レモンスパイスガールズ~高山女子高よもやまな一週間~
桃波灯火
月曜日 宗教上という最強の武器
日本某県、某市にある女子高、その名も高山女子高。
別に中高一貫でもなく、県内の大学の付属校というわけでもなく、なぜか一般入試で高校から入ることのできる女子高だ。
今時珍しいと思うかもしれないが、入学してみれば普通の高校だと思う。
まぁ、他の高校の実情なんて知らないし、知るつもりもないけど。
それに、これくらい己の見える世界観で語ることができるのは若い時の特権だ。
そんなどうでもいい、誰かに語る必要もないようなことを考えるくらいには、この時間を無為に過ごしている。
週初めの月曜日、一時間目の授業が始まる前のこのタイミング。絶妙にやる気が起きないし、これからの一週間を考えて憂鬱にならざるを得ない。
私以外のみんなもそうであると思うし、月曜日から元気な人は何かしらのよくないあれをやっているのだろう。
「おっはよ~、
例えばそう――目の前のコイツのように。
「……
私は朝一から鼓膜に激しいドアノックをしてくるような美玖に挨拶を返す。
「あれ、調子悪そ?」
美玖はテンションの低い私に気が付いたのか、手鏡で前髪を整えつつ言う。
いつの間に出したんだとは思いつつ、無視は良くないので何とか舌を転がす。
「また、辛い一週間が始まるのかと思ってさ。勉強とか、だるいじゃん」
「あぁ、いつものね。心配して損したよ」
美玖は私をチラリと一瞥すると、再び前髪弄りを再開した。
「……前髪、そんなに弄って何か変わるの?」
「はぁ!? 変わるでしょっ。早朝セットから登校中に少し乱れたしぃ」
再び激しいドアノックを受けた私は、ため息をつきながら机に突っ伏した。
「ほんと、信じられない……」
ぷりぷりと怒り出した美玖の声を無視しつつ、考える。
だって、変わらないじゃん。はたから見ても既に整ってるように見える。
そうだ、コイツはギャルだからだ。ギャルはよく分からない謎ルールで己を固めているんだ。
私は少しだけ顔を上げ、美玖の大胆に露出された脚を見る。裾を何回も折り曲げて短くしたスカートは、少しだけ形が崩れており、私から見れば違和感がある。
しかし、美玖を筆頭に同じようなギャル陣は競っているのかと思うほどにスカートをまくるのだ。
前髪だってその流れだろう。私は毎分毎秒確認しないと落ち着かない、というわけではない。
私は間違っていない。私こそが普通。私のような女子高校生が大半のはず。
「ほらほら、一時間目は歴史の小テストだよ。勉強しなくていいの?」
いつの間にか手鏡を閉まっていた美玖が私の肩を揺らしながら言う。
私はそれで仕方なく上体を起こし、美玖を見た。しかし、やる気はないまま。
「宗教上の理由で、小テストは受けられません」
ふと、今日の小テストの範囲を考えていた私の口からそう漏れていた。
「……は?」
今度は長い金髪を指で梳かしていた美玖が呆れたように言う。一瞬、その圧にビクつくも、私は続けるべく口を開いた。
「宗教上、っていう言葉強くない? それだけで何か触れずらくなるというか、デリケートな部分にしり込みしちゃう的な」
「怠ける理由の建前に宗教使うの、ずるいと思う」
「神は全てを許してくれます……」
呆れ顔の美玖の前で両手を組み、目を閉じて言ってみる。それだけ何か神感があるだろう。
「こうやって宗教の話茶化せるの、日本でもギリギリだから」
美玖は私の机で頬杖をつくと、ねめつけるような目線を送ってくる。
「じゃあ、私がそういう宗教を作ろう」
私の言葉に疑問符を隠さない美玖にニっと笑いかけ、言う。
「優佳教……いや、名字の方がいいか。苫米地教。
教義は”争いをするべからず”。争いとは他人を蹴落とすこと。野蛮な行いから離れ、他人に対する慈しみを持つべし。的な。
小テストは点数が付くので周りと比べられ、争いごとに該当する。よって、宗教上の理由で拒否できる」
「入信するには?」
思わぬ美玖の反応に対し、私はビシッと指をさし返す。
「私にジュースを奢る!」
「初っ端から賄賂。腐敗の始まりじゃん」
美玖は私の言葉を一蹴すると、大きくため息をついてみせた。
「まぁ、何を信じるかなんて否定はしないけど、責任は伴うからね。次の小テスト受けないと、日曜日に補習だよ」
「むむむ……」
日曜の補習。つまり、憂鬱な学校生活が一日増えてしまうということ。土日こそが聖域であり、私を私として留めている要因。
私が思わず唸っていると、美玖はふと気が付いたように口を開いた。
「あ、そういえば
「よし、小テスト始めるぞ~」
ガララ、と扉の音を立てて入ってきたのは歴史教師の藤波先生だ。
このクラスの担任でもあり、同性で年齢も近いからかクラスメイトにも人気者。
藤波先生はパッと私たちを見回し、「さっさとやって授業やるぞ。ちょっとウチのクラス遅れているからな」と言った。
そしてすぐに裏にしたテスト用紙が配られる。
私は美玖に渡されたそれを見つつ、予習はしてないけど、赤点はないだろう……と思った。
そんな時、再びガララッと扉を開ける音が響く。
「すいません、遅れました!」
「「あ、町子」」
私と美玖の声が被る。
葉波町子。美玖と合わせてよく三人でいる、いつメン。
文学少女でいつも何かしらの本を小脇に抱えていて、いついかなる時も貸してはくれない。
「葉波~遅刻だぞ」
藤波先生は物言いこそ柔らかかったが、一瞥した時の視線が鋭すぎた。直接言われていない私がビクついてしまうほど。
しかし、なぜか町子は動揺しておらず、むしろ胸を張っているようにも見えた。
「どうして遅れた? 理由によっちゃぁ――」
「先生、宗教上の理由です!」
「「!?」」
思わず私と美玖の視線が交錯する。しかし、動揺している私たちを置いて状況はさらに動く。
「……はぁ?」
先ほどの美玖と同じように、いや、それ以上にドスの効いた声をだす先生。しかし、町子は気にしたそぶりを見せない。
「葉波教。教義は"ちゃんと寝ろ"。睡眠は神事なので、睡眠時間を削ることはできません。
朝早く起きて詰め込まないといけない、朝一の小テストは"宗教上の理由"でパスできます」
自信満々に言う町子の小脇には、大きく『初めまして、宗教学』という本が抱えられていた。
「今日はあれに毒されたのか……」
前で美玖がつぶやくと同時、
「日頃から準備をしておけば問題ないなぁ、葉波ィ! 本ばっか読んでないで教科書読め!」
物言いこそ輩のそれだが、ふざけた話に真面目に返した先生は、町子に向かって「しっしっ」と手を振った。
「テストを受けるまでもない。町子、日曜日の補習確定だ」
「そ、そんな! 教師ともあろう方が横暴な!」
「横暴なお前に横暴で返して何が悪い! いいからとりあえず廊下に――」
もはやただの喧嘩とも思えるような言い合いを前にしながら、二人に背を向けた美玖が私を見つめる。
「苫米地教、辞めます」
宣言してコクリと頷いた私に、美玖も頷きを返してきた。
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