き起こす。


 春月に薦められたウェブ小説の知識を総動員し、結界は内外の干渉を遮断するタイプかもしれないと結論づけながら、十七夜はさらに疾駆する。


 いよいよ自分たちが相手している女子高生JKが只者ではないと痛感したのか、ギャルと主婦が十七夜を左右から挟み込み、作業服の中年男性と老爺が土管遊具目がけて駆け出す。


「「【イグニス】!」」


 ギャルと主婦が、掌から火炎を放射してくる。

 先程までの〝点〟の攻撃ではなく、範囲の広い〝面〟の攻撃。

 それを左右から浴びせられては十七夜とて回避に専念するしかなく、一足で急停止すると同時に飛び下がり、火炎放射イグニスをかわした。


 結果、足止めされてしまったため、ラミラを狙う中年と老爺を止めることができなかった――と言いたいところだが。


 十七夜が春月に言ったとおり、ラミラたちが隠れている土管遊具には出入り口が、北西側――一〇時方向と、南東側――四時方向の二つしかないため、待ち伏せて罠を張るのに適している。

 自分たちがことにも気づかずに、中年が一〇時方向から、老爺が四時方向から土管遊具に入ろうと身を屈めた直後、


「ぐわぁあぁあぁッ!?」


 春月が手動マニュアルで操作し、パンダのイチローくんの口から発射された、噴霧量を絞った催涙スプレーが中年の両目に直撃し、


「あばばばばばばばッ!?」


 自動オートで老爺に抱きついたレッサーパンダのジローくんが電撃を浴びせさせることで、二人揃って無力化した。


 とはいえ、催涙スプレーをくらった中年に関しては意識までは断ち切れていないので、十七夜は行きかけの駄賃とばかりにギャルの延髄に手刀を叩き込み、悶え苦しむ中年の延髄にも手刀を叩き込んで、二人とも一撃で昏倒させた。


 中年が結界魔法の使い手だったのか、色の濁流と化していた公園外の景色が元に戻る中、


「ウ、ウソだろ!?」


 一人残った主婦が、狼狽えながらも後ずさる。

 色を失った表情から、相手が戦意喪失寸前であることを見て取った十七夜は、さとすように提案した。


「抗戦する意思がないのなら退いてください。争いを避けられるのなら、それに越したことはありませんから」


 主婦は口惜しげに表情を歪ませるも、もとより十七夜の強さを前に戦意を失いかけていたので、


「……わかったよ」


 その言葉とともに、主婦からの敵意が完全になくなったことを見て取った十七夜は、顔に出すことなく安堵する。

 ある程度勘と予測でかわすことはできたが、やはり魔法に関しては未知な部分の方が多い。

 白状すると、戦った相手がこうも当たり前に魔法を使ってきたことへの興奮と、わずかばかりの恐怖のせいで、心臓がバックバクになっていた。


 兎にも角にも危険はもうなくなったので、ラミラを呼んで見知った顔がいないかどうか確かめてもらおうと、あわよくばエルーザのことを知っているかどうか確かめようと思い、土管遊具に足を向けようとした、その時だった。

 市街地にあるまじき速度で走ってきた黒塗りの高級車が三台、公園の入口付近に停車してきたのは。

 間を置かずして三台全てのドアが次々と開き、十七夜がボディガードの仕事の際に着ているものよりもお堅い印象を受ける、漆黒のスーツに身を包んだ男たちが次々と姿を現す。

 そのスーツよりも深い闇色の髪を後方に撫でつけた、三〇歳前後くらいの男が、眼鏡のブリッジ――左右のレンズの間にあるフレーム――を指で押し上げながら命じた。


「捕らえろ」


 次の瞬間、黒スーツの男たちが、警察が犯人を取り押さえるようにして、主婦を、十七夜が気絶させた五人を捕縛する。


「な、何するんだいっ!?」


 悲鳴じみた声を上げる主婦を、十七夜は複雑な表情で一瞥する。

 庇ってやりたいという気持ちがないと言えば嘘になるが、相手はラミラを狙って攻撃を仕掛けてきた以上は、敵以外の何者でもない。

 不必要に傷つけるつもりはないが、さりとて無理に庇うような相手でもない。

 ゆえに、この場は静観することに決めた十七夜は、探りを入れるためにも眼鏡の男に話しかけることにした。


「わたしは神村十七夜と言います。不躾ですみませんが、側の人間だと思っていいんですよね?」


 一連の行動に何の迷いもないことは勿論のこと、「捕らえろ」の一言だけで当たり前のように十七夜を避け、六人の襲撃者の捕縛にかかったことから、この眼鏡の男たちは襲撃者の正体を、ひいては異世界が絡んでいることを

 そう確信した上での、迂遠な問いかえだった。


「もちろん上での行動だ。だがさすがに、最近活躍をよく耳にする女子高生ボディガードが、我々が捜していたVIP《ブイアイピー》を保護してくれていたのは、こちらとしても嬉しい誤算だったがな」


 そう言って、眼鏡の男は土管遊具を横目で見やる。

 どうやら、そこにラミラが隠れていることもお見通しのようだ。


「あなた方は、いったい何者なのですか?」


 単刀直入に訊ねる十七夜に対し、男は懐から名刺を取り出し、こちらに渡してくる。

 そこに記されていた男の肩書きを見て、十七夜は思わず目を見開いた。



 名刺には『外務省異世界対策室室長 安西あんざい義人よしと』と記されていた。



 春月のハッキングによって得た非公式の政府の部署と早速接触することになった事実に、十七夜が内心驚く中、安西が提案してくる。


「迂闊な発言を避けてくれた君には釈迦に説法だろうが、ご覧の通り私は、誰に聞かれるかもわからない場では満足に名乗れない立場にある。詳しい話は我々の本部でさせてほしい」


 話を聞かせてくれるというよりも、こちらがどれくらい異世界について知っているのかを聴取するつもりなのかもしれない――そう思った十七夜は、相手のペースで話を進めるのは危険だと判断し、別の提案を試みる。


「密談なら、わざわざ移動しなくても車の中でもできると思いますが」

「確かに、車中ならば話を聞かれる心配も少ないだろう。現代日本の人間が相手だった場合の話になるが」


 そう言って、まさしく車に詰め込まれていく主婦を顎で示す。


「我々と同じ方法かどうかはわからないが、〝奴ら〟にもVIPを特定する魔法ちからがあるのは疑いようがない。その魔法ちからが我々はおろか、すらも認知していないものであった場合、何の対策も施されていない車中での会話は、〝奴ら〟に聞かれる恐れがある」

「本部なら、その対策ができていると?」

「少なくとも、我々が乗ってきた公用車とは比べものにならないほどにな」


 異世界対策室の本部以外では話はできないというより、本部以外の場所では話そのものをする気が感じられない安西に、十七夜は顔に出かけた苦みを噛み殺す。


 公的には存在しない部署といえども、相手が政府の役人であることに変わりはなく、ラミラを保護してもらうという点においては、日本国内においてはこれ以上ない相手だろう。

 だが、部署の性質に加えて、日本政府という組織の体質の問題か、秘密主義がすぎるきらいがあるせいで、全幅の信頼を寄せるには少々以上に恐いものがある。

 ボディガードの仕事で政府関係者と接する機会は少なからずあったが、得てして、腹芸という点においては自分のような小娘では到底太刀打ちできない、妖怪じみた人物がほとんどだった。


 事実、目の前にいる安西も、ご多分に漏れず妖怪の類だった。

 安西は眼鏡のブリッジを指で押し上げながら、十七夜を瞠目せしめる手札を切ってくる。


「一つ言い忘れたが、。そういった意味でも、本部で話をする以外に選択肢はないと私は思うが、君はどう思う?」


 今度ばかりは堪えきれず、表情から苦みが漏れてしまう。


「……その身内が、本当にあの子の身内だという証拠はあるのですか?」

「この場では余計な情報は語れない。それは先程話しただろう?」


 言動如何いかんによっては、政府を敵に回すことになる。

 そのせいもあってか、どれほど足掻いても相手のペースを崩すことができない。

 ひいては、相手の思惑どおりにしか事が進まない。


 十七夜はいよいよ苦虫を噛み潰したような顔をしながら、絞り出すような声で、こう返すことしかできなかった。


「……あの子と、相談させてください」

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