第5話

 十七夜が通う、朱宮あけみや女学院高等学校。

 そこは、各界において将来を嘱望されている少女や、若くして著名となった少女が数多く在籍している、日本でも有数のエリート女子校だった。


 朱宮女学院には、芸能界やスポーツ界で活躍する、自身の立場を自らおおやけにしたり、そもそも隠しようがない少女もいれば、VTuberやホワイトハッカーなど、自身の立場を公にするわけにはいかない、あるいはしたくない少女もいる。

 その中において、ボディガード業界でも五指に入る十七夜のスタンスは、その中間。

 自ら公にしているわけではないが、さりとて隠しているわけでもない、朱宮女学院に在籍する才媛さいえんとしては最多数派となるスタンスだった。


(ハルったら、また夜更かししすぎて寝坊してるな)


 登校した十七夜は自分の席につきながら、『相談したいことがある』と親友に送ったLINEがいつまで経っても既読がつかないことにため息をつく。


 ラミラにこっちの世界について教え込んだ一週間も合わせて、一〇日ほど学校を欠席していたが、十七夜がボディガードの仕事をしていることはクラスメイトならば誰もが知るところなので、十七夜を見て挨拶をする女子はいても、久しぶりの登校について気にする女子は一人もいなかった。


 もっとも、


神村かむらさん、上着の襟からクリーニングタグがちょこっと出てる)


(仕事行ってる間にクリーニングに出してたのかな?)


(相変わらず、あざといですわね)


 別の意味で気になっている女子は、主に十七夜の後方の席に多数いるご様子だが。

 ちなみに、仕事中に制服をクリーニングに出していたという推測は大当たりである。

 十七夜がこういったうっかりミスをやらかすのはことなので、クラスメイトたちは一致団結して黙っておこうと心に決めながら、生暖かい視線を彼女に送っていた。


 そうとも知らずに十七夜は普通に授業に出て、教師に当てられて黒板に解答を書いた際に、十七夜の前方の席の女子にまでクリーニングタグの存在に気づかれてしまいながらも、一限、二限、三限と放置プレイをくらい続ける。


 そして四限目前の一〇分休み。

 ようやく『相談したいことがある』という親友ハルへのメッセージに対して既読がつき、返事もかえってきたが、


『ぼくコロッケパンが食べたいな~』


 露骨に足元を見てきた親友に、十七夜は露骨に微妙な顔をしながらメッセージを返す。


『お昼休みには学校に来るって認識でいいの?』


『その認識でおk』『というわけだからコロッケパンを確保されたし』


『わかったわかった』


 そんなやり取りを最後に、十七夜はスマホを懐に仕舞う。


 それから四限目の授業を受け、昼休みに入ってすぐに購買部へ向かい、親友が所望したコロッケパンと、自分が食べるためのメロンパンとあんパンとクリームパン、飲み物としてコーヒー牛乳を二つ、最後にそれらを入れるためのビニール袋を購入する。

 購買部を出た頃には『南校舎裏集合』という親友からのメッセージが届いていたので、十七夜はビニール袋を片手に集合場所へ向かう。

 ちなみに指定された集合場所は、学院の敷地内に四棟ある校舎の一棟、その裏側。

 学院内においては最も人気ひとけのない場所スポットの一つで、内緒話をするには持ってこいの場所だった。


 南校舎から外に出た十七夜は、校舎の壁に沿って歩き、裏側へ回る。

 南校舎裏そこに拡がるのは、女学院の敷地を囲う壁、その内周に生い茂る雑木林だった。

 それなりに広さもあるため、十七夜といえども害意を孕んだ視線を向けられでもしない限りは、人一人を捜し出すのは骨が折れる環境だと言いたいところだが。

 林中りんちゅうから微かに、蜂の羽音にも似たプロペラ音が聞こえてきた瞬間、十七夜は迷うことなく音が聞こえた方へと足を向けた。


 ほどなくして、発見する。

 雑木林の只中で空中静止ホバリングしている、掌サイズの無人航空機ドローンを。


 ドローンはきびすを返すようにして動き出し、十七夜はその後を追って歩いていく。

 やがてドローンは、向かう先にあった一本の木の陰へと飛んでいき、



「コロッケパン、ちゃんと買ってきたみたいだねぃ」



 そんな言葉とともに、朱宮女学院のセーラー服を身に纏った、十七夜とラミラの中間くらいの背丈の女子が姿を現した。

 異常にクセが強いせいでモジャモジャ感が強い、腰に届くほどにまで長い茶髪と、目の下のクマが良くも悪くも特徴的な女子だった。


 この女子こそが十七夜の親友――菜式なしき春月はる

 女学院においては十七夜と一部の教師以外には素性を隠している、凄腕ハッカーだった。


 鷹匠たかじょうが飼い慣らした鷹を腕にとまらせるように、春月が自身の腕にドローンを着地させる中、十七夜はその手に持ったビニール袋を持ち上げながら応じる。


「コーヒー牛乳と一緒にね」

「さっすがぁ、わかってるぅ」


 言いながら、春月は背負っていたリュックサックからブルーシートを取り出し、地面に敷き始める。


「『さすが』はこっちの台詞だよ。いくらなんでも準備良すぎでしょ」

人気ひとけが少ない分、南校舎裏ここにはベンチなんて気の利いたものがないのがわかりきってるからねぃ。それに、ブルーシートってけっこう使いどころ多いから、携帯していて損はないよぉ」

「いや、これも『さすがに』使いどころは多くないと思うけど」


 苦笑しながらも、十七夜は春月と一緒にブルーシートに腰を下ろす。

 二人の間にビニール袋を置くと、まずはお互いにコーヒー牛乳を手に取り、続けて十七夜がメロンパン、春月がコロッケパンを手に取って、二人してパンにかぶり付いた。


「ん~~これこれ。寝起きのお腹に染み渡るぅ」

「寝起きでいきなり油ものというのも、どうかと思うけどね」

「ぶ~ぶ~。女子高生のくせに、体重気にせずカロリー高そうなパンを三つも買ってるカナには言われたくないぃ」

「わたしは体を資本にしてるんだから、これくらい普通だよ。それに、購買部のパンは久しぶりだったから、色んなのを食べたかったし」


 などと言ってる間にメロンパンを平らげた十七夜は、あんパンに手を伸ばす。

 その様子を「うへぇ……」と眺めながら、春月は話を切り出した。


「それで、相談したいことってぇ?」

「その前に一つ言っておきたいんだけど……これからわたしが言うことは本当の本当に真実だから、絶対に笑わないで話を聞くって約束してくれる?」

「そんなの約束するまでもなく笑わないよぉ。現に、カナが後ろ襟からクリーニングタグがピラピラしてても笑ってないしぃ」

「そう……」


 と胸を撫で下ろしそうになった十七夜だが、後半の言葉を今一度頭の中で反芻して、「……え?」と間の抜けた声を漏らした。

 慌てて上着を脱ぎ、後ろ襟の内側を確認してみると、細長いピンク色のクリーニングタグが、春月の言葉どおりピラピラと風で揺らめいている姿を確認することができた。

 できたから、十七夜の顔は瞬く間に耳まで真っ赤になってしまった。


(うわ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~んっ!! またやっちゃった~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!)


 春月にとっては慣れ親しんだ光景なのか、心の中で特大の悲鳴を上げる十七夜の隣で、モキュモキュとコロッケパンを完食していた。


 十七夜はコーヒー牛乳を半分ほど一息の飲み干すことでどうにか落ち着きを取り戻してから、まだ赤みの残った顔で念を押す。


「と、とにかく、今からわたしがする話は何も知らない人からしたら、ほんっっっとうに荒唐無稽で信じられない内容だから、絶対に笑わないで、真実として聞いてねっ」

「大丈夫大丈夫。笑わない笑わない。そもそもカナの冗談って笑えないものがほとんどだしぃ」

「そんなこと言われたら余計に不安になるんだけど」


 という抗議を、春月は肩をすくめて右から左に流した。

 本当に余計に不安を覚えながらも、十七夜は一度深呼吸することで覚悟を固めてから、おずおずと話を切り出す。


「これは……異世界ものの漫画やラノベが好きなハルでも、にわかには信じられ――」

「もしかして異世界が発見されたの!?」


 食い気味に訊ねられ、十七夜は派手に面を食らってしまう。


「えっ!? ちょ、ちょっと待ってっ! ハルって異世界の存在本気で信じてたのっ!?」

「信じてたのも何も、


 まさかすぎる親友の発言に、十七夜はド派手に面を食らってしまう。


「ち、ちなみに、どこでどうやって知ったの?」

「ちょっと暇潰しにぃ、政府にハッキングしてた時なんだけどぉ」

「暇潰しで国のメンツ潰すのやめてあげて」


 という十七夜のツッコみを無視スルーして、春月は言葉をつぐ。


「データベースにあったんだよねぃ。なんて名前の部署が。まぁさすがに、そういう部署があるっていうデータがあっただけで、対策室がどういう活動をしてるかって情報は影も形も見つからなかったけどねぃ」


 あるいは、ラミラと出会う前の十七夜だったら、今の春月の言葉を俄には信じることができなかっただろう。

 だが、今は違う。

 異世界人でありエルフでもあるラミラを知っている十七夜にとって、日本政府が異世界の存在を認知し、秘密裏に専門の部署を立ち上げていた事実は、言葉を失ってあまりあるほどに衝撃の大きいものだった。


「ていうか、なんで外務省!?」

「異邦人って意味じゃ、外国人も異世界人も同じってとこじゃない? そんなことより早く異世界について教えて教えてぇ」

「お、教えてって言われても、わたしもわからないことだらけなんだけど……」

「それでも構わないよぉ」

「仕事で泊まったホテルに……」

「うんうん」

「異世界から転移してきたエルフの子供がいて……」

「エルフぅっ!?」

「ほっとけないから、わたしの家に保護して……」

「よぉし! カナ、今すぐ学校早退して、ぼくを家に連れてけぇ!」


 話を薦める度に気分テンションが上がっていく春月とは対照的に、十七夜の表情は話を進める度に深刻になっていった。


「ハル……わたし、まずったかも」


 さすがに十七夜の異常に気づいた春月が、浮かれていた表情を鎮めながら訊ねる。


「もしかしてそのエルフの子、誰かに狙われてたりするの?」

「狙われているというよりは、狙われていたところをこっちの世界に転移することで逃げてきたんだけど……エルフの子供、ラミラちゃんっていうんだけど、彼女の話を聞いた限りだと、こっちの世界に転移してくるのは簡単なことじゃなくて、実際こっちでも異世界の人間が転移してきたなんて話は、それこそ漫画やラノベとかでしか聞いたことがなかったから、もうこれ以上ラミラちゃんが狙われる心配はないって思ってたんだけど……」


 そこまで聞いたところで、春月が得心の声を上げる。


「そ~ゆ~こと。異世界対策室なんて部署ができているってことは、ぼくらの世界と異世界はそれなりに交流があるってことになり、カナが思っているほど、異世界の人間がぼくらの世界に転移するのは難しくないことになる。となると、ラミラちゃんを狙う異世界人がぼくらの世界に転移していても、おかしくないってことになるねぃ」


 だからこそ、ラミラを独りにしてしまったのは「まずったかも」しれない――そんな焦燥が十七夜の胸を焦がした、その時だった。

 スカートのポケットに入れていたスマホが震動したのは。

 すぐさま取り出して確認してみると、画面には『ラミラちゃん』の六文字が表示されていた。


 このタイミングで、ラミラに買い与えたスマホから電話がかかってきた。

 十七夜は春月と顔を見合わせ、頷き合ってから電話に出る。


「もしもし? ラミラちゃん?」

『カナキ……』


 いつもよりも弱々しいラミラの声音に、十七夜の胸がドキリと不吉な音色を奏でる。


『ゴメン……なさい……』

「な、何を謝ってるの!?」


 思わず逼迫した声を上げてしまったせいか、スマホ越しでラミラがビクリと震えた気配を感じた。


『その……来ちゃい……マシタ……』


 まさか、ラミラを狙う異世界人がやって来たのかと思った十七夜の胸が、再びドキリと不吉な音色を奏でる中、


『カナキの……学校の……近くに……』


 続く言葉を聞いた十七夜の目が点になる。

 思ったよりも早くにラミラに出会えると思ったのか、傍で会話を聞いていた春月は興奮のあまり鼻息を荒くしていた。

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