第1章 §3:異界獣
ゲートから出現する異界獣の姿は、さしずめ傷口から湧き出す蛆虫のようである。
今まさに、まるで肉でもかき分けるかのように出現した異界狼を見て、ノルは唾を吐き捨てた。
彼女にとって異界獣はエルドリッチに巣食う害虫と同じだった。一匹残らず潰し、綺麗に掃除する必要があるという信念がある。
少年を救い怪物へ宣戦布告をしてからというもの、ノルは異界狼を殺し続けていた。一つ屍を作るごとにゲートから異界狼が追加されるため、まるで終わりのない作業を繰り返しているかのようだった。
しかしノルに疲れは見えない。単純に人並み以上の体力があるという点も大きいが、それ以上に彼女の戦い方が効率的であることの方が理由としてはふさわしいだろう。
先ほどゲートから出現した異界狼がノルへ襲い掛かる。剥き出しになった両の爪が光を鋭く反射するが、その爪がノルに届いたと思った瞬間、彼女の姿が異界狼の視界から消える。そして気づいたときには、異界狼の身体は分断されていた。
一刀両断。ノルが繰り出す一閃は全て、異界狼の攻撃に合わせて放たれていた。なぜなら攻撃の瞬間こそ、一番防御が脆くなる瞬間でもあり、ノルはその弱点を突いて決着を長引かせないようにしていたのだ。
的確に、効率的に、一切の躊躇なく、彼女の斬撃は異界狼を即死させていく。こうする事で自身はほとんど体力を消耗せず、大量の異界狼を相手にしても遅れを取ることがない。この戦い方こそノルの本領であった。
そしてこれを繰り返し続けているうちに、あっという間にノルの周辺には異界狼の死骸が積み重なっていた。その光景は、たとえ相手が化物であっても凄惨の一言だ。場合によっては、今のノルを第三者が見たら、どちらが化物であるか判断に迷うかもしれない。それほどまでにノルが佇む場所は血にまみれていた。
――気づけば、またゲートから異界狼が出てこようとしていた。
「……まだ来るんだ」
ノルの視線は、窮屈そうにゲートから出ようとしている異界狼に向けられる。これで何体目だろうかと辟易する。ただゲートから出現する異界獣が、奴らの中でも低級な異界狼のみである点は運が良いと言えるだろう。
異界狼は一体ずつの戦力は高くなくとも――とはいえ人が敵う相手ではないのだが――集団で行動する特性がある。ノルやラオのように一対多の戦闘に慣れていないと、背後から襲われてあっけなく命を落とす危険性があるためやっかいだ。
しかし今回のゲートのサイズであれば、出現する異界獣の数は一体から多くても二体だろう。そのため異界狼の補充が間に合っていない状態に持ち込んでしまえば、あとは一体ずつ湧き出る化物を処理すれば、そのゲートは安定化されたと言えるだろう。だが、それは根本的な対策ではない。
律儀にゲートから出てくるのを待つのが面倒になってきたノルは、身体半分はみ出た状態の異界狼に近づき、無造作に剣を振りあげた。彼女の行動に気づいた異界狼が「ちょっとまって」という表情をするが、遠慮はしあい。ノルが剣を振り下ろすと、異界狼の首が綺麗な放物線を描いて飛んだ。残りの身体はまるで吸い込まれるように、ゲートの向こう側へと落ちていった。
ふぅと彼女が一息つく。次の異界狼が出現する様子はない。
ちらっと背後を確認すると、今までノルが処理してきた異界狼達の死骸が光に包まれ消えかかっていた。
異界獣の死体は残らない。といってもすぐに消えるわけではなく、時間をかけてゆっくりと光の粒子になり、空気中へ霧散していくのだ。まるで天に召されるかのような光景だ。ちなみになぜ消えていくのか、その原因については様々な研究がされているようだが、明確な事は判明していない。通説では淡橙液が起因しているらしいのだが、そもそも淡橙液についても未だ研究段階にあるため信憑性は低いだろう。
ノルはゲートを視界に捉えつつもその場で座り込んだ。
「ラオ兄ぃ、どこにいるんだろう」
ノルは胸の前で腕を組んで呟く。兄妹は戦闘に入る前にお互いの役割を決めていた。距離的にシタリの店と近かったラオがシタリの警備を、ゲートに近かったノルがゲート周辺の異界狼の排除を担当し、シタリの店の安全が確保できたらゲート付近で合流するはずだった。
今回のゲートから出現した怪物は異界狼しか確認できていない。つまりラオであれば簡単に勝てる相手しかいないということだ。仮にシタリの店が異界狼に囲まれていたとしても、彼女の店には自動迎撃用射撃タレットがある。そこにラオも加わっているなら対処にこれだけ時間がかかるとは思えない。
ノルは「もしかして……」と呟き、額に手を当てる。
そもそもノルとラオの目的は異界狼を排除する事ではない。確かに異界狼を放置すれば一般人に被害が及ぶし、襲い掛かってくる怪物には対処しなければならないのだが、これらはゲートが存在する限り根本的な解決にはならない。つまり、ゲートから溢れる雑魚より、ゲートそのものを消滅させる必要があるのだ。そしてゲートを消滅させる方法は一つしかなかった。
ふと、遠くで獣の咆哮とともにゴォンと何かが連続でぶつかり合う音が聞こえてくる。それはまるで剣戟のようでもある。
「……やっぱり」
ノルは音の発生源である前方を鋭く見据えると、素早く立ち上がり剣を構えた。目の前にはマンションが立ち並んでいるため、その向こう側で何が起こっているかはわからない。
やがて、ひと際大きな衝撃音が響くと同時に、マンション群を飛び越えて誰かが吹き飛ばされてくるのが確認できる。
飛ばされた人物は空中で姿勢を正すと、着地の直前に巨剣を地面に突き立て、ガガガと勢いを緩和しながら停止した。彼が着地してから停止するまでの間に、一本の直線が深々と地面に刻まれていた。
ノルは、膝を折り肩で息をする銀髪の青年へ駆け寄ると声をかけた。
「ラオ兄! 大丈夫!?」
ノルの心配そうな声にラオがハッと気づく。
「おお、我が妹よ! 奇遇だな!」
へらへらと片手をあげて挨拶をするラオだが、その表情には疲れが見える。兄が強がっている事を見抜いたノルはすぐさま肩を貸そうとするが、ラオがそれを手で制止した。
代わりに彼女は質問をした。
「どうして連絡してくれなかったの? 全然コッチに来ないから心配したのに」
「連絡したくても出来なかったんだ。なにせ、俺の方が当たりを引いちまってな」
「当たりって……やっぱりそういう事?」
突如、マンション群が大きな音を立てて破壊された。そして飛び散る瓦礫と土埃の中から巨体の影が飛び出し、ノル達の目の前に着地する。
牛の頭を持ち、巨漢の身体つきをし、両手に大きな斧を持つ怪物。異界牛だ。
「こういうコト」
ラオがノルに対してウインクをする。二人は即座に立ち上がると戦闘状態に入る。異界牛は異界獣の中でも中級に分類される強敵であり、気を抜いてよい相手ではない。
ふとノルは横目でラオの容姿を見る。彼の身体はところどころ傷や痣があり、服も汚れていくつか破れていた。剛力を持つラオであっても異界牛を相手に一人で立ち回るのは至難の業である。異変に気付いたノルが、いち早くラオと合流していれば、ここまで彼がダメージを負う必要はなかったかもしれない。
内心、反省をするノルを察してかラオが彼女の脇腹を軽く小突く。「わっ」と驚いたノルがラオの表情を見つめるが、彼は真剣な面持ちのまま眼前の異界牛を見据えていた。その姿は「集中しろ」と物語っている。
ノルはラオ同様に異界牛を見据えると剣を両手で強く握った。兄の叱咤によって、俄然やる気が湧きあがるのを感じる。
異界牛が耳をつんざくような雄叫びを放った。ビリビリと刺すような圧を肌に感じながらも二人は剣を構えた。
「ノル。俺が足止めするからお前が斬れ」
「おっけーラオ兄。アイツ、細切れにしてやるから」
軽快な返事を聞いたラオはにやりと笑うと、異界牛の懐に向かって飛び出した。異界牛は迎撃のために斧を振るうが、ラオはそれを正面から巨剣で受け止める。衝撃とともに発生した風圧でノルの髪が揺れるが、それをものともせず彼女はラオよりも深く異界牛の懐へ入り込んだ。そしてすれ違いざまに一閃、異界牛の脚へ斬りこんだ。
(――浅い!)
異界牛の肉はノルの想定より硬く、出血したものの深手を与えるほどではなかった。ノルはすぐさま反転し、今度は斬りつけた方と反対の脚へ剣を振るう。だがこれも表面に切り傷を作るだけで留まってしまう。
足元でチクチクと攻撃された異界牛はラオとの拮抗状態を解除し、後ろへステップし距離を取る。かと思いきや、今度はノルを目掛けて斧を振り下ろした。即座に反応したノルがサッと後退して斧を躱し、ラオの隣へ舞い戻る。
「細切れにするんじゃなかったのか?」
「うっさい。思ったより硬かったの」
ぶーと不機嫌な表情をするノルに向かってラオが冷静に語る。
「なら関節を狙え。アイツの皮膚は異界狼ほど柔らかくねぇから、的確に急所を攻めるしかねぇぞ」
「わかってる! 次はちゃんとやるから」
そう言っている間に異界牛の傷は回復しかかっていた。異界獣は自然治癒能力が高く、故に即死させられなかったときは戦闘が長引きやすい。ましてや異界牛のように体力に自信がある怪物ならなおさらだ。
二人とも、万全の状態である異界牛を即死させることが難しいと理解している。故に、奴の急所を突くには段階を踏む必要がある。ノルは自身の役割を再認識する。異界牛の注意を引き、敵の行動を制限させるダメージを負わせるという重要な役割を。
兄妹は互いにアイコンタクトを取ると頷きあい、先ほどと同じようにラオが先行する。しかし今度は上空へ高く飛びあがると、巨剣を頭上へ高く掲げ上段の構えを作った。彼の剛力をすでに体験していた異界牛は、とっさに斧を平行に持ち替えて防御の姿勢を取る。
その瞬間だった。ラオに続いて異界牛の視界から消えるように駆けだしていたノルが怪物の足元に飛び込む。そして彼女は異界牛の、人間でいうところのアキレス腱に該当する部分を断ち切った。
唐突な激痛に困惑する異界牛だが、そこへ容赦のない攻撃が差し迫る。
「オラァァ!」
気合の入った声と共にラオが異界牛へ巨剣を振り下ろした。その勢いはラオの持つ剛力に重力がプラスされ、さらに身体の支えを失っていた異界牛は彼の攻撃を防ぎきることはできなかった。
衝撃によって防御していた斧の柄が折れ、ラオの放った渾身の一撃は異界牛の防御を貫通して右胸に突き刺さった。橙色に光る赤い鮮血が飛び散る。手ごたえはあった。そう確信したラオに一瞬の油断が生じてしまった。
「ラオ兄! 危ない!」
ノルが叫んだ時には遅かった。怒りに任せた異界牛の拳が、ラオを意識の外から殴りつける。
もろに喰らったラオはろくに受け身とれないまま地面を何度も転がる。
「ラオ兄!」
ノルがラオを心配して振り返ると同時に、四つん這いになった異界牛が犬のように跳躍すると、握りこぶしをノルへ向けて振り下ろした。脚の健が切れて歩けない異界牛の、獣のような一撃だ。
とっさに回避行動を取ったノルだが、避けることを見越していた異界牛が空いていた手でノルを捕まえる。
「――しまった」
サァと血の気が引くのが分かる。
異界牛は怒りの怒号とともに、彼女を握ったまま地面へ全力で叩きつけた。大きく陥没した地面がその威力を物語る。
ノルの視界は真っ白になり、一瞬意識が飛んでしまった。しかし異界牛の興奮は止まらない。奇声とも取れる咆哮を轟かせつつ、握ったままのノルを手当たり次第建物へぶつけまくり、最後には地面へ放り投げた。
彼女はそのままコンクリートの壁に衝突する。瞬く間に壁は崩れ、ノルは瓦礫に埋まってしまった。
「ノル!!」
ラオの心配する声はノルに届いていなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
先ほどの異界牛の攻撃により、ノルは頭を強く打っていた。今、彼女の視界はぐにゃぐにゃに溶け、周りの声もよく聞こえていない。どうにかして起き上がろうと拳に力を込めるが、上手く力が入らない。
(……くそっ!)
不覚を取った自分の不甲斐なさを恥じる。もっと上手くラオと連携できていれば、このような失態を晒すこともなかっただろう。
回る視界の中、ラオが何かを叫びつつ異界牛の猛攻を防いでいるのがわかる。彼の言葉を認識する事は出来ないが、自分を心配していることはわかる。
(早く戻らないと……!)
しかし立ち上がろうとする彼女を鋭い痛みが刺す。想定以上のダメージが、起き上がろうとする行為を拒絶する。
ラオは異界牛と激しい戦闘を繰り広げている。しかし彼の戦いぶりは疲労とダメージのせいで防戦一方になっていた。対する異界牛は既に負っていた深手も回復し、ノルを投げ飛ばした時の勢いをそのままに猛攻を続けている。まさに狂戦士のような暴走ぶりで、ラオが劣勢なのは日を見るより明らかだった。
状況を打破するために取れる手段は一つしかない。
意を決したノルは瞳を閉じると、静かに深呼吸を始めた。肺を酸素で満たすと、身体の隅々まで血が巡るイメージをする。やがて辺りの喧噪は遠くなり、心臓の鼓動に耳を傾ける。
どく……どくと命の音に集中し続け、やがて彼女は、内に眠る竜の因子に触れる。
彼女が瞳を明けたときには、彼女の身体は青白い光に包まれ、バチッバチッと電流が放出されていた。しかし、これはほんの始まりに過ぎない。
ノルの身体がゆっくりと浮遊し静かに着地した。刺すような全身の痛みは感じず、代わりに身体の内側に熱が籠っているのがわかる。
ノルは奥歯を食いしばり、全身に力を込め始めた。全身を包んでいる青い光がさらに強さを増し、コンクリートの破片がはじけ飛ぶ。そして彼女を纏うように駆け巡る電流が勢いを増し、力が身体の中から際限なく溢れ、やがて彼女の口から獣のような唸り声が漏れる。
「――ノル!? やめろ!!」
事態に気づいたラオがとっさに叫ぶ。しかし、彼女の変化は止まらない。
やがてノルを包んでいた青白い光がとある形へ変化し実体を帯び始めた。
両手両足は人のものから竜を彷彿とさせる形へ変形し、尾骶骨からは尻尾が現れる。背中には大きな竜の翼が生える。閉じていた翼を力強く広げると、風圧によって周囲の瓦礫が飛び、建物の窓ガラスが音を立てて割れた。
ノルが威嚇するように口を開くと、牙のように変貌した犬歯が覗く。そして彼女の頭部には立派な二本の角が聳え立っていた。
その光景を見た誰もが感じるであろう。白銀の竜が現れたと。
場の空気がノルの雰囲気に呑まれる。ラオも、異界牛も、彼女の変身に身動きできないでいた。
ノルは排除すべき敵の姿を捉えると、その瞳が冷たく光る。静かに佇む彼女の姿は、しかし青い炎を纏っているように見え、本能へ恐怖心を植え付ける。睨まれた異界牛は、まるで蛇に睨まれた蛙のように、怯えの色を見せていた。しかしそこは狂戦士である。異界牛は自身を鼓舞するよう胸を叩くと雄叫びを上げ、一目散にノルへ向かって駆けだした。まるで逃げようとする心を強引に抑えるかのように。
瞬間、破裂音と共に閃光が走る。
白銀の竜が一筋の青い光となり異界牛とすれ違う。と同時に異界牛の左脚が根元から無くなった。突然のことで頭が追い付かない異界牛は無様に転倒しつつ、駆け抜けた光の軌道を無意識に追いかけた。
青き閃光は上空へ上がると、何度も鋭角に飛び回って反転すると、稲妻の如く異界牛へ飛来する。
次の瞬間、異界牛の左肘から先が弾け飛ぶ。そして間を置かずに、今度は右肩からごっそりと右腕が千切られた。異界牛は痛みを感じる暇さえない。その脳内にからは既に反撃の文字は消え、ただ成す術なく彼女のされるがままになっていた。
ノルは全能感と高揚感に包まれていた。そしてそれは快楽に転じている。彼女の持つ異界獣への憎しみが竜の力を解放する事で表面化し、暴力的な破壊衝動に身を任せていた。
空を駆け巡り、すれ違いざまに異界牛の四肢を切断する時、彼女は笑っていた。肉を抉る快感が脳を痺れさせる。そして彼女は、より芳醇な快楽を求め、より残酷な方法で異界牛を苦しめることに注力する。だが彼女は気づいていない。制御しきれない力が身体を限界以上に稼働させ、身体の端々から血が流れていることに。
遥か上空へ飛んだノルは異界牛の様子を観察する。片足と両腕を失った怪物は達磨のように地面を転がっていた。怒りによって血の色が滲んでいた瞳は正気を取り戻し、恐怖の色に染まっているのがわかる。
(もっとだ……!)
ノルは全身に力を漲らせると、一直線に怪物の元へ飛翔し、右腕を突き出す。ずぶりと、彼女の腕が異界牛の腹部に肘まで突き刺さった。痛みで異界牛が叫ぶ。
彼女は突き刺した手で異界牛の肋骨を探り当てると固く握りしめた。怪物の骨は太く、ごつごつとしていて、しっかりとした印象を与える。
ノルは肋骨を掴んだまま異界牛の身体を持ち上げると、まるで打ち上げたロケットのように空高く飛び上がった。
あっという間に甘露町全体を見渡すことができるほどの高さに到達したノルは停止する。そして彼女は死にかけの異界牛を憎しみを込めて睨むと、冷たく言い放った。
「苦しんで死ね! 化物!」
ノルは渾身の力で異界牛を地面へ投げつけた。鮮血をまき散らしながら巨大な塊が落ち、やがて町全体を揺らすほどの衝撃が起こる。地面へ衝突した場所には大きなクレーターが作られる。
と同時に、彼女は大きく口を開けると、竜の力の源であるエネルギーを集中させる。青く輝く、凝縮された高エネルギー体が大きさを増していき、やがてノルの身体を隠すほどまで成長する。そして、彼女はとどめの一撃を放った。
光の玉は電流を迸らせながら異界牛へ落下していく。その様を、虫の息だった異界牛は呆然と眺めていた。己の最後を直感し、思考を放棄した怪物の瞳は、無慈悲に光弾の光を反射していた。
やがて、高エネルギー体が爆ぜる。衝撃が大気を震わせ、大地が円形に削り取られていた。
爆心地に、異界牛の姿は何も残っていなかった。
終わった。そう実感した瞬間、ノルの全身から力が抜ける。常に彼女を包んでいた青白い光が静かに消え、白銀の竜は一人の小柄な少女に戻る。竜の力を失った彼女は力なく落下を始めた。今の彼女には着地に割く余裕がない。
それを見越していたのか、彼女の兄であるラオが落下点で待ち構えていた。
しばらくしてラオがノルを受け止める。かなり上空から落下したため、彼は思わず片膝をつくが、ノルを落とさないようにしっかりと抱きしめた。
信頼する兄に抱かれ安心したノルが、閉じかけの瞼でラオを見る。
「ぁあ……、ラオ兄。よかった……。無事だったんだ」
消え入りそうな声を出す妹をラオは複雑な表情で見つめる。ノルの状態は一言で言うなら満身創痍だった。
竜人へと変貌したノルの様子は、殺戮を楽しむ怪物のように見えた。ラオは妹のそのような姿を見たくはないのだ。本当ならやりすぎだと怒鳴りたい気持ちである。しかし竜の力を解放したノルが無事であることへの安堵感が、彼の溢れそうな気持ちを抑えていた。
彼はグッと堪えると気持ちを切り替え、ノルを安心させるために優しい笑顔を作る。
「ああ、お前のおかげで助かったぜ」
「よかった……。本当に……」
ノルは兄の言葉に心から安堵すると、消え入るように深い眠りについた。
いつの間にかゲートは音もなく消滅していた。
ELDRITCH LIBERATORS Atimot(あちもと) @Mixer8132
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