第4話

 昼食後、社会見学も兼ねて、ラミラのための日用品を購入しながら帰途につく。

 買い物をしている時も、電車に乗って移動している時も、ラミラのはしゃぎようは見ていて微笑ましいくらいだった。

 けれど、それは本当に微笑ましく見える程度の範疇で、悪目立ちするようなはしゃぎ方は決してしなかった。


 その身に宿した神様を狙う輩から逃げる生活が当たり前になっているのか、それとも、ラミラの世界そのものが子供がはしゃぎにくい環境になっているのかはわからない。

 ただラミラが、子供なのに気を遣うことが当たり前になっていることには、十七夜は少しだけ痛ましさを覚えた。


 やがて、十七夜の自宅となる賃貸マンションに到着する。

 学業があるためこなせる仕事の数は少ないものの、それでも十七夜は業界でも五本の指に入るボディガードとして名を馳せている。

 ゆえに、それ相応には稼いでおり、借りているマンションもオートロック付きで、万が一依頼主クライアントを自宅に匿う状況になった場合でも対応できるよう、人一人が住むには少々広すぎる部屋を借りていた。

 だから、ラミラのための個室を用意することくらい、何の問題もなかったわけだが、



「夜は一緒に寝たい?」



 帰宅後、購入した日用品の荷解にほどきをし、日常的に使う文明の利器の使い方をラミラに教え、夕飯を食べてお風呂に入り、あとは寝るだけというタイミングでラミラにお願いされたのがだった。


「ダメ……デスか……?」


 今日買ったばかりの、猫耳フードの付いたパジャマに身を包んだラミラが、おずおずと訊ねてくる。

 ラミラのために個室を用意しようと思ったのは、世界と人種の違いはあれど、九歳と言えば子供じゃないと思われたい年頃だと考えたがゆえのことだったが、


(そんなことよりも、右も左もわからない世界で一人で寝る不安の方が大きい……か)


 配慮が足りなかったことを反省しながらも、十七夜は「ダメじゃないよ」と笑顔で快諾した。


 十七夜が普段から使っているベッドはそこまで大きなものではないので、身を寄せ合う形で二人一緒に布団にくるまる。

 今日は起床した時間が昼前だったからか、まだあんまり眠たくなさそうなラミラに苦笑しながら、十七夜は話しかける。


「明日からのことなんだけど、まずはラミラちゃんがこっちの世界に慣れるところから始めようと思ってるの。というか慣れてもらわないと、ラミラちゃんにお留守番をお願いすることができないし」

「お留守番?」


 と聞き返すラミラに、「そう。お留守番」と返してから訊ねる。


「ラミラちゃんの世界には、学校ってあるの?」

「学校……デスか。ラミラは行ったことないデスけど、国によってはそういう場所があるという話は〝ばあや〟から聞いたことがありマス。とゆうか……もしかして、カナキは学校に行ってるのデスか?」

「うん。わたしは学校に行きながら、お仕事もしてるの。ボディガードという名前の、人を護るお仕事で……そうだな……用心棒って言えば通じるかな?」

「それならわかりマス。酒場とか、旅商人さんとかを護るヒトが用心棒だって〝ばあや〟に教えてもらいマシタから」


 今話しただけでも、ラミラの知識がエルーザづてばかりであることに、十七夜はほんのわずかに眉をひそめる。

 街中を歩いていた時、ラミラは「王都でも、こんなにいっぱいのヒトはいなかったかも……」と言っていたので、完全に箱入りというわけではなさそうだが、その身に神様を宿している関係で箱入りそれに近いを扱いを受けていてもおかしくないと、十七夜は推測する。

 その辺りについては根掘り葉掘り訊いてみたいという気持ちも、確かにある。

 けれどそれは、こっちの世界で言うプライバシーに踏む込むことと同義なので、ラミラの方から話したいと言わない限りは、無理に聞き出すような真似はしないと心に決める十七夜だった。


「デスが……学校に行ってることと、〝ぼでぃがーど〟のお仕事をしてることが、いったい何の関係があるんデスか?」

「それが大アリなの。うちの学校は普通の学校とは違うから、お仕事で急に欠席しても融通を利かせてくれるんだけど……」


 と言っている最中さなか、ラミラの小首が傾いていく。

 おそらくは「融通を利かせて」の意味がわからなかったのだろうと判断した十七夜は、すぐに言い直して話を続けた。


「急に欠席しても後で報告すれば問題ない感じになってるんだけど、あんまりお仕事にかまけすぎて欠席ばかりしてると、学校を卒業できなくなっちゃうの」


「卒業」については通じるかどうか微妙かもしれないと思っていたが、ラミラが「ふむふむ」と頷いているところを見るに、問題なく通じているようだ。


「つまり、学校と〝ぼでぃがーど〟のお仕事でカナキは物凄い忙しいから、ラミラにお留守番をお願いしたいというわけデスね?」


 唐突に正鵠を射られ、十七夜は若干面食らいながらも「そのとおり」と答えた。


「とは言っても、ボディガードのお仕事は新規に受けつけなければいいだけの話だから、現状は学校に行ってる間だけお留守番をお願いする形になるけど。それにエルーザさんを捜すにしても、学校に通ってるわたしの友達の力を借りた方が確実だしね」


 最後の言葉に、再びラミラの小首が傾いていく。


「そのお友達は、人捜しが得意なヒトなんデスか?」

「人捜しが得意というよりは、人捜しに向いてる特技を持ってるって感じかな」

「そういうことデスか……」


 得心がいったのか、ラミラは自分の胸を叩き、「ふんす」と鼻で息を吐く。


「だったら任せてくだサイ。できるだけ早くカナキの世界に慣れて、一人でお留守番できるようになってみせマスからっ」


 そんなラミラのことが微笑ましくて、つい頬を緩めている十七夜は、この時はまだ気づいていなかった。


 ラミラの双眸には、常夜灯の下ではわからないほどわずかに、されど灯りをつければすぐにでも気づけるほど確かに、寂しさと不安が揺らめいていたことに。



 ◇ ◇ ◇



 それから一週間、十七夜は、こっちの世界についてラミラに色々なことを教え込んだ。

 文化や文明、倫理観といったお堅い話から、お金の種類や使い方などといった生活に密接した話、スマホやテレビといった娯楽の話に至るまで、詰め込み気味ながらも懇切丁寧に教え込んだ。


 ラミラ自身が好奇心旺盛だったことも手伝って、乾いたスポンジのように知識を吸収していったが、なにぶん覚えることが山ほどあるせいで、どうしても憶えきれなかったり、取りこぼしが生じたりしていた。

 特にラミラの世界には影も形もない、スマホやパソコンを筆頭とした文明の利器に関しては覚えが悪い傾向が強かった。

 それでも、各種電化製品の基本的な使い方や、インスタント食品の作り方など、少なくともこの家の中にいる分には問題も不自由もなくなる程度には教え込むことができた。



 そして――



「それじゃあラミラちゃん、お留守番お願いね」


 白を基調としたセーラー服に身を包んだ十七夜が、玄関まで見送りに来てくれたラミラに、心配と不安を押し殺した笑顔を向ける。

 ラミラは「ハイっ」と元気よく返事をしてくれてはいるが、仕方がないとはいえ彼女を一人家に残していくことには、正直、内心気が気ではない。


 一応ラミラにスマホを持たせているが、やはりこの手の機械に対する理解度は低く、LINEやメールによるやり取りはできないため、十七夜のスマホに電話する以上のことを憶えさせることができなかったのも大きな不安要素だった。

 十七夜が通っている学校は家の窓から見えるほどに近いため、ラミラも場所は知っているので、何かあった場合は十七夜がすぐに家に戻ることも、ラミラが学校に駆け込むこともできる。

 だから何の心配もないはず――と自分に言い聞かせながら、十七夜はラミラに言い聞かせた。


「インターホンが鳴っても絶対出ちゃダメだからね。お昼は、今日のところは冷凍庫のお弁当を温めて食べてね。それから――って、ああもうっ。そろそろ時間がやばいから行ってくるねっ」


 言い残せるだけ言い残して、十七夜は玄関から出て行った。

 内心では、ラミラは十七夜のことを外まで見送ってあげたいところだったけど。

 十七夜がいない状況で同じマンションの住人と出くわした場合、どう応対すればいいのかわからない上に、オートロックなる機械の扱いについてはいまいちよくわかっていないので、大人しくリビングに戻ることにした。


 いつもならこの家のどこかに必ず十七夜がいたのに、今はいない。

 その事実を、いつもよりも静かになったリビングを目の当たりにしたことで実感させられた瞬間、ラミラはこっちの世界に来てから初めて、言いようのないほどの不安と寂しさを覚えてしまう。


 思い返せば、こっちの世界に転移してきてからずっと、自分の傍には常に十七夜がいた。

 だからラミラがこっちの世界に来てから独りになるのは、実は今日が初めてだった。

 その不安と寂しさのせいか、先程から妙に胸が苦しかった。


 けれど――


 ラミラは、ふるふるとかぶりを振り、ペチンと両頬を叩く。


(ラミラはもう九歳なのデスから、独りが寂しいとか子供みたいなことを思っちゃダメデスっ)


 そう自分に言い聞かせながら台所へ向かい、朝食に使った食器を洗いにかかる。

 十七夜は家事は手伝わなくていいと言ってくれたけど、何もしないのはラミラとしても心苦しいものがあったので、食器洗いや掃除くらいはやらせてほしいと自発的にお願いした次第だった。

 本当は洗濯も手伝いたいところだったけど、ドラム式洗濯機なる機械の使い方をまだ憶え切れていないので、洗濯に関しては現状は十七夜に頼るしかなかった。


 食器洗いと掃除を終えたところで、こっちの世界についての知識を蓄えるために、テレビを見たり本を読んだりして時間を潰していく。


 このとおり、自分は忙しい。

 だから、十七夜がいない不安や寂しさなんて覚えてる暇はない。


 はずなのに――


 ラミラの胸を締めつける苦しみは、一向に収まる気配はなかった。



 ◇ ◇ ◇



 そこは、山奥に建てられた洋館だった。

 造り自体は明治時代あたりに建てられたものと酷似しているが、外壁がほとんど劣化していないところを見るに、この洋館が築五年も経過していないのは誰の目から見ても明らかだった。


 洋館の前庭には、館の主と思しき五~六〇歳くらいの男が、深刻な面持ちで空を見上げていた。

 その後ろに控えていた従者が、やはり深刻な面持ちで男に訊ねる。


「どうなされました? ダナン様」


 男――ダナンは、空に向けた視線をそのままに従者に応じる。


「わずかじゃが、我らが神の息吹を感じた。おそらくはラミラの精神が不安定になったことで、エルーザめが施した封印に綻びが生じたのじゃろう」


 ダナンは従者の方へ振り返り、おごそかに命じる。


「おかげで大凡おおよその居場所は掴めた。今すぐ動ける信徒を集め、我らが神をお迎えに上がれ」

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