検討:英雄殺しの方法

「二つの議題というと、なぜ英雄は射線上に飛び込んだのか。なぜガトレ様の魔道銃は英雄に致命傷を与えられたのか。この二点でしょうか」

「ああ、その二つだ。俺も時間がないなりに法廷で考えたものの、アミヤ卿の掌の上だったからな。ナウアはどう考える」


ガトレが自己弁護の為に最適だと考えたのは、英雄が殺された瞬間を誤って認識しているというものであった。


しかし、英雄が撃たれた瞬間と、魔力循環器の損傷に関しては、複数の目撃者が関わっている。その全員が犯人でもない限り、成立はしない様にもガトレには思えていた。


あるいは、全ての関係者が犯人になり得るという情報が得られれば、そうした説を推す事も出来るだろうが、望みは薄い。


「……残念ですが、私に思いつく事はありません」


ナウアは静かにそう言った。しかし、ガトレにはそれが、嘘の様に思えた。

真実がわかっていて隠しているというのではない。ただ、急に心を閉ざした様な、そんな感覚だった。


「……そうか。今後、何か思いつけば教えてほしい」


ナウアが頷いたので、ガトレは助手として別の観点を求める事にする。


「代わりに、俺が考えてみた他の推論に、実現性があるかを検討して欲しい。まず、一つ目は、未知の術式が存在するのではないかというものだ」

「未知の術式、ですか。確かに、可能性はあります。私たちの言語は術式から意を取って確立されてきましたが、全ての言語に術式が当てはまるわけではありません」

「その通りだ。例えば、操るという言葉がある。これはモノや人物を意のままに操作するという意味だが、操るに該当する術式は存在しない。ならば、存在する可能性はあるだろう」


かつて、人々の間に言語はなかった。しかし、魔力があり、その魔力を込めた術式を描くと、様々な現象が起こった。


ここから、人々が持つ力を魔力、魔力を帯びた指で描く文字や式を術式と、術式に魔力を込める事で発現した現象を魔術と呼ぶ様になった。


そして、発現した現象と術式を紐付けて人々は言語を体系化し、術式の存在しない言語は独自に作り出したという。


「ガトレ様の言う通り、未知の術式が存在する可能性は否定できませんが、証明もできませんよ。例えば、軍式魔術なんかは複数の術式を掛け合わせて一つの現象を起こすものですよね」

「ああ。英雄が亡くなった作戦でも使用された対空火柱魔術であれば、炎、上昇、回転に加え、高さ、直径、時間の指定が必要だ。しかし、未発見の火柱という術式が見つかったなら、術式は更に短縮が可能となるわけだ」

「言っててわかりますよね。新術式の発見は魔術学における大発見なのですよ? これまで多くの魔術学者や言語学者が、手探りで術式を編み出したり見つけてきました。それでも見つかっていない術式を、どう見つけるというのですか?」


ガトレもわかってはいた。ナウアの言う通り現実的ではないと。

しかし、それでも、可能性を捨て切れるものではない。


「可能性があるのならどんな考えにもしがみつく。時間は足りないが、それくらいしないとこの事件は解決できないんじゃないかと、私はそう思っているんだ」

「それは……そうかもしれませんが、一つ問題がありますよ」

「問題?」

「どんな便利な術式があったとしても、魔力が及ばなければ通じません」

「……そうだったな」


英雄殺しの大きな壁。

それは、英雄が強大な魔力の持ち主という事だ。

仮に操るという術式があり、英雄に対して操る魔術を発動したとしよう。


しかし、それが魔術による干渉である以上は、英雄の魔力に阻まれてしまうのだ。


「ならば、相手より弱い魔力でも、魔術の効果が有効になるという事はないのだろうか。例えば、衛生門の中で、身体の一部のみ覆う魔力が薄いという情報はないか?」

「魔力を放出しきれば魔力欠乏を起こし、回復の為に身体を覆う魔力は消えてしまいますね。ですが、そうでなければ、常に魔力が身体を覆っていたはずです。例え、眠っていたとしても」


ガトレは視線を落とし自身の身体を見る。

日頃から纏っている魔力を気にした事はなかったが、軍服の下では透明に近い膜の様なものが身体を覆っている事だろう。


「ソーラ様の場合は、魔力循環器を欠損してから医圏管師が診断しましたから、ガトレ様からの被弾時にも身体を魔力が覆っていたかは不明です。英雄が叫び声を上げていたとのことですが、顔は見ていますか?」


……そうだ。顔。ソーラ殿の顔はどうだっただろうか。

あの人は叫んでいた。だから、俺は顔を見たはずだ。はず、なのだが……。


「……いや、駄目だな。顔を見たはずだが、魔力で覆われていたかは思い出せない。というか、わからないな。距離があったし、魔力に色がついている訳でもないだろう?」

「触れるのが一番わかりやすいですね。皮膚の感触は自身の皮膚に触れるか、魔力が切れた他者の皮膚に触れる事でしか感じられませんから」

「それで思い出したが、アラクモと握手した時には驚いたな。鉱石のはずなのに柔らかい感触だったんだ」

「アラクモさんの魔力と触れ合ったんですね。異なる魔力同士は相容れず、混じりませんから。伴侶のいるアビト族は、魔力を抑える術を身につけると聞きましたが、ヒト族には不要でしょう」

「どういう事だ?」

「……丁度ピューアリア様もいらっしゃる究謀門に、その方面に詳しい方がいます。その方にお伺いしましょう」


ガトレは腑に落ちないながらも頷いた。興味は惹かれたものの、アビト族の話と英雄は関係がないと判断したからだ。

むしろ、それよりも急に浮かんだ考えを表に出したくなった。


「魔力干渉の話だが、そうなるとソーラ殿が魔力を抑えていた為に発生した事故とも考えられるな。疑問は、アビト族が得るというその術を身につけていたのかと、戦場で魔力を抑える必要など一切ない点だが」

「これから背景を知れば、ソーラ様が魔力を抑える術を身につけたとは考えにくいと思うでしょうね」

「その背景というのは、後ほど教えてくれるわけだな」


ピューアリアに聞いてもわかるかもしれないが、詳しいというくらいなのだから、アビト文化の研究をしている者だろうとガトレは考えた。


「ええ、まあ。懇意にしている鳥人の方が究謀門にいますので」

「そうか。英雄殺しについても新しい発想を得られるかもしれないな。なんせ、あそこは連合軍の頭脳といってもいい」


猫人のピューアリアが門頭となっている究謀門は、戦における戦術や謀略、魔力や文化など幅広く研究を行っている部門である。


中でも天才として名高いピューアリアは、魔装具デュアリアや、魔道銃グロリアリアを発明し、軍装に多大な貢献をしている。


むしろ、それほどの功績でもなければ、人格が門頭には不適格だとも言えるのが玉に瑕だ。職務に忠実な事で有名な交報門の門頭、エインダッハとは折り合いが悪い。


「そうだ、魔力干渉でもう一点。魔力は他者の魔力と交わらないんだったな。しかし、医圏管師は魔力欠乏を起こした兵士に魔力補給を行うだろう? あれはどうなんだ?」

「あれは自身の魔力を変換した上で補給しているんです。変換といっても、相手の魔力ではなく、自然魔力への変換なのですが」

「自然魔力? 初耳だな」


少なくとも、ガトレがこれまで学んできた軍の講座では、聞き及んだことのない単語であった。


「先ほど食堂で食事をしましたよね? その食事に含まれているのが自然魔力です。自然魔力とは、魔術を使うことのできない動鉱植物が保有している、純粋な魔力の事を指します。私たちは食事や呼吸を通して自然魔力を摂取し、魔力循環器で自身の魔力に変換しているんですよ」

「……少し魔力の知識に興味が出てきたな。自然魔力への変換は誰にでもできるものなのか?」

「いえ、残念ながら誰にでもとは。魔力紋によって判断するのですが、変換しやすい魔力の持ち主だけが医圏管師になれるんです」

「……魔力紋? ナウア、悪いが今は助手でなく先生であってくれ。魔力紋についても教えて欲しい」


兵として戦う。その一点が重視され、戦闘門では魔力学を多く学ぶ事がなかった。


必要なのは究謀門で開発され、戦闘門によって所作が研鑽された軍式魔術のみ。兵士になるまでの間、妖魔を倒すのに不要な知識は与えられずに来たのだ。


「そうですね。では、魔力紋から。まず、私たちが持つ魔力は、実は一人一人でそれぞれ異なっているんです。同じ術式を使っているのに、個人個人で威力や安定感が異なるのは、そこに起因します」

「そういえば、俺は雷魔術が得意で、アラクモは炎魔術が得意だったな」

「ええ、その様なものです。また、魔力紋の中に術式が編み込められている事もありますね。その場合、炎の術式が魔力紋に含まれる人々が火柱の魔術を使う時は、描く術式から炎を除く事ができるんです」

「それは、大きな強みだな。それだけ魔術の発動速度を早められるわけだ」


先日の作戦でも対空火柱魔術が使用されたが、あの様に魔術を量産しなければならない際に、炎の術式を含んだ魔力紋を持つ者がいれば、かなり重宝するだろう。


と、そこで、ガトレは法廷でサジがその様な話をしていたのを思い出した。


確か、魔力と術式は一人一人が固有のものを有すると言っていた。あの時は気にする余裕がなかったが、そういう事だったのか。


「戦闘門の中でも、上官になると部隊員が持つ魔力紋の情報も持っているのではないかと。作戦に組み込むのに必要ですから」

「可能性は高いな。しかし、魔力紋とはどの様に調べるんだ?」

「簡単です。自然物に魔力を込めるだけです。水や土、葉や泥などが分かりやすくて良いですよ。魔力放出の訓練でやりませんでしたか?」

「ああ! あれのことか!」


ガトレは自身が魔力欠乏を起こした訓練の事を思い出した。器に入った水の中に手を入れ、ただひたすらに魔力を放出するだけの訓練だ。


「魔力を込めた後、自然物は魔力の作用で動き出し、ある紋様を作り出します。それを魔力紋と呼ぶのです」

「……確かに水が動いていたが、腕を入れていたから正確な形まではわからないな。情けないが、最後には魔力欠乏を起こして意識を失ってしまったし」

「恐らく、意識を失った後に監督官が魔力紋を確認しているのでしょうね。それと、魔力がこもった水は究謀門に集められているそうですよ。事前に放出した魔力を使って、即座に魔力を回復できる薬が作れないか研究中だと聞きました」

「それは、完成すれば心強いな」


現状、戦闘中に失った魔力を即座に回復する手段はない。その為、衛生兵として医圏管師が戦場に出ることもある状態だ。


携行食での回復も不可能ではないが、戦闘しながらでは補給が厳しいというのが現実である。


「ガトレ様は自身の魔力紋がわからない様ですが、その魔力紋が複雑ではなく単純なほど、自然魔力への変換が行いやすく、医圏管師の素質があると言えるんです」

「なるほどな。……では、その自然魔力を術式に使う事はできないのか?」


もしもそれが出来るのではあれば、英雄に致命傷を与える事も可能なのではないか。


原則、他者の魔力は反発して受け付けない。

しかし、自然魔力ならば体内に取り入れる事が可能である。

ならば、自然魔力を込めた魔術であれば、体内のみを傷つける事ができるのでは? ガトレはそう考えた。


「残念ながら不可能です。自然魔力で術式を描いても、そもそも魔術が発動しないんです。探せば原理を研究している方もいるかもしれませんが、そういう法則なのでしょうね」

「そうか……。いや、残念だが参考にはなったよ。ありがとう、ナウア」


個人個人で保有する魔力は異なり相反する。

例外として、治療者によって変換された自然魔力は、他者の体内に取り入れる事ができ、取り入れた者の魔力循環器によってその者の魔力に変換される。

そして、自然魔力では術式を描いても魔術が発動しない。


今までのガトレにはなかった知識であり、思いついた方法は使えないものだったが、それも一つの前進であった。


「となると、やはり、証明は困難だが、未知の術式が用いられたという可能性を突き詰めていくべきか」

「偶然にも生まれつき未知の術式を含む魔力紋を持っていた、という可能性はあるかもしれませんが、それならこんな使い方をせずに、大々的に発表するべきですね。魔術研究者にとっては垂涎ものの大発見ですから」

「そうだな。それに、英雄殺しが目的であったなら、むしろ名乗りを上げたっていい。英雄を殺した犯人の目的が読めないというのも、三つ目の議題だな」


新しく増えた議題に頭を悩ませ唸っているうちに、ガトレ達は究謀門が誇る研究棟の前に辿り着いた。

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流れ魔弾と救国の英雄 天木蘭 @amaki_rann

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