英雄殺しの議題

「さてと、腹拵えと魔力の補給はできた事だ。早速だが、調査といくぞ」

「わかりました」

「アラクモはどうする? 小隊の居心地が悪ければ一緒に来るか?」


ガトレが立ち上がり手を差し出すと、アラクモはフルフルと首を振って椅子から降りた。


「アー達は訓練しないとー。ご飯はおわー」

「そうか。何か嫌な事があれば言ってくれ。頼りないかもしれないが、アラクモの力になるからな」

「ガトー見つけーの大変だかーな。でもー、ありがとー」


アラクモはニコッと笑うと、軍人らしくないドタバタした走りで小隊の元へ戻って行った。

アラクモを見送ったナウアはガトレに尋ねる。


「見つけるのが大変というのは?」

「ああ。アラクモはヒト族やアビト族の区別がつきにくいらしい。同じ軍服を着ているからだろうな」

「それは……いよいよ、軍人として問題がある様な」

「命令には従えるから問題ないのさ。しかし、さっき虎人と話してる時も、話し相手に私がいる事には気づかなかったのだろうな。虎人に言い含まれて気づいたか」


俺とアラクモが配属前、よく一緒にいたというのは同期なら知っているはずだ。もちろん、名前だって知ってて当然。……英雄殺しとして扱われている俺を、他の同期はどう扱うかな。


ガトレは不安を抱きつつも、ナウアに見抜かれるのを防ぐ為、真顔である様に努めた。


「アラクモさん。良い人ではあるのでしょうが、友達甲斐のない方ですね」

「ナウアがそう思ったとしても、私にとっては親友だよ」

「あっ、失礼しました。非礼を詫びます」

「いや、気にしないで良い。私も気にしていない。心苦しいが、鉱人の陰口はよく聞くものだ。しかし、私にできるのは、アラクモの良き友であり続けることだけだからな」


ガトレには力がない。

権力も、実績も、それらを得るに十分な能力も。


ガトレには、軍の中で成り上がらなければならない理由があった。軍に入って不遇な立場の友人を得てから、その理由も一つ増えた。


だからこそ、簡単に死罪となる訳にはいかないのだ。


「そろそろ英雄の死について話し合いたいが、時間は効率的に使おう。ナウア、向かうところがあるから、ついてきてくれるか」

「私はガトレ様の指示に従います。助手ですから」


ナウアの言葉にガトレは頷き、歩みを先へと進める。

ナウアもガトレの隣に並ぼうと早足になった為、ガトレは少し速度を落とした。


「ナウアは事件についてどの程度知っている?」

「概要に留まります。ガトレ様が魔道銃から放った魔弾が、流れ弾となりソーラ様の魔力循環器を撃ち抜いた。その後、医圏管師が処置するも回復する事なく死去。以上です」

「流れ弾。それはナウア独自の伝わり方か?それとも一般的なものなのか?」

「一般的なものです。医圏管の中では、ですが」


ナウアの発言には含みがあった。ガトレは横目で先を促す。


「ですが、一兵卒の流れ弾如きで救国の英雄が死ぬなどあり得ません。その為、情報が曲解され、積極的に殺害したのだと認識されている印象を受けました。さっきの虎人など、正にそうですね」

「ああ、確かにな」


同調すると同時に、ガトレは虎人と対峙した際のナウアの擁護に納得がいった。


虎人の勘違いは俺が流れ弾で殺した点を、積極的に殺害したと認識している点だ。しかしナウアは、流れ弾の点ではなく、魔力が十分でないから英雄を殺せないという論を展開した。


それはガトレ自身が法廷で展開し否定された論ではあるが、法廷外では有効なものになり得るようだ。


積極的に殺害したとしても、流れ弾で殺したとしても、ガトレが殺した事に変わりはない。であるならば、殺せるはずがなかったと印象操作をした方が、協力的になる者も得られるだろう。


しかし、ナウアには正確な情報を共有するべきだな。元々そのつもりだったガトレが言葉を続ける。


「一点補足しよう。流れ弾というべきかどうか迷うが、正確なところは、私の射線上に英雄が飛び込んで来たのだ」

「英雄が? 何故そんな事を?」

「わからない。それも解決しないといけない謎なのだ。つまり、現状、私たちが解決しないといけない謎は二点だ」


その二点を解決しなければ、自身の無実は証明しきれない。ガトレはそう考えていた。


「まず一点。救国の英雄は何故、私が撃った魔弾の射線上に飛び込んだのか。その先にいたのは妖魔であるにも関わらず」

「妖魔の攻撃から庇おうとした訳ではないのですよね」

「ああ。むしろあれは、妖魔を庇う様な動きと言っても差し支えなかった」


多くの妖魔を屠ってきた英雄に、妖魔を庇う理由などないはずだ。直前まで作戦に忠実だった以上、唐突な裏切りも考え難い。


この不可解な行動に理由をつけなければ、俺に殺意が無かったこと、つまりは本当に流れ弾だったのだと証明する根拠が乏しい。


「そしてもう一点は、なぜ英雄は死んだのか。妖魔を狙った全力の魔弾ではあった。しかし、俺の魔力では英雄の魔力循環器を撃ち抜けたとは思えない」

「私も同感ですが、立ち会った医圏管師は魔力循環器の欠損を確認しています。本部に報告が来た時には大慌てでしたよ」

「私が法廷で聞いた連絡経路は小隊兵から小隊兵長、そこから衛生門との事だったが、より具体的にはわかるだろうか」

「ええ、まあ。確か……」


ナウアは歩きながら瞼を閉じた。

絡まれる事を忌避して人通りが少ない道を選んではいるが、ガトレは周囲に気を配りながら歩く。

少しするとナウアの瞼が開かれ、ガトレに目礼をしてから言葉を繋いだ。


「現場の小隊兵長から、空圏管の兵士を経由して、現場付近に待機していた医圏管に報告が入ったはずです。現場の医圏管師ですが、救国の英雄が負傷したという事で、現場の魔力だけでは処置が厳しい可能性を考慮し、本部へ報告をしています。この時も、空圏管の兵士を本部に向かわせていますね」

「優秀だな。兵士の士気を底上げしていた英雄が負傷したとなれば、慌ててもおかしくないが」

「いえ、慌てたからこそ本部へ報告したのでしょう。万が一にも自身の判断で英雄を失ったとなれば、事は重大ですからね」


確かに、実際に英雄が死んでしまい、その犯人だと疑われている自身の現状を顧みれば、責任は一端でも背負いたくないか。


ガトレは自身が置かれた立場が不遇な分、その医圏管師は何事もなく業務に従事していて欲しいと思った。


「その後、現場の医圏管師の元に英雄が連れて来られ、その時点で魔力循環器は傷ついていたのか?」

「本部へ来た第二陣の兵士からは、その様に報告が来ていました。それを聞いてから、サジ様は至急ソーラ様を連れて帰還する様に指示されていましたよ。第一報の時点では、まさか、英雄の負傷がそれ程に酷いとは思わなかったのでしょう」


報告の内容が全て正しかったのであれば、やはり俺が撃った魔弾が直撃した時点で、英雄の魔力循環器が傷ついたというのは疑いようがないか。


まだ考慮できる材料はあるが、現場にいなかったナウアとでは検討が難しいだろう。


可能であれば、現場にいた医圏管師にも会ってみたいところだな。


その様にガトレが思索に耽っていると、いつの間にか目的地に着いていた。


「ああ、ナウア。まずはここだ」

「ここは、人圏管の受付ですね」


二人が辿り着いたのは、金網で仕切られた受付の前であった。金網の一部は磨りガラスになっており、受付側から開く事で物品の受け渡しも可能になっている様だった。


七つある受付の内、四つは既に人がいて埋まっていた為、残りの窓口の内、一つにガトレは近寄る。

すると、金網の中から兎人の女性が声を掛けてきた。


「ご用件をお伺いします」

「本日あった裁判の法廷議事録を閲覧したい。被告人は俺で、名前はシマバキ=ガトレだ」

「確認してまいります。先に身分を確認しますので、左腕を出して頂けますか」


そう言って兎人は磨りガラスを開く。ガトレが兎人の言う通りに左腕を差し出すと、軽い力で兎人に引っ張られた。


ガトレが装着した魔装具、デュアリアが受付側に入った途端、兎人は指ではなく筆を使って、空中に術式を描き出す。


その術式に兎人が魔力を込めると、三つの丸い光が浮かび上がり、デュアリアに吸い込まれていった。そして、デュアリアが白く光る。


「確認できました。腕を引いて頂いて結構です。資料をお持ちしますのでお待ちください」


兎人は事務的にそう述べて椅子から立ち上がると、ぴょんぴょんと奥へ向かっていく。


ガトレが兎人を待っていると、いつの間にかナウアが近づいてきていた。


「法廷議事録が見たかったのですね」

「見たかったというよりは見せたかった、だな。私とナウアが持つ情報の差は無くしておきたい。まあ、議事録に私が知らない情報もあるかもしれないがな」


期待しない口ぶりでガトレは返答し、そのまま二人は兎人が戻るのを待つのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る