ELDRITCH LIBERATORS
Atimot(あちもと)
第1章 §1:ノル・ノンルール
――緊急避難速報です! 現在、甘露町西エリアにおいて、空間の裂け目”ゲート”が発生しました! 既にゲート周辺には異界領域が展開されています! 近隣住民の皆さんは直ちに安全な場所へ避難してください! ゲートからは
甘露町にサイレンが鳴り響いている。先ほどまで人気アイドルのCMを流していたビルのモニターは、避難を呼びかける映像に切り替わっている。町全体を包み込んでいたポップなBGMも逃げ惑う人々の声にかき消されていた。
阿鼻叫喚な町の様子を俯瞰しながら、ノルはビルの屋上を疾走していた。風を切りながら隣のビルへ飛んで、駆けて、また飛んでを繰り返す。日の光を反射する彼女の銀髪が一筋の光となり、騒ぎの原因であるゲートへ一直線に向かう。
(ここ最近は新しいゲートの発生なんてなかったのに……!)
彼女は奥歯を噛み、右手に持っていた剣を固く握りしめる。
今から5年前――西暦2995年――、大都市エルドリッチに突如として空間の裂け目が生じた。この裂け目から怪物が溢れるように湧き、目についた人間を無差別に襲ったのだ。
裂け目の向こう側は異界と繋がっているとされており、現在は裂け目をゲート、裂け目から湧き出た怪物は異界獣と呼ばれている。
しかし、当時ゲートから出現した異界獣は、後に
異界狼の容姿は一言でいえば大型の狼である。とはいえ体毛はほとんどなく、代わりに硬質化してひび割れた黒い皮膚が目立つ。太く発達した両足に、コンクリートすら砕くほどの強度を持つ鍵爪が、見る物に威圧感を与える。瞳は赤く発光し、二つに割れた尻尾が鞭のようにしなる。
普通、動物は人間を避けて生活をする。仮に人間と敵対する状況になったとしても、動物の立場では”身を守るため”や”捕食のため”である場合がほとんどだろう。
しかし異界狼は異なる。なぜなら、奴らは"人間を殺すため"に人間を襲うからだ。
異界狼の人間に対する執着心は異常で、たとえ家の中に隠れたとしても、必ず見つけだそうと集団で行動をする。だが、なぜ異界狼の動機が人間を殺す事なのかは、いまだ解明されていない謎となっている。
ノルが現場へ急行する理由はこれであった。5年前、世界で最初に出現したゲートの近くにいたノルは、幸運にも生き延び、そして異界獣に対抗するために修行を積んだのだ。全ては家族の命を奪った異界狼への復讐心と、この手で異界狼から人々を守るためである。
ゲートへ向かってしばらくすると、周辺の空気が変わったことをノルは肌で感じ取る。ゲートまでの距離が近い証拠だ。下の様子を伺うと、避難が遅れた人々の走る姿がまだ目につく。
やがて彼女は視線の先に、空間の裂け目”ゲート”を捉えた。
遠目からでもわかるほどゲートの見た目は異質である。それはまるで大型の獣に引き裂かれたようであり、その傷口は七色に怪しく蠢いている。まるでその空間だけ別の次元にあるかのような、そんなあまりにも不自然な光景である。
(異界狼がいる!)
ゲートの近くに3体の異界狼の姿を確認する。しかしまだ逃げ遅れた人がいる。ノルは更にスピードを上げた。
異界狼が大きな声で吠えると、人々は一斉に背を向けて駆け出した。そんな中、一人の少年がつまづき転んで、地面に倒れてしまった。
倒れた子供を見た異界狼たちは互いに顔を見合わせると、口から舌を覗かせた。剥き出しになった牙が冷たく光を反射する。
まるで示し合わせたかのように、3体の異界狼が同時に地面を蹴った。中でも1体の異界狼が突出し、瞳に涙を浮かべる少年へ飛びかかる。
(――間に合え!)
ノルはビルの屋上から上空へ大きく飛んだ。彼女は空中で子供に襲い掛かる異界狼に狙いを定めると、右手の剣を固く握りしめた。瞬間、ノルの青い瞳が鋭く光り、稲妻のごとく急降下する。
急襲する彼女の影に異界狼は気づかない。ノルはそのまま子供に噛みつこうとする異界狼の身体を剣で貫いた。――と同時に剣から青白い電流が迸り、ノルの周囲の地面が大きく抉れた。
辺りに粉塵が舞い、煙幕となってノルの姿を隠す。時折バチバチと青光する電流が明滅する。やがて肉が焦げる匂いが漂ってきた。
残された2体の異界狼が何事かと一歩引いた場所から様子を伺っている。同様に、先ほどまで逃げ惑っていた人々が、何事かと振り返り足を止めていた。
しばらくの間、街を包んでいた喧噪が沈黙する。
ノルは異界狼の身体から剣を抜き取ると、煙を裂くように空を切った。視界が晴れ、銀色の少女が姿を表す。
日の光に照らされた少女の銀髪が光を反射し、真っ白なコートがひるがえる。暴力的な着地を披露したノルの姿は戦乙女のようであり、死の危険を感じていた少年の瞳はその美貌に奪われていた。
止まった時を動かしたのはノルだった。彼女は、倒れたまま呆然としている少年に振り向いて叫んだ。
「何してるの! 早く逃げて!」
彼女の凛とした声で現実へ戻ってきた少年は、直ぐに立ち上がると一目散に駆けだした。幸い怪我はないようで、その足取りはしっかりしている。それに続いて他の人々も避難を再開した。
ノルはホッと胸をなでおろすと、正面へ向き直る。
彼女の眼前には残された2体の異界狼が、道をふさぐように展開していた。仲間を殺されたせいか彼らは慎重に、しかし確実にノルとの距離を詰めている。
ノルは改めて敵を見据えた。冷たい刃物のような鋭い視線を向けられた異界狼達が足を止める。たとえ化物であっても気圧されるほどの威圧感を放つ少女の存在に、異界狼達は思わず身構えていた。しかしそれも束の間、今度は異界狼達が闘志をみなぎらせ、低い唸り声を発し始める。今にも襲い掛からんと地面に極太の鍵爪を食い込ませる。
しかしノルは挑戦的に、剣の切っ先を異界狼達に向けた。キンと空気が張り詰め、場の緊張感が一気に高まる。心臓の鼓動が耳に響き血が滾り始める。そしてノルは高らかに開戦の狼煙を上げた。
「来い! 怪物ども!!」
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