水曜日 気と拘りの強さは跳ね返ってきたときが怖い
「美玖さん、今日は放課後暇ですか?」
授業と授業の合間の休み時間。黒板を綺麗にしていた美玖に町子が問い掛ける。
それに対し、美玖はゆっくりと首を振った。
「ごめん。今日はバイト行かなきゃ」
「あぁ、今日でしたか。毎週水曜日でしたっけ?」
思い出したように町子が言うと、美玖は頷く。
「うん。少しくらい自分で稼がないと、服とか買えないし」
「その気持ちは分かります。ハードカバーの本が高いんですよ、私もお小遣いだけじゃ厳しくて」
同意するように言葉を重ねた町子に対し、美玖は首をかしげた。
「図書館は駄目なの?」
「やっぱり、自分の手元にあるというのは良いモノです」
「まぁ、気持ちは分からないでもない」
美玖はサブスクのように借りた服を着ている自分を想像し、「確かに」と頷いたのだった。
放課後。美玖はいつもの二人と別れ、一人下校路を歩んでいた。服を買うお金を手に入れるため、バイトに向かっているのである。
ちなみに、二人は遊びに行くらしい。
バイト先はチェーン店の百均。平日の放課後だけバイトするのにちょうどよく、レジ打ちや品出しは女子高生にとってもハードルが低い。
それに、帰り道の途中に店があるのが良かった。
出勤の手間が減るのはとても助かる。
「あ、ギリギリ……」
バイト先までの一本道。目の前の信号を渡って右に曲がれば――といったところで、信号が赤に変わってしまう。
何が何でも渡らなくてはと急いでいるわけではない。しかし、目の前で赤になられると損した気分になってしまうのはなぜだろう。
美玖はそんなくだらないことを考えつつ、信号が青に変わるのを待った。
幸い、大きな交差点と言うわけでもない。さほど待たずに青へと変わる。
美玖が横断歩道に一歩踏み出すと、丁度向かいから左ウィンカーを出した車がやってきた。
その車は赤信号の時に待っていたわけではなかった。走っているさなか、丁度目の前の信号が青に変わったのだろう。
飛ばしている感じではなく、緩やかにブレーキを踏んで美玖を待つ。
「……」
こういう時、なぜか車に頭を下げながら小走りになる奴がいる。
美玖はその行動をありえないと思うタイプの人間だった。横断歩道では歩行者が圧倒的優先。もちろん、青信号の時であるが。
故に、左折する車とかち合った時に小走りになる歩行者が理解できない。
理由は何となく分かる。待たせるのは申し訳ないとか、その他もろもろ。だが、こちらが急ぐ義理はないとひたすらに思っているのだ。
今回ももちろん、急がす、普通に歩いて進んでいる。
すると、美玖は目の前の車に違和感を覚え、チラリと視線だけを向けた。
車が小刻みにブレーキを踏んでいる。少し進んでは止まり、また進んでは止まる。
美玖は何となく、その車に「早く渡れ」と煽られている気がした。
しかし、自身の考えが正しいとは言い切れない。先ほど、車は通りを走るそのままで左折してきたのだ。
美玖からはあまりスピードが出ている感じには見えなかったが、運転手からはちがうかもしれない。
何度かブレーキを踏んでスピードを殺しているのかもしれない。
しかし、それであっても美玖には急ぐ気がなかった。
歩行者が優先であるからだ。
いつも通り、普通に歩いて横断歩道を進む。
「!?」
突如、美玖は驚き目を見開く事態に陥った。
すぐ左にいた車が、目の前で急にアクセルを踏んだからだ。ただ、すぐさまブレーキを踏んだのだろう。さほど進まず、美玖を轢くには至らなかった。
しかし、美玖としてはヒヤっとする事態である。
轢かれるかと思い、心臓が跳ね上がった。ブレーキを踏まれた後も心臓がバクバクとし、音が内側から耳の奥に響く感覚はとても痛い。
ひゅっと息を吸い込んだからか、喉も痛かった。
そして、一つ、ここで分かったことがある。先ほどの小刻みなブレーキは「早く行け」という煽りであったのだ。
さっきまでのブレーキは分かる。だが、わざわざアクセルを踏む理由はないだろう。疑う余地はないと言えた。
「……ッ」
瞬間的にそう思った美玖。頭に血が上る感覚を覚え、顔を上げて運転手を見る。
運転手は中年の女性だった。この時間帯、おそらく主婦だろう。女性は美玖をまっすぐに睨んでおり、険しい顔つきだった。
美玖も負けじと視線を鋭くし、睨み返す。
歩行者優先、轢かれるかと思った!
そんな思いを多分に乗せて睨み、気持ちで負けないように顎を引く。
そしてそのまま横断歩道を渡り切ると、小さくを息を吐いた。
車は美玖が渡り切ると、アクセルをしっかり踏んで左折。左側を歩く美玖の隣を通り過ぎていく。
「なんなの、あれ……」
眉を吊り上げて一人ごちる美玖は左を進む車をさりげなく一瞥する。しかし、すぐに気分を切り替える様に深呼吸をすると、車から視線を外した。
バイト先はもうすぐそこ。目の前だ。今美玖が進む通りに面する形で店はあり、既に美玖からは店の看板が見えていた。
イラつきはあるものの、そのままシフトに入ることはよろしくない。引きずったままでは表情に出てしまうかもしれないし、それはお客さんに申し訳が無かった。
「……?」
と、そんな時、視界の端に違和感を覚えた美玖は店の看板から視線を外し、横の通りを見る。
バイト先の向かい、通りを挟んだそこは店の駐車場だ。ちなみに店側には駐車場が無く、お客さんは皆通りを横切らないと入店できない。
「うわぁ……」
美玖の視線の先、なんと先ほどの車が右折で駐車場に入っていくではないか。
つまり、あの中年女性は客。美玖のバイト先にやってきたお客さんなわけで……
「ぜってぇ私のレジには来るな!」
美玖は吐き捨てるように文句とも懇願とも取れるようなセリフを吐いた。
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