§2:ラオ・ノンルール
――ノルが
ラオの眼前には
これらの死体を前にして、ラオの表情に戸惑いはない。むしろ彼の着ている服に付着した赤い血液が、これらの死体を作った張本人である事を物語っている。
ラオは、身の丈を越すほどの巨大な剣を軽々と持ち上げると肩に置いた。重厚な剣の質量を感じさせない自然な動きは、彼が剛力の持ち主であることが伺える。事実、服の袖から覗く彼の二の腕は盛り上がっており、さわやかな外見とは裏腹に筋肉質な男らしい体つきであることを伺わせる。
不敵な笑みを作りつつ、彼は残り一体となった
「さぁて、次はお前が相手してくれるのかな?」
だが声をかけられた
戦闘において数の有利を覆すのは難しい。ましてや相手は人間を襲う事に特化した怪物だ。その怪物が集団で襲い掛かってくるのだから、生き残る可能性は限りなく低いだろう。
ただし、数の有利が効かなくなる条件は存在する。それは戦力の差である。
例えば、たった一人の人間が圧倒的な強さを持っていたらどうだろうか? それが数の有利を無意味にさせるほどの存在であれば? そんな都合の良い存在はアニメやゲームの中だけで、現実にはあり得ない……と思うだろう。
しかしラオこそが、その条件を覆す強者であった。
さきほど彼は襲い来る6体もの
だがもちろん、ラオは逃がすつもりはない。
しばらく怯える
「泣く子も黙る
ラオはあえて相手を挑発した。隙を見せれば襲ってくるだろうと期待したのだ。
しかしここまで言っても
ラオは肩に置いていた巨剣を振り下ろした。ブンと風を斬る音が巨剣の重さと振りの速さを実感させる。ビクッと
「じゃあ、こちらから行かせてもらうぜ」
言い終わるや否や、ラオは一瞬で
「……あれ?」
巨剣を引き抜こうとしたラオだったが、思ったよりも深くまで突き刺さってしまったらしい。首を傾げながら、ラオは地面に刺さった己の相棒に「おーい」と声をかけている。
この隙を
牙を剥いた
瞬間、ラオは襲い来る
パッと剣から手を放したラオは、飛びかかってきた
コンクリートの壁に
ふぅと、まるで一仕事終えたかのように、ラオは腰に手を当ててコンクリートに埋まった
「……まだ生きてるな」
彼の言葉の通り、死んでいたかのように見えていた
驚くべきタフネスである。通常の生物であれば即死は免れないはずだ。しかし、
軽々と巨剣を地面から引き抜いたラオは、今度は槍投げのような構えをとり、狙いを定める。剣を握る腕がひと際盛り上がり血管が浮かび上がる。奥歯を噛みしめ力を込めると、全身に血が巡り、彼の周辺に熱気が漂い始めた。
次の瞬間、彼は力の解放と共に巨剣を投擲した。
閃光のごとく巨剣が空を裂く。壁から抜け出す事に集中していた
剣が
ラオは大きく息を吐くと、全身の力を抜いてリラックスした。ひとまず、彼に襲い掛かってきた
深々と壁に突き刺さった巨剣を回収しようとした時だった。突如、彼の背後から場違いな甲高い声が響く。
「あー全滅してるでござる! さすがはラオ殿! 相変わらず容赦ないでござるなぁ」
にこにこと満面の笑みを浮かべながら、とても独特な喋り方をする女の子が現れた。おーいとラオに手を振りつつ、無邪気に跳ねるように向かってくる。
その姿は真っ黒な塊という印象を与える。上下ともに黒でまとめられた服を着て、鼻先まで隠れるほどの黒い前髪を垂らしている。長い前髪からチラチラと紫色の瞳が垣間見えるのがミステリアスさをより一層際立たせる。
彼女はエルドリッチで薬屋を営む若き天才少女・シタリである。
ちなみに喋り方と彼女の経歴には一切の関係はない。かつて見たアニメ作品の登場キャラクターを気に入り、その喋り方を真似しているのだとか。
「とりあえず、ここら辺の
――よいしょ、と剣を引き抜きつつラオが答える。「上出来上出来〜」とシタリが口ずさみながら、あちこちに散乱している
彼女は死体の前でしゃがみ込むと、腰にぶら下げていた大きな注射器を取り出して、
一本目のシリンジが満たされると、次に二本目を取り出して同様に橙色の液体を回収し始めた。その様子を眺めながらラオが質問する。
「これだけの量があれば、今月分のノルマは達成できたんじゃないか?」
「かもしれないでござるねぇ。まぁ拙者としては、あればあるだけ嬉しいでござるが」
と突然、腹の底へ響くような地響きと共に轟音が耳に届く。音の方を見ると、建物の向こう側で土煙が上がっているのが確認できる。
しかし二人は動揺することなく落ち着いていた。
「今の音はノル殿でござるか?」
シタリが尋ねた。彼女は微動だにせず
「多分な。さすが我が妹。派手に暴れてるみたいだ」
「……勿体ないでござるなぁ」
シタリは口を尖らせる。彼女はノルを心配する気は微塵もなく、むしろ離れた場所で
ちなみに、先ほどからシタリが回収している淡く発光する橙色の液体だが、これは
相変わらず死体からウキウキで
ドスンドスンと一定の間隔で振動が足から伝わってきた。それはまるで巨人が歩いているかのようだ。
さらに振動が近くなり、足音が聞こえ始めてきた。何か大きな怪物が近づいてくる!
危険を感じたラオはすぐにシタリへ忠告した。
「シタリ! 店に隠れろ! 多分、でかいのが来るぞ!」
「――承知した!」
状況を察したシタリは
重たい足音が近づくにつれて揺れが大きくなる。ラオは巨剣を構えると近づいてくる何かに備えた。
やがて建物の影からぬぅと牛の顔が現れた。サイズはかなり大きく、その全長は7mをゆうに越している。
発達した筋肉がひび割れて乾ききった皮膚を突き破り、体内を流れる
しかしその中でも一番目を引くのが、両手で持っている大きな斧の存在感だろう。巨大な岩を刃物のように荒く削り、天然の巨木を加工して作られた柄と組み合わせている。それは古代の巨大な樹を彷彿させ、圧倒的な重量感を放っていた。
神話の生物ミノタウロスが存在していたら、きっとこんな姿なのだろうとラオは思う。
この牛の顔を持ち、大きな斧を武器とする
歪ませていた口角をさらに上げ、
「こっちが当たりだったみたいだぜ、ノル」
軽口を叩きつつも、ラオは巨剣を固く握りなおした。
ラオは身体を捻るとわずかに力を溜め、まるで払うように、
一撃で仕留めるつもりだったのだろう。攻撃を受け流された事に気づいた
「かかってきな化物。相手してやるぜ」
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