始まり
日本の空港へ到着するやいなや
「僕はこれから一人で出かける。お前は先に兄が用意した拠点に行って荷物でも整理していろ」
「何を言っているんです!ダメに決まっているでしょう。私の仕事をお忘れですか?私は暁月様の監視役兼護衛です。もし私があなた様の傍を離れた隙に何かがあれば、私は
最近は暁月の我儘に頭を抱えてばかりいるような気がする張偉だったが、今回ばかりはすんなりと暁月の言う事を聞くことは出来ない。
それに、今まではどこかへ行きたいだとかこれをしろあれをしろと言う我儘ばかりで、暁月は張偉を自分の傍から引き剥がそうとはしなかったのだ。
楊家の
「僕の言う事が聞けないの?」
「……暁月様、どうか御理解ください。私の雇い主はあくまで
張偉のその言葉が気に入らなかったのか、暁月は綺麗な顔を少し歪めた。だが、張偉の言った事は事実であり反論する余地も無い。確かに暁月に何かあれば罰を受けるのは張偉であり、そんな事態になってしまえば流石に可哀想だと思ったのか、暁月はため息を一つ付くと渋々承諾した。
「……今から宝城学園大学に行く。大学内では流石に目立ちたくないから、隣じゃなくて少し離れて歩け」
「宝城学園大学ですか?何故?」
張偉が顔を顰めてそう言った。大方予想はついているのだろう。
「決まってるだろ。
予想が的中してしまった張偉は泣くに泣けず笑うに笑えないといった感じだ。しかし、暁月が一度こうと決めてしまったからには張偉がどう説得しても行くと言い張るだろう。
「わかりました。すぐに車の手配をしますので少々お待ちください」
張偉が車の手配の為に電話をしだすと、暁月はふと周囲を見渡した。同じ空港の景色ではあるが、上海とは似ているようで似ていない。今まで数々の国へ足を運んだ暁月だが、隣には必ず龍瀏がいて、"仕事"として赴いただけだ。
日本へ来たのも面目上は仕事のためだとはいえ、直接的な龍瀏の監視下に無いのは初めての事で、何だか見るもの全てが物珍しく感じる。
数分も待てば車が到着し、二人は宝城学園へ向かった。
名門私立大学と言われるだけあり、キャンパスは広く綺麗で学生達も洒落ている。
「暁月様、やはりこんなに広いのに鳳来蓮殿を見つけるのは難しいのでは……」
「聞けばいいだろう」
「暁月様、この大学からしたら我々は部外者です。怪しい人にペラペラと在校生の話をするとは考えられません。それに、こんなに広いキャンパスなんですから鳳来蓮を知っているという人物に出会すのも難しいですよ」
さも当然かのようにそう答えた暁月に張偉は先程から冷や汗を流してばかりだ。
学校に行く事も禁じられ、周囲には大人ばかりで同年代の子供はいないどころか、ずっと部屋に閉じ込められて育った暁月はかなりの世間知らずだ。
兄からの扱いは男娼のようでも首領の弟という高い地位であるため、周りの大人は全員幼い暁月に対して下に出ていた。接待の相手もそうだ、皆暁月の魅惑にハマり言いなりになるし我儘も聞く。その上頭も良く、家庭教師からも秀才だと持て囃されていた為、周囲の大人は何でも自分の思い通りになると思い込んでいる節がある。
暁月は男子学生二人組を見つけると、すぐに駆け寄った。
「すみません、鳳来蓮って人知ってますか?」
男子学生二人組は暁月の姿を捉えると、頬を赤く染めた。
「え、えっと……医学部の鳳来蓮かな?」
「そうです、その人。今どこにいるかわかります?忘れ物を届けたくて」
「鳳来くんは図書館にいたよ。多分自習してるんじゃないかな?ほら、あそこのガラス張りの建物があるだろう?少し広いけど、さっき図書館の中で見かけたから探したらまだいるんじゃないかな」
男子学生のうちの一人が奥にある建物を指さしてそう言った。三階建て程に見えるその建物は確かにかなり大きい。
「わかりました、教えてくれてありがとう」
暁月が少し微笑んで礼を言い、立ち去ろうとした時、手首を掴まれた。
「待ってよ、連絡先を教えてくれない?」
「ごめんなさい、身内がそういうの厳しくて」
今度こそと掴まれた手を振り払い、足早に図書館へと向かう。
しかし中に入ろうとした時、ふと足を止めた。
蓮が出て来たからだ。それも一人では無く、男女のグループで。蓮の両脇には媚びへつらった女がいて、どうも彼女達は蓮に気があるらしい。蓮はそれに対して何とも思っていないのか、あの夜の笑顔を見せていた。
それが何となく気に入らなくて、暁月は蓮達の前に堂々と立ちはだかった。
「……暁月さん?」
先に口を開いたのは蓮の方であった。何故ここにいるのか、と聞きたそうだ。
しかし暁月が口を開く前に取り巻きの女が暁月に近付き、顔をまじまじと覗いてくる。そして次には男のうちの一人が暁月の顎をぐいっと持ち上げた。
それに対して隠れて見ていた張偉が出てこようとしたが、それを視線で止めさせる。
「うっわ、めっちゃ美人。蓮、お前の知り合い?もしかして彼女?」
男がそう発言すると、蓮はまだ何も言っていないというのに今度は女達がギャーギャーと喚き始めた。彼女はいないじゃなかったの?だとか、恋愛には興味が無いって言ってたよね?とか。
「……どうも蓮さんとその周りの人は僕を女だと思い込むらしい」
顎を掴まれた手をぱっと払い、皮肉るようにそう言うと、男達は少しぎょっとしたが、逆に女達は一瞬静かになったかと思えば今度は暁月を囲い始めた。
「やだ、男なの?すっごい綺麗な顔……!」
「ねぇ、彼女はいる?何歳なの?」
「しゃお……なんだっけ?外国人?日本語上手ね!」
面倒くさいと思い、ずっと無視をして蓮を見つめていたら、囲っていた女達を蓮が剥がした。
「俺の知人なんだ。今日は何か用があって来たみたいだから、俺はもう行くよ」
そう言って友人達に別れを告げると、蓮は暁月の手を引いて歩き出す。人気の少ない校舎裏へ来たかと思えば、蓮はそこでようやく足を止めた。
「びっくりしたよ。どうして君がここに?」
「ただ蓮さんに会いたくなっちゃった、それだけ」
暁月は口角を上げてニコリと微笑むも、蓮は赤面したりなんかしない。無反応だ。
「この前も思ったけど、君は年上を揶揄うのが上手だ。それで、本当は?」
蓮は真っ直ぐな目で暁月を捉えて離さない。暁月もつい蓮の澄み切って冷たい水晶のような瞳から目が離せなくなる。
「別に。これから暫く日本にいるから挨拶でもと思ってね」
蓮は少し驚いた様子を見せたが、またいつもの笑顔を見せて、そうか。と一言呟いた。
「お兄さんも一緒かい?」
「僕だけ」
暁月は最初に聞く事が龍瀏も一緒に来ているかどうかについてだなんて、と少しモヤッとした。しかし、すかさず蓮は続けた。
「張さん……だっけ。もうコソコソしなくて大丈夫ですよ、ここには俺達以外いませんし」
ずっと気配を消していたが、張偉は蓮が暁月の手を引いて去った時もずっと密かに後をつけていた。先程の状況のように姿を隠して護衛をする事も多いとは言えないが少なくも無い。が、張偉の存在に気が付いたのは蓮が初めてだった。
物置のような小屋の陰から張偉が姿を現す。張偉も驚いているのと同時に少し身構えていた。
するとその様子に気が付いた蓮は焦って苦笑いで訂正する。
「安心してください、何もする気はありません。ただ暁月さんは目立つから何となく人気のない場所まで来ただけで……」
それでも警戒心を解かない張偉に対して暁月が張偉、と声を掛けると、やっと肩を下ろしてくれた。が、今度は暁月の隣にぴったりとくっつく。
「この後どこかでゆっくりお話でも……と言いたかったのですが、生憎この後は父から本家に顔を出すように呼び出されていまして。また別の日にゆっくり食事でもしましょう」
蓮はスマホで時間を確認すると、そう言って暁月にとあるメモを渡した。
「暁月様」
張偉はそのメモを取り上げようとしたが、先に暁月がギュッと握りしめて言った。
「嬉しいです。今度ぜひディナーにご招待させてください」
「光栄です」
先程までお互いタメ口だったと言うのに、急に敬語に切り替わると、暁月は顔も外面になる。
蓮が立ち去った後、張偉は蓮が渡したメモの内容について聞いた。暁月は貰ったメモを開くと、そこには電話番号と連絡先が書かれている。
いつの間にこんなものを用意したんだ?とかまさか女でも口説くために常備しているのでは?とも思ったが、そんな事を暁月が気にした所で暁月には関係無い。
「連絡先ですか?そういうのは首領を通してもらわないと……」
「何それ、別にそんな事する必要ないでしょ。僕はモデルかアイドルか何かなの」
今までは面倒だったし全て張偉に丸投げしていたが、今回は素直に張偉に渡したく無い。
「兄さんは鳳来蓮と僕が良好な関係になれば喜ぶよ。僕に彼の機嫌を取るように言い聞かせていたんだから、わざわざ兄さんを通す事は無い」
暁月の言葉に、まあ確かに、と思った張偉はそれ以上メモについてとやかく言うのをやめた。
張偉から見て暁月は蓮に対して何故だか執着しているように見える。が、本音を言うと鳳来蓮にあまり近付かないで欲しいと思っていた。
特に何か証拠や噂があるわけでは無いし、鳳来蓮が危なそうとかでは無いのだが、彼の感があまり深い関係にならない方が良いと訴えているのだ。
「それにしても、一番最初に声をかけた学生二人は持っていた本からして医学では無く経済学の生徒でしょう?何故鳳来蓮を知っていたのでしょうか」
いくらイケメンで人気がありそうだからとはいえ、違う学部の生徒の顔と名前を覚えているのは少数派だろう。
「宝城学園は
図書館前で暁月か女達に囲われている時、近くを通った女子生徒が"霧谷の若頭だ、何度見てもイケメン"と話しているのが聞こえたのだ。
その発言からして蓮は霧谷一家の若頭だと言う事は隠しているわけでは無いらしい。
「だとしたら、何故あんなに人気なんでしょう。怖くないんですかね」
「今時滅多な事が無い限り一般人に手を出す事はないだろう。それに日本は今時何かあれば警察だって動く」
もっとも、上海ではそんな事は無いが。今や楊家は裏で政府との繋がりも濃く、そのため何かあったとしても楊家が絡んでいるなら警察も見て見ぬふりだ。
暁月と張偉は大学を出ると、そのまま龍瀏が用意したという住処へと向かった。
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