一章:渦中の鉱人

調査助手

法廷を出たガトレはサジの言葉に従い、医務室へ向かう事にした。


しかし、その道程は決して穏やかとは言えず、ガトレを見て侮蔑の意を示す者や、ヒソヒソと会話する者もいた。


「あれが例の……」

「恥ずかしくないのか……」


ガトレの耳が捕捉した声から、自身の存在が英雄殺しの容疑者として周知されているのは明らかだった。


これのせいだろうな、とガトレは自身の左手首に視線を落とす。


はめられているのは無骨な金属質のガントレットであった。究謀門のピューアリアが制作した軍務魔装具の一つ、デュアリアである。


ガトレ自身、過去に脱走兵の名前と姿がデュアリアから投写された事を記憶していた。恐らくその機能が用いられたのだろう。


軍人がデュアリアを外す事は滅多にない。


「っ!」

「おう、すまんなぁ英雄殺し」

「……いえ、私の注意不足です」


故に、ヒト族とアビト族、いずれもガトレに対する態度が変わる事はなく、中にはすれ違い様に身体をぶつけてくる者や足を掛けてくる者もいた。


軍の規則により、自身よりも役職の高い者であれば逆らう事すらも許されない。


ガトレはせめてもの抵抗として顔を俯き気味にし、足を早めた。


施設内を歩くだけでもままならないとなると、三日の猶予はかなり短く感じるな。


そうした考えも相まってか徐々に早さを増す歩みが功を奏したのか、そのまま大事なく、ガトレは医務室に辿り着いたのだった。


* * *


医務室には寝台が六床設置されているが、ガトレが訪れた時点で埋まっているのは一床のみであった。


基本的に、医務室には重症の患者と常駐する二等以上の医圏管師がいるのみである。


軽傷の兵士は医務室とは別に存在する治癒室で治療を受ける事となる為、治癒室であれば大きな作戦の後には行列も多い。


病に冒された兵士は更に別室である病床室という場所に寝かされ、治療後の休息や魔力補給が必要な兵士は療養室に置かれる事となる。


この様にして衛生門の医療棟は、医務室、治癒室、病床室、療養室の四つの部屋が大部分を占めている。


ガトレは過去、試験時に魔力欠乏を起こした際に、担当してくれた医圏管師からその様に聞いていた。


「おう、待っておったぞ若人よ」


鉱石でもなくただの石を加工して造られた、白を基調とした医務室にいるのは全部で5名。その内、ガトレを見て近づいてきたのは、サジともう一人のヒト族であった。


「サジ卿。お待たせしてしまい申し訳ありません」

「なぁに、暇な老人が部下と話していただけじゃよ。早速、助手を紹介しよう」


暇とは言うが、軍部の頂点に立つ者の一人がそんなはずはないだろうと、ガトレは内心で突っ込む。


サジの気遣いに感謝しつつ、ガトレは頷いて先を促した。サジはにこやかに、隣に立っていたヒト族の肩を叩く。


「この子はシラノ=ナウア五等医圏管師じゃ。本来は軽傷の治癒が主業務じゃが、今からお主の助手となる。また、事件の調査期間中、ナウア医圏管師は主業務よりもお主の補助を優先とする。好きに使ってくれて構わんよ」


五等医圏管師。ガトレの知識によれば、下から二番目の等級に当たる。


高い等級の医圏管師を業務外の時間に割かせるわけにはいかないだろうし、かといって何の知識もない者が助手になってもただの置物になるだけだ。


問題児とは言っていたが、これはサジ卿ができる最大限の協力なのではないかとガトレは結論付けた。


「サジ卿、感謝します。裁判の時にも助けて頂いた上に、ここまでして頂けるなんて感無量です」

「未来ある若人を失うわけにはいかんからのう。もちろん、お主が本当に罪人でなければ、の話じゃが」


サジは左目を閉じ、右目だけでガトレの目を見る。ガトレは自身の内面を覗き込まれている様な感覚を受けたが、むしろ見せつけるかの様に一歩前に出る。


「真実がどのような姿をしているかは見えておりませんが、私が引き起こしたものではない事を誓います」

「……うむ。ワシも法廷でのお主の発言を信じたからこその采配よ。成果に期待しておるぞ」


サジは鷹揚に頷くと、視線をナウアに流した。

そこでガトレも初めてナウアの姿をしっかりと見る。


ナウアは亜麻色の髪を腰ほどまでに伸ばし、医圏管師の特徴である白い法衣の様な衣を羽織っていた。


ガトレはナウアの近寄り難い雰囲気を作っている切れ長の瞳に、どこか澱んだものが潜んでいる様に思えた。


「さてと、そろそろ若人同士、挨拶の一つも交わすと良いじゃろう」


ガトレはサジの言葉にハッとし、失礼に当たらない様、先んじて挨拶する事にした。


「私は陸圏管第五小隊のシマバキ=ガトレだ。呼び名はガトレで構わない。シラノ=ナウア五等医圏管師殿、これからよろしく頼む」


ガトレは握手を求め右手を差し出した。

ナウアはガトレの手を一瞥し、手を差し出さないまま答えた。


「私の事もナウアとお呼びして構いません。良好な関係を望みますが、あくまでも業務遂行の為であり、貴方は上司で私は部下です。故にガトレ様と呼ばせて頂きます」


ガトレは、ナウアから握手が返ってこない事に落胆はなかった。それどころか、僅かに開いた口は、明らかに驚きを示している。


ガトレは今や、軍のほとんど全てが敵となった針の筵の気分でいたのだ。


しかし、ナウアは良好的な関係を望むと言った。それだけで、ガトレがナウアを助手として信用するには十分であった。


もちろん、サジの口添えもあったのだろうが、というところまではガトレも想像するものの。


「部下を持つ様な立場ではないが、君がそれを望むなら上司としての経験を積ませてもらおうか」


理想の上司。ガトレにとってのそれは、既にこの世界から失われた存在ではあったが、目指す事くらいは許されるだろうと考える。


「どうぞ、お好きに。助手として協力はします」


ガトレが差し出した手を引っ込めるのを目で追いながら、ナウアはそう答えた。


「さて、挨拶も済んだようじゃな。そろそろワシも業務に戻る。励めよ若者や」


二人の様子をニヤニヤとした笑みで見守っていたサジが、そう告げてその場を去っていく。サジの笑みに微笑ましさではなく、何か含みを感じられたのが、ガトレには不思議だった。


ガトレはサジが部屋を出て背中が見えなくなってかは敬礼を解くと、ナウアに向き合う。


「ナウア。早々に付き合わせてすまないが、牢から出たばかりなので食事をしたい。構わないか?」

「私は助手であり部下ですので反対する理由はありません。上位下達。それが軍の規則でしょう」

「はは……まあ、そうだな」


他人の事を言えた口じゃないとは思いつつも、ガトレは型式通りなナウアの態度に苦笑を浮かべる。


しかし、ナウアに急かす様な無感情を向けられたガトレは、時間的余裕がない事を思い出し、人通りの少ない道を選びつつ食堂へと向かうのだった。

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