人圏管

「お待たせしました。こちらがご希望の法廷議事録です」

「ありがとう。助かるよ」


ガトレが礼を言うと、兎人は目を丸くして耳をひょこひょこと動かした。


「……いえ、仕事ですから」


兎人は視線を落とながら返答すると、議事録をガトレに手渡す。


「また、本事件に関する証拠品として被告人、つまり貴方の魔道銃が押収されていますが、こちらは究謀門頭のピューアリア様から返納されておりません」

「ああ……まあ、それは構わない」


ピューアリアが調べた限り、魔道銃には何の問題もなかったと法廷で情報を得ている。俺が調べたところでわかる事は何もない。


「ただ、もし良ければ俺が回収しておこう。回収後はこちらへ渡せば良いか」


魔道銃から得られる情報はないと判断した上で、ガトレは人圏管と良好な関係を築く事を選んだ。


人圏管はアミヤが門頭を務める正透門の傘下でもある。ガトレは時間を使う価値があると考えた。


「そうして頂けると大変助かります。こちらへお渡し頂ければ、財圏管が守護する倉庫へ送りますので」

「わかった。そうしよう」


財圏管は狐人のコクコ=リンが門頭を務める会計門の傘下であり、戦闘門を除いた各門の中で唯一、戦闘能力を有する部門である。


財圏管は確か、倉庫以外に図書館の守備も担当していたはずだ。構成員は戦闘門の中でも優秀な者から選り抜かれた人材。財圏管自体が、人財をまとめた倉庫みたいなものだな。


ガトレは同期の中でも財圏管入りを目指す者がいた事を思い出し、英雄殺しの疑いでガトレを確保した小隊兵の一人がそうだった事に気づいた。


「それと、ご存知かとは思われますが、法廷議事録の持ち出しは禁止されております。こちらの受付で必要事項をご確認の上、返却をお願いいたします」

「そうだったのか。いや、当然だな」

「この場で私を殺し、持ち去って廃棄しても^無駄ですよ。複製は完了しております」

「そんな事はしない。するはずがないだろう」


ガトレは兎人の冗談かと思い軽く笑うが、目の前にいる兎人は冷めた目で、小さな身体を強張らせていた。ガトレは即座に認識を改める。


「失礼した。日頃鍛えている軍人相手であれば、そういう覚悟もしておかねばならないのだな」


受付という事務作業に従事する立場で相対するのは、力を持った者たち。中には血の気の多い者もいるだろうし、多種族連合である事から文化の違いもあるだろう。


軍人は妖魔との戦争に命を懸けるが、彼女がいる受付も、命懸けの戦場となる事があるのだ。


今は開かれている金網も、恐らくは身を守る手段の一つとして用意されているに違いない。


「お気遣いありがとうございます。貴方のような軍人が増えてくれれば良いのですが。規律に従えない者は軍人に相応しくありません」


兎人の口調に熱が籠る。目が吊り上がり、長い耳は倒れ、プルプルと震えていた。


しかしそれも僅かな間の事で、兎人は拳で机をコンと軽く叩くと、落ち着いた表情を取り戻す。


「職務中に失礼しました。法廷議事録の確認は終わりましたか?」

「ああ、いや。まだだ。ナウア、法廷議事録を一緒に見て欲しい。記憶してくれ」


目前の急な七変化により引き起こされた動揺を取り繕いつつ、ガトレはナウアに法廷議事録を見る様に促す。すると、兎人の手が議事録の上に伸びてきた。


「お待ちください。お連れの方は閲覧権限をお持ちですか?」

「いや、持っていないが、代わりに私が許可する」

「ガトレ様が所持しているのは階六次閲覧権限です。しかしながら、この資料を部外者が閲覧するには、階五次以上の閲覧権限を有する者からの許可が必要です」

「……権限不足か」


通常、連合軍に所属する全ての者に与えられている閲覧権限は、階七次閲覧権限であり、該当するのは軍の規則などの基本情報である。


今回、閉廷時にガトレがアミヤから与えられた階六次閲覧権限は、一般兵には公開されない情報を閲覧出来るようにしたものの、小隊兵長程度に留まるものであった。


「ガトレ様。それならば、サジ様に頼んでみましょう」


ナウアは特に気にした様子もなく、その様に提案した。


「そうだな。サジ卿なら快諾してくれるだろう。では、悪いが資料は私だけ確認させてもらう」


ナウアは頷いて一歩退く。それからガトレは法廷議事録に目を落とした。


……内容はほとんど法廷で話した通り。出身国が同じだったとは初めて知ったが、大した情報ではない。


あとは、あの時の作戦内容は情報がまだないのか。作戦の詳細が知れれば、英雄の動きも読み取れそうだが……。


「ありがとう。もう十分だ」


内容に一通り目を通したガトレは、議事録を兎人に手渡す。


「他にご用件はございますか?」

「いや、今はない。また何かあれば来るよ」


ガトレはナウアを呼び、その場を後にした。


* * *


「次はどちらへ行くのですか?」

「ピューアリア究謀門頭の元へ」

「魔道銃の回収ですか」

「ああ。その後、受付に渡しに行くぞ」

「そうですか。それにしても……人圏管には、色々な情報が保管されているのでしょうね」


ナウアの声は尻すぼみになっていた。

ガトレが不審に思い様子を伺うと、ナウアは浮かない表情をしている。


「確か、で分類されているんだったな。気になる情報があるのか?」

「いえ、そういう訳では。……ところで、今回の事件はどのように分類されているのですか?」

「……ああ。013まるいちさんだ。ヒトが犠牲になった事件だからな」


ガトレにはナウアが何かを隠している様に見えたが、ガトレにも言えない事はある為、無理やりに聞き出そうとはしなかった。


「階七次閲覧権限の基本的事項ですが、復習しましょうか。依は軍内での依頼ごと、露は不正に関する事、破は器物損壊に関する事、人は人が被害者となっている事件や事故、歩は交通に関する事、部は国や部族に関する事、外はいずれにも当てはまらないその他区分でしたね」


ナウアは一気にそこまで言い切ると、一度息を継いだ。


「そして、知は研究や学術に関する事、利は金銭に関する事、脱は軍からの脱走に関する事、流は物流や貿易に関する事。これで基本は一通りですが」

「ああ、私もその認識だ。しかし、基本というが、応用はあっただろうか」

「いいえ、ありません。私が言いたかった残りはのみ。解決済みの案件の文頭につく終は、案件の解決を意味します。人013についても、013まるいちさんとなる様に頑張りましょう」


言葉の中身こそ前向きで明るいが、ナウアの表情は素面であり、その口調もいつもの事務的なものに戻っていた。


その不一致さがガトレのツボに入り笑いそうになったが、ガトレはナウアの決意を蔑ろにしてはいけないと思い止まる。


「その通りだな。私も、ナウアには助手としての働きに期待している。ついては、議事録の閲覧こそできなかったが、ピューアリア究謀門頭の元へ着く前に話し合いたい事がある」

「話し合いたい事ですか」


本音を言えば、法廷議事録を確認してもらった上で行いたかった事を、ガトレはそのまま口にする。


「英雄殺しにおける二つの議題。それらの答えとして納得のいく可能性とは、一体どの様なものなのか、だ」

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