第3話 陰陽魔術連

「ん? なぁ、魔術連から呼び出しだってよ」


 テレビ局の裏口から外に出たところで携帯端末が震えた。


「あ、あたしのとこにも来てる」

「僕もだ。珍しいね」

「まーた仕事じゃないだろうな。流石に三連チャンは勘弁だぞ」

「どーだろ。この業界、いっつも人手不足だからナー」

「そりゃ毎年ばかすか若手が死んでちゃそうなる。俺らの初陣なんて15の時だったぞ」

「実力を磨き切る前に使い潰されてるのが現状だからね。その上、純血主義」

「いくら魔術師が一夫多妻制だからってガキが死んでちゃ意味ねーんだっての。俺の異母兄弟なんか一人も残っちゃいねーぞ」

「あたしのとこもそんなもん」

「僕の家系も似たような状況だね。妹が一人いるけど」


 なんて業界への不満をたらたら垂れながら待たせていた車に乗り込む。

 不満はあるが呼び出しを拒否する訳にはいかない。

 正直、面倒臭くて行きたくないが。

 帰宅は何時頃になるんだか。もう午後一時過ぎ、そろそろ空腹も限界に来てる。

 腹の虫がなりそうな気配を感じつつ、信号の赤を後部座席から眺めていると、窓からこんこんと音がする。何事かと思ったが、窓の向こうにいたのは八百人の式神だった。

 からすの式神。

 窓を叩く黒い嘴にはレジ袋が咥えられていた。


「昼食だよ。おかかでよかったよね」

「ナイス!」

「あたしのは!?」

「ちゃんと鮭もあるよ」

「foooooo! 八百人くんかっこいいー!」


 お茶とおにぎりをそれぞれ取り分け、束の間の昼食タイム。

 封を開けてかぶり付こうとした矢先、ふと開けっ放しの窓から少し騒々しい声が聞こえてくる。見れば、なにやら道ばたの女子高生がこちらを指差していた。それに釣られた周囲の人たちも、こっちを見てまた同じように騒がしくしている。

 魔術師を送迎する黒塗りの車は目立つし、急ぎの時は他の自動車に道を空けさせることもある。だから俺たちが何者かは、あの人たちにもすぐにわかっただろう。

 今日日、魔術師なんて珍しくないはずだけど、なにを騒いでいるんだ?

 あれが男子高校生なら、間違いなく魔術師に対する憧れからくるものなんだけど。

 と、生じた疑問に答えを出す暇もなく信号機が青になる。


「まぁいいか」


 視線を再びおにぎりに落とし、かぶり付く。

 それが食べ終わる頃には魔術連の本部に到着していた。


§


 魔術師の総本山、陰陽魔術連おんみょうまじゅつれん

 正規の魔術師はすべてここに在籍し、ここからの指令で動いている。

 ダンジョン化なんていうこちらの都合に構わず何処ででも発生する不可思議な現象が起こる前は秘匿の存在だったが、ここ十年で流石に隠しきれなくなったため、今では公に認知された組織になっている。

 それでも魔術界の隠蔽体質は健在だけど。

 本部は古き良き時代の日本家屋。

 大層ご立派な佇まいで、庭には枯山水、池には錦鯉、あとは盆栽とゲートボールでもあれば老後の楽園になるに違いない素敵空間だ。

 そんな俺たちの世代には少々退屈な場所で待ち構えていたのは一人の魔術師だった。


「いやー、とんでもないことしてくれちゃったねぇ。はっはっは」


 と、愉快そうに笑うのは、魔術連の中でも数人しかいない冠位付きの魔術師、音無春臣おとなしはるおみさん。三十代後半から四十代前半くらいの格好いい大人。そんなイメージ。

 そんな彼が笑っている理由も、とんでもないことの意味も、俺たちにはわからなかった。


「とんでもないこと、とは?」

「あれ、まだ知らない? そっか。じゃ、SNSを開いてみな」

「SNSを?」


 促されるまま、俺たちは携帯端末からSNSを開く。


「え?」

「は?」

「ん?」


 目に飛び込んでくる急上昇ワードの数々。

 そのいずれもが魔術師に関するもの。

 俺に関するものだった。


「どえええええ!? る、累の名前が急上昇ワードになってるんですけど!?」

「螺重累だって、ヒル生っ!!、魔術師って、生放送中の出来事、魔物退治、放送事故、テレビ局ジャック、ダンジョン化、ミノタウロス。どれもこれも先ほどの仕事関係だね。ということは……」

「……どういうこと?」

「キミ、全国生放送で派手に暴れたんだよ」

「な、生放送? いや、だってダンジョン化して撮影カメラとか放送システムなんかは全部機能停止してたはずしゃ」

「普通はね。ダンジョン化による物質の置換で機械類は全滅だ。でも、今回は奇跡的に放送が継続されたままだった。余程、運がいいみたいだね、キミ」

「運がいい、んですかね。これ」


 たしかにダンジョン化による物質の置換は元と酷似したものになる。パーツを全交換したようなものだ。が、それでも精密機械なんだ。そんなことが起これば動作不良が必ず起こる。

 今まで照明が付きっぱなしなことくらいはあったけど、今回みたいなのは初めてだ。

 まさに奇跡的な確率。


「しかし、参ったね。累、これは大事だよ」

「魔術界は隠蔽体質だからナー。公共の電波に魔術を乗っけたってんなら、いくら人手不足でもかなり重ーい処罰があるカモ」

「まーじか」

「でも、よかったじゃん? これで有名人だよ、累」

「それはそうだが……」

「あまり嬉しそうじゃないね。夢が叶ったにしては」

「いや、嬉しいは嬉しいよ。でも、叶ったって訳じゃないからな。大きく近づけはしたけどさ」

「どゆこと? 有名になったじゃん」

「一時話題になって翌年には消えてる芸能人なんて腐るほどいるんだぞ。思い浮かぶだろ? 顔はわかるのに名前は出て来ないの」

「あー……」

「いるね、たしかに」

「それじゃ意味ないんだよ」


 俺の夢はあくまで名を後世に残すことだ。

 有名になることは手段であって目的じゃない。

 忘れ去られたら意味がないんだ。


「まぁ、こうなっちまったもんはしようがない。処罰も受けるさ」

「その件だけど、キミに処罰はないよ」

「え、そうなんですか? あんだけのやらかしをしておいて?」

「そ。僕のほうで止めておいたんだ。冠付きの魔術師としての権力って奴でね」

「そ、それはありがたい限りですけど。なんでまた?」

「もちろん、ただの親切心ってだけじゃない。ちゃんとした下心もあるさ」


 冠付きの魔術師が、魔術連で絶大な影響力を持つこの人が、なんの利益もなく一介の魔術師に手を差し伸べるはずはない。

 それはわかっていたが、ならいったいなにが目的なんだ?


「キミにはね、魔術界の広告塔になってほしいんだ」

「広告塔?」

「そ。キミたち若い世代なら感じていると思うけど、魔術界の体質は古すぎる」


 俺たちは思わず顔を見合わせた。


「前時代的で現在にそぐわない。ダンジョン化の発生からこの十年ですこしは変わったけど、未だに魔術界は隠蔽体質の極みだ。それに純血主義が行き過ぎて常に人手不足だし、若い世代を磨り潰して今を支えている。僕はこの現状を変えたい」

「その意見には俺たちも賛成ですけど、それと俺が広告塔になるのとどう関係が?」

「現状を変えるにはまず派閥を大きくすることが肝要だ。人が多ければそれだけ影響力を増す。僕がキミに期待しているのは一般人の起用だよ」

「一般人を魔術師に!?」

「魔術師は羨望の的だ。誰だって魔法のような力が使えるなら使いたいと思っている。だが、現状魔術師は純血主義で一般人がなれるような存在じゃない。まずはそこから突き崩そう。この一件で知名度を得たキミが広く呼びかければ人は集まるはずだ」

「人が集まって魔術師になれば、そっくりそのまま音無さんの派閥に入ることになる。なるほど、たしかに。でも、そんなに上手くでしょうか? 魔術師は命懸けの仕事です。いくら累の知名度と魔法染みた力に対する羨望でも……」

「そうだね。でも、思ったよりもずっと人を動かす力があるもんだよ、憧れってのはさ。あと魔術師の特権と地位と金」

「急に現実的な話に……」

「どうだい? この役、引き受けてくれるかい?」


 現状には不満があった。変えられるものなら変えたいと思うくらいだ。

 俺たちはもちろん、その下の世代も、このまま使い潰されるなんて冗談じゃない。


「わかりました。その役、俺がやります」

「いいねぇ、そう言ってくれると助かるよ。一緒に魔術界を変えよう、螺重累くん」

「はい。やってやります」


 差し出された手を握り、握手を交わす。


「それで具体的になにをすれば?」

「当面はSNSの運用とテレビ番組の出演を考えているけど。まぁ詳しいことは追って伝えるよ。なにせ急な話だ、こっちも色々と準備しないとね」

「あぁ、そう言えばそうでしたね」


 一般人を魔術師に迎えるにしても、それなりの準備と費用が掛かる。

 SNSの運用はそうでもないけど、テレビ出演にも色々とたぶん掛かるだろう。

 間違いなく他の派閥からつつかれるし、音無さんはこれから大変だ。


「こっちの準備が整うまでは平常運転しててくれればいいよ。まぁ、この熱が冷めないうちに動くつもりだから、長くは待たせないよ」

「わかりました」

「じゃ、今日はお疲れ。ゆっくり休んで」


 話を終えて、俺たちは陰陽魔術連の本部を後にする。

 帰路についた車内は妙な沈黙で満たされていた。


「……え? これなに? こんなことある? あたし、まだ信じらんないんだけど」

「奇遇だな、俺もだよ。まさか広告塔になるとはね」

「これから忙しくなるよ。あと、他の派閥の魔術師から当たりも強くなる」

「うへぇ、考えるのも億劫になるな。とはいえ引き受けたからには全力だ。テレビに出られるなら俺の夢にもまた近づける」

「まさかホントに累の夢が叶いそうになるとはねー」


 とりあえず音無さんの言う通り、あちらの準備が整うまでは平常運転だ。

 今日は疲れた、肉体的にも精神的にも。明日に備えてゆっくり疲れを取ろう。


§


 テレビ局の一件があった、その翌日のこと。

 陰陽魔術連支部の待機所にて。

 ダンジョン化発生に備えて待機中、何気なく付けたテレビ番組に俺の顔が映った。

 それもちょうど例の生放送番組、ヒル生っ!! だ。

 昨日の今日でよくまた生放送が出来るもんだと感心する。

 まぁ、視聴率を稼ぐ絶好の機会ではあるんだろうけど、逞しいな。


「うひゃー、視聴率70パーセントだって。世紀の大事件じゃん。ネット全盛期のこのご時世によくもまぁ」

「魔術師が生放送に出て魔物を斬り殺した、なんて前代未聞だしな」

「これで夢叶ってないってマジぃ?」

「だから、こんなの一過性だっての。広告塔になったんだ、これから継続的にテレビに出て名を刻んでいくんだよ。こっからが本番なの」

「ふーん。んじゃ本番頑張ってー。魔術界の未来はその双肩に掛かっているー」

「なにキャラだよ、それ」


 画面の向こうでは事件当時の状況を振り返る形で話が展開されていて、時折冗談も交えて悲壮感のない和やかな雰囲気のまま番組が進行していた。

 それが一段落付くと映像が切り替わってCMに。


「お、この子」

「んー? その子がどしたー?」

「昨日、助けた子」

「はぁ!?」


 興味なさげだった天音の声が跳ねる。


「こ、この子!? ホントに!?」

「あ、あぁ」

「あぁって、この子が誰なのか知ってて言ってる!?」

「いや、知らないが」

遠条結衣えんじょうゆい! 十六歳! いま超絶売れっ子の女優だよ! あたし大好き!」

「へぇ、道理でどっかで見たことあると思ったんだよな」

「なんで教えてくれなかったの!」

「なんでって。あの時、天音に――」


 その時、待機所の扉が開く。


「こんにちは」

「ん? あ、昨日の」


 彼女は昨日、カフェで冷蔵庫に隠れていた少女。

 いまテレビCMに映っている遠条結衣だった。


「ゆ、結衣ちゃんだ……目の前に結衣ちゃんがいる」


 あの天音が感激して言葉をなくしてる。

 そんなにか。


「ど、どうしてここに?」

「昨日、助けてもらったお礼」


 たまにそういう律儀な人もいる。

 手紙だったり、SNSへの投稿だったり、直接来る人は珍しい。


「と」

「と? もう一つなにか用事が?」

「うん。今日来た理由は二つ。一つはお礼、もう一つはお願いがあって来た」

「お願い?」

「うん。私、魔術師になりたい」

「へ?」

「えええぇえええええええ!?」


 天音の絶叫が木霊した。

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