火曜日 高校生のサブスク事情
「皆さん。このあとは予定、ありますか?」
六時間目の授業が終わり、各々が帰り支度を始めているころ。優佳と美玖の元に町子がやってきた。
この三人、いつメンとして良く三人で行動しているが、教室の席は町子だけ離れている。よって、町子が二人の元にやってくるのが常であった。
「私はないよ~。優佳は?」
美玖はYシャツの上にジャージを羽織りながら優佳に問う。
「私もない。どっか遊びに行く?」
忘れ物がないかカバンをチェックしつつ優佳が言うと、町子は眼鏡をきらりとさせた。
「実は私……サブスク、買っちゃいました!」
町子が自身のスマホを見せつけながら言う。
「マジ!?」
「いいじゃん!」
わざとらしく宣言した町子に対し、二人は前のめりになって興味を示した。
「今からここで見ません?」
「「賛成!」」
二人の重なった声に「準備しますね」と町子が言う。そんな彼女を置いて、優佳と美玖は話し始めた。
「昨日は馬鹿な奴って思ったけど。やっぱ文学女子、頭いいわ」
「うぐっ……そ、そうだねぇ」
遠回しに自身も傷つけられた優佳は素直に反応できず言葉を詰まらせるも、美玖はお構いなしだ。
「サブスク、高いもんねぇ。お小遣いじゃ厳しいわ」
「確かに。でも、美玖の場合は服やコスメに使いまくってるからじゃない?」
「あながち間違いじゃない……。でも、そこは削れないところなの~」
美玖は拗ねたように言うと、「来週も新作のコスメがさぁ」と続ける。
しかし、週末に少しだけ髪の毛を弄るくらいしかしない優佳はその話を聞き流す。
それよりもこの後何を見るか考える方が先決であった。
サブスク。映画やアニメ、ラジオ、音楽。果てはYシャツなども月額料金を払えば見放題使い放題という夢のサービスだ。
しかし、それ故にサブスクは乱立しており細分化が激しい。
どれか一つ入れておけば万事OKと言える代物ではなく、網羅するためには映像系であっても何個か入会する必要があるだろう。
サービスにもよるが、三つも入れば月に3000円は飛びかねない。お小遣いの中でやりくりする三人には中々厳しいものがあった。
優佳は渡りに船ともいえる町子のファインプレーに感謝しつつ、めぐるめく作品たちに思いをはせる。
「町子、私は"地面師"が見てみたい。最近お笑い芸人さんがみんな例えツッコミに使うから、気になってさ――」
「なっ、抜け駆けじゃん! 私はインスタで話題沸騰中の恋愛映画が良い!」
やいのやいのと言い合う二人を前に、上機嫌に鼻歌を歌いながらスマホを弄る町子は「無理ですね」と言う。
「無理?」
「えぇ」
優佳の問いに頷いた町子は、二人のスマホの画面を見せた。
「私が入会したのはdアニメです。だからアニメしか見られません」
「はぁ!? なんでわざわざアニメしか見られないやつ契約なんかしたの!」
こらえきれないといった風に声を上げる美玖。そして、衝撃を受け馬鹿になったのか赤べこのように首を振る優佳。
「月額500円は魅力的です! 毎月加入してもお金が残ります」
しかし、二人の様子は無視して顔面が喜色一色の町子は言う。
「そして、今日は見るモノも決まっています」
眼鏡をくいッと上げ、ニヤリと笑う町子。
その姿に二人はいつも通りの"あれ"が始まったと悟る。そして自然と町子が小脇に抱える本に目が行った。
"あれ"とは、町子の"かぶれ"問題のこと。毎日最低一冊は本を読む町子は、たまに入れ込み過ぎることがある。
そうなると件の本を小脇に抱え、その中身に多分に影響を受けた行動をしてしまう。
昨日の宗教学もそうだし、もしかしたら今回も――というわけだ。
「おや、これが気になりますか?」
二人の視線に目敏く気が付いた町子は、ふふんと胸を張りながら小脇の本を机に置いた。
「ケロロ軍曹の34巻です!」
「ケロロ……」
「軍曹?」
町子の勢いに若干置いていかれ気味の二人は曖昧な相槌を返す。しかし、町子の勢いは衰えない。
「つい最近、新刊が出たんですよ。懐かしくないですか!? 小学生の時とかアニメやってましたよね」
興奮を抑えきれないといった感じで語る町子に対し、二人はさらに置いていかれる。
「いや、ギリギリ私たちが生まれたころじゃないの?」
しかし、文明の利器と硬い契りを交わしているギャル――美玖はスマホを開くと、Wikipediaのページを見せて言う。
「では私が見たのは再放送ということでしょう――ま、そんなことはどうでもいいのですよ!
とにかく、最新刊を読んでしまったからにはアニメも見てみたくなったわけです。大体350話くらいありますから、今日はひとまず――」
「(これは、町子とまんないよ?)」
「(……私もそう思う。今日は諦めた方がいいかも)」
盛り上がる町子をよそにアイコンタクトで会話する美玖と優佳。二人は最後に頷き合うと、町子に視線を戻す。
「じゃあ、一時間。一時間したら帰ろう。明日も小テストあるし、勉強したい」
「一時間だと、三話くらい?」
美玖はギャルなのに真面目だよなと思いつつ優佳が言葉を重ねる。すると、町子が間髪入れずに口を挟む。
「演出上、少しだけ超えますね。その分は一時間として省いてくれますか!?」
「分かった分かった。じゃあ三話ね。延長はしないから」
投げやりに手をひらひらとさせて美玖が言う。続けて机に肘をつくと、ため息をついてみせた。
「せっかくだし、自販機行ってきていい? ジュース飲みながら見ようよ」
優佳は見るとなったら乗り気になってきたのを自覚しつつ言う。すると、町子が「私も行きます」と返した。
「美玖は?」
「――トイレ行きたいから、買ってきてほしいかも。ミルクティーが良い」
「分かった。行こ、町子」
「えぇ。優佳さんは何飲みます?」
優佳と町子は連れ立って教室を出る。三人が話し込んでいる間に他のクラスメイトはいなくなっており、残っているのは美玖だけだ。
廊下に人の気配はなく、二人の話し声が遠くなっていくのみ。
窓の外からは運動部の声が聞こえるものの、さして不快というわけでもなかった。むしろ放課後らしい、少しだけ浮つく空間と言う感じ。
美玖は二人が出て行った後もしばらく座ったままスマホを弄っていたが、おもむろに立ち上がる。
そして自身のカバンからウェットティッシュを取り出すと、優佳の机を拭きだした。
さらに自身の隣の席の椅子を拝借すると、それも拭いたうえで右隣にセット。優佳の椅子も左に置けば、即席の鑑賞席の完成だ。
「あ、新作のアイライン……」
美玖は真ん中の椅子にドカッと座りなおし、スマホに目を落とす。
結局、トイレには行っていない。
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