決心
それから
「鳳来蓮、二十歳の大学生。大学では一般の生徒と同じように過ごしておりこれと言って特別な事は無いようです」
資料の中にはいつ撮られたのか分からない写真も同封されており、大学での蓮は確かに至って普通と言った感じだ。友人に囲まれており、タトゥーは服で隠されている。確かに極一般的な大学生という雰囲気だ。
全て隠し撮りだが、どの写真を見ても完全に表の社会の人間だ。
「女は?もしくは男」
「過去に数人の女性と関係を持った事があるようですが、全員裏社会とは何の関係も無いようです。それと、女性から非常に人気が高いとか」
まあ、確かにそうだろうと暁月は納得した。顔は良いし、背も高かった。暁月を女だと思って接していたあの晩も紳士的で、何の事情も知らない女からしたら蓮は王子様のように思えるだろう。
それにしても、裏社会と関係の無い女ばかりとは意外だとも思った。暴力団、しかも組の総裁の息子なんて周りの女は怖がらなかったのだろうか。もしや隠しているのかもしれない。
「大学は
暁月は驚いた。そこまで完璧な人間が存在するのだろうか。完璧過ぎてどこか怪しいと思ってしまう。
「何だか遊びがいのありそうな人だね。僕はしばらく日本に行く事にするよ」
「旅行でしょうか?何日間くらいのご予定で?」
暁月は悪戯な顔で言った。
「さあ。鳳来蓮が僕に落ちるまで」
そのたった一言を聞いただけで張偉は頭がクラクラとする。幼い頃から暁月の我儘には振り回されてきたが、滞在日程すら分からない旅行、しかも直近でそんな事を言われたのは初めてだ。
「ちょっと待ってください、先に兄君の許可が必要なのでは?」
暁月の行動は常に監視され、
しかし、その打開策も暁月には既に思い付いていた。
「大丈夫だ。兄は必ず許可するよ」
そのまた翌日、暁月が言った通り龍瀏から日本へ行く事の許可を得た。
「一体どんな手を使ったんですか?首領がそんな簡単に暁月様に期間も定まらない休暇のような事を……」
張偉は頭の中で最悪な想像をしてしまった。昨晩、暁月は龍瀏の寝室に行ったっきり自室に戻って来なかったのだ。
龍瀏には暁月に対してそういった事の前科があるため、張偉もかなり気の毒に思い神経質になっていた。
「お前の考えるような事はしていないよ。兄さんも昨日はお酒を飲んでいないし、流石にシラフで弟は抱けないからね。ただ最近は麻薬取引の関係で日本にも力を入れたがっていたから。僕が関係を取り付けてあげるって言ったらあっさり許可したよ。本当、馬鹿な兄さん」
張偉の想像していた最悪の展開を否定され胸を撫で下ろした。が、よくよく考えてみたらそんな重要な仕事を龍瀏が素直に暁月に任せるだろうか、と疑念を抱いた。
龍瀏は未だに九年前のあの出来事を根に持っており、暁月は従順なフリをしているものの、心の中では暁月の事を信用しきっていない。
そもそも過去に四人の兄弟を惨殺したような奴だ、兄弟どころか血の繋がりなんて信用しきっていないに決まっている。それとも、暁月は無害だと認識したのだろうか。
「深く考える事はないよ。今のところ僕は兄さんに仇を成す気は無いから」
本来ならば張偉は暁月のこう言った発言も何もかも龍瀏に報告すべきなのだろう。しかし、張偉にはそんな事が出来ない。
「……ご自分のお身体を大切にしてください」
ただ、この一言しか言う事が出来なかった。
そしてその夜、張偉は暁月についての定期報告を目的として龍瀏に呼び出された。
「ここ最近は忙しくて中々時間を空けられなかった。さあ、暁月についての報告をしてもらおうか」
テーブルには食事が置かれており、張偉は片方の席に座るように促された。そして龍瀏が自ら棚からグラスを二杯出すと、ワインを注いで片方を張偉の前に差し出す。
一件ただの食事会だと思えるような光景だが、その雰囲気は何とも言い難い圧迫感と緊張感に包まれており、張偉は何年経ってもこの雰囲気に慣れないようだ。
しかし、その緊張感を悟られないように淡々と答える。
「暁月様はいつも通り部屋で過ごされる事が多いようです。最近は夜の仕事も多かったためか昼夜逆転している事も多々あるようで」
「部屋では何をしている?」
龍瀏は暁月の行動全てに疑念を持ち掛けているようだ。
「本を読まれていたりご自由に過ごされていますよ」
「何の本を読んでいるんだ?」
張偉は何と答えるべきか少し考えた。暁月は薬学や医学が好きなのか、それに関する本を読んでいる事が多い。しかし龍瀏としては、地頭の良い暁月が知識を蓄える度にいつか寝首をかかれるのではと心のどこかで焦りを感じているように見えるのだ。
もしここで本当の事を言えば暁月は龍瀏に色々と問い詰められるに違いない。
「……最近は日本の純文学を好んでいるようです」
嘘はついていない。確かに暁月は前々から色んな言語の本を読んでいた。いつぞやか張偉が何の本を読んでいるのか、暁月に聞いたら日本の純文学というジャンルの本を読んでいると答えられたのを覚えている。
「ほう、勉強熱心だな。語学に力を入れさせただけはある」
龍瀏は満足そうにそう答えた。
龍瀏は外交のためと本家へ迎え入れた時から暁月に語学を叩き込んでいた。母国語である中国語、そして七歳まではイギリスのロンドンで育ったために英語も堪能だ。その他にも日本語、韓国語、タイ語、スペイン語、ポルトガル語の七ヶ国語を操る事が出来る。その精度も現地育ちだと誰もが疑わない程だ。その他にも国際教養やマナー、それぞれの国の歴史や文化と言った面の授業も受けさせられていた。
今となっては高い教養と完璧とまで言われるような語学能力を身に付けたため授業は無い。だが、数年前までは朝から晩まで必要な授業を受けさせられていたとはいえ、たった数年で様々な国の文化や歴史に精通し、五ヶ国語をネイティブレベルまで習得させるというのは暁月が元より知能指数が高く、秀才の部類に入る人間だったからだ。
楊家がここ数年他国のマフィアや黒社会で良い関係を築いているのは暁月の賜物と言っても過言では無いだろう。
「しかし暁月は日本に興味があるのだろうか。昨晩、暁月が直々に日本へ行かせてくれとせがんで来た」
「どうでしょうか。この前日本に行かれた時に気に入られたのでは?」
張偉が聞こうにも聞きにくかった話題を龍瀏の方から話してくれるなんて、と思いながら龍瀏の話に真剣に耳を傾ける。
「日本は近い国だというのに今まで手を出して来なかった。この前交友関係を結んだ
なるほど、そういう事かと納得した。
張偉はあの宴会の日、暁月が退出してからは龍瀏の護衛として傍に控えていた。
確かに総裁である
近い国とはいえ龍瀏が暁月を手の届かない場所へ送り込むなんて何を企んでいるのかと思えば、暁月を日本へ送り出すには利点が大きかったらしい。
「張偉、お前の事はとても信頼しているよ。お前の父親は私に忠誠を誓い、尽くしてくれたからな」
龍瀏は確かめるかのように張偉へそう言った。
龍瀏の言う通り、張偉の父親は今の張偉と同じように龍瀏の護衛をしていた。そして九年前のあの事件の当事者でもあり、龍瀏にとっては大活躍した人物である。
とはいえ、九年前に刺客から龍瀏を庇い撃たれて亡くなっている。
「代々張家は楊家に忠誠を誓い仕えて来ました。それは私も父も変わらぬ事です」
「わかっているさ。お前も大変良い働きをしてくれているとも。だからこその命令だ。日本へ着いていき、引き続き暁月の護衛と称して監視をしろ。不審な行動を見せれば随一報告をするように」
「御意」
張偉としては暁月を日本へ送り出すのは少々不安であったため、龍瀏からの命令は何とも都合の良い命令だ。
いくら暁月が大人っぽく、やっている事は子供では無く普通の十六歳では無いとはいえ、幼い頃から暁月を見てきた張偉からしたら十歳も年下の子供に過ぎない。
まだまだ自分が傍にいて守らなければという自負があり、龍瀏に命令されなくとも元より暁月に着いていくつもりであった。
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