第21話 代打、御守様


 ――その日。

 当主、蒼士郎は突然倒れた。


 熱に浮かされ意識が戻らず、時折うわごとのように呟くが、何を言っているのか聞き取ることは出来ないのだという。


 これまで蒼士郎が一手に担ってきた業務を、一体誰が指揮すればよいのか。

 邸内は一時騒然となり、分家に至るまですべての親族が緊急招集された。


「瘴気の対応と、異形の討伐が急務だ」

「いや、それだけではないだろう。呼子笛の救援に加え、『護り石』の娘の捜索もある」


 しかも、統括する部隊は複数に及ぶ。


「捜索ならまだしも瘴気への対応となると、我らではとても……!!」


 三ツ島の至る所に発生する瘴気溜まり。

 一時的にならまだしも、継続的に日夜対応できるだけの霊力を持ち、且つ部隊を統括出来る者など、蒼士郎以外にいなかった。


「……蒼士郎に負担をかけすぎた結果だな。なるべくして、だ」


 一体どうすれば、と頭を抱える涅家の皆皆みなみなに向かい、大広間の中央にある御簾の奥から、御守様が苦言を呈する。


 本来であればこのような場に参加することはまずないのだが、当主不在の緊急事態ということで御守様より申し出があり、急遽立会いをすることとなった。


「連日不眠不休で飛び回っていれば、蒼士郎が倒れるのも無理はない。……どれくらいで回復しそうだ?」

「まだ意識が戻りませんので、なんとも……ですが当主様なしに、濃い瘴気は抑えられません」


 ――それも、そのはず。

 瘴気にまみれた三ツ島は、とうの昔に神を失った。


 代を重ねるごとに霊力が衰え、まともに戦えるのは涅家でも本家の限られた者のみである。


「御守様、如何いたしましょう。当主様の回復を待っていては、手遅れになります」

「ん……そうだなぁ」


 やれやれと身体を起こし、御簾の奥で大きな影が伸びをした。


「耐性を付けるため、蒼士郎が身の内に取り込んでいる瘴気も心配だな。意識がない状態が続けば、抑えきれずに身体を蝕む可能性もある」


 無理をさせるわけにはいかんな、と告げるなり、御簾に飾り付けられた朱糸の撚り房がユラユラと揺れた。


「――では蒼士郎が戻るまで、私がその責を担おう」


 ざわりと場の、空気が揺れる。

 御守様自ら表舞台に立って瘴気を祓うのは、実に千年ぶり。


 つまりはそれだけ状況が差し迫っている、ということに他ならない。

 皆がザアッと一斉に頭を垂れ、御守様に向かい、ひれ伏した。



 ***



「当主様が、倒れた!?」


 炊事場での仕事後、文字を習っていた千歳は驚き、書く手を止めた。

 昼頃から邸内に瘴気の断片が見えるようになり、一体何事かと思っていたのだが……。


 蒼士郎が倒れ、討伐部隊が動けなくなったのであれば、納得がいく。


「当主様の容態は?」

「それがね、意識が戻らないらしいの」


 手の空いた者を先生として寄越すと蒼士郎が言っていたが、目の前には手習い本と、筆も握れぬ管狐が一匹。


 もともと前世で涅家の当主だったため、字など習わずとも書けるのだが……先程から管狐のイヅナが、落ち着きなくウロウロと部屋内を動き回っていた。


「……代わりが務まる者は、いるのですか?」


 以前見た時は、先頭に立って異形と戦っていた。

 白狐の面を付けた者は他にもいたが、正直たいした霊力は感じられず、代わりが務まるとは思えない。


 周囲を窺うようにして、イヅナは千歳の耳に口を寄せた。


「当主様の代わりは、なんと御守様が」

「えッ!?」


 これにはさすがの千歳もビックリである。


『異類異形が溢れるこの地において、家門を守護する『御守様』は最高位のあやかし。人の力が及ばぬものである』


 千年前……当主だった千歳が知る限り、代替わり前の御守様は、人がすることに一切手出しをしなかった。

 九尾の狐が二代目となってから、方針を変えたのだろうか。


「当主様は、今どこに?」

「万が一意識が戻らず、飼っている瘴気が暴れても対処できるよう、主様は『封じのある離れ』にいるわ」


 藁ぶき屋根の粗末な小屋。

 先日千歳が壊してしまったが、そういえば幾つか同じような小屋が並んでいた。


「主様に頼まれて文字を教えなきゃならないんだけど、なんだか集中できないわ。続きはまた、明日でもいい?」

「勿論です。私も心配です。……先日お借りした『護り石』は今、当主様がお持ちなのですか?」

「そうよぉ。でも霊力が感じられなくなったと言っていたわ」


 不思議なこともあるものねぇとイヅナが首を捻るが、霊力の残滓から持ち主がバレぬよう、『護り石』への霊力充填はストップしている。


「探し人も見つからないし、主様も倒れるし、一体どうなるのかしらねぇ」


 手習い本の上にチョコンと座り、千歳に背を向けたまま、イヅナは溜息を吐く。

 そんなことを話している間に、障子の隙間から紛れ込んだ瘴気が、イヅナの背後にそろりと迫った。


「本当に、心配ですね」


 でも御守様がいらっしゃるなら心強いですね――。


 纏わりつくように筆へと延び、さらにイヅナの尻尾を捉えようとしたその瘴気を押し潰すように、千歳は机に手を突いた。


「早くよくなるといいのですが」


 そっと押しこめた瘴気は、小さな手のひらに溶けるように、じゅ、と微かな音を立てて消えた。






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