第8話 燃えよ炎!勇者ラグナの初魔法!



「ぬぬぬぬぬぬ……!」


 ラグナ・ロックは学園都市での仮宿かりやどにしている『オッサンのため息亭』の一室で、自分の手のひらを睨みつけていた。

 眉間にしわを寄せ、穴が開くほどガンを飛ばす、メンチを切る。

 それでも手のひらからは何の反応もない。


「おい本当に手のひらから炎なんか出るのかよ」

「何言ってんのよおにーさん。“火の矢ファイアボルト”なんか初歩中の初歩魔法よ。大丈夫、すぐ出来るようになるって」


 隣に腰掛けたキャミイが軽い口調で言うと、ベッドがかすかに軋む音を立てた。

 猫獣人族キャットヒューマンの少女は、大きな猫耳をぴくぴく動かしながら、好奇心たっぷりの目でラグナを見ている。


「まあ、ここまで出来ないのは珍しいかもね。おにーさん普通の人より魔力マナありそうなのに」

「うるせえな」


 ラグナは険しい顔で手のひらをねめつけている。


 キャミイからの情報によると、魔法学園グリーンモアの入学試験は三日後に迫っているらしい。

 その試験の一つに“火の矢ファイアボルト”を用いた的当てがある。

 魔法を正確に制御し、的に当てることで魔導技術を評価される仕組みだ。


「ねえねえ、おにーさんどっから来たの?」

「ガンバラだ。気が散るから話しかけんなよ」


 そっけなくラグナが返す。

 キャミイはふーん、とつまらなそうに視線を周囲に泳がせた。


 ベッドの他には寝袋が一つ床に転がっており、壁際には大き目のバックパックが二つ。

 安宿なだけあって殺風景だが、壁に立てかけられた剣は見るからに業物わざものの風格があり、これの持ち主は只者ではなかろうと異彩を放っている。


「王都からねえ、おにーさんってワケあり?」

「おい邪魔すんなって言ってんの。コレ試験に出るんだろうが」


 ラグナは己の手のひらから視線を離し、キャミイの顔を不機嫌そうに見つめる。


「ゴメンゴメン、ちょっと気になっちゃってさ~」

「まあ、半ゴールドのケバブ一つで魔法教えてもらってんだからこっちも文句言えねえがよ」


「いいのいいの私もちょうどヒマだったし。それにおにーさん、よく見たらなかなかいい男じゃ~ん?」

「なっ……! おい、いきなり何言ってんだ」


 キャミイの放つ、猫獣人キャットヒューマン特有の悪戯っぽい蠱惑的こわくてきな眼差しからラグナはドギマギしながら顔を逸らす。

 勇者ラグナ・ロックは超一流の腕をもつ歴戦の戦士であるが、女子に関してはホントにもう初心うぶ丸出しの男であった。


「ウフフ、もう照れちゃってえ。それじゃ、今からちゃんと魔法の使い方教えたげるね。目を閉じて、精神を右手に集中……魔力マナを感じてみて」

魔力マナか……」


「何となくでいいから手のひらから炎が出るイメージしてみて、体内の魔力マナに任せるの。そんで力抜いて……」

「力を抜きゃいいんだな……」


 キャミイがそっとラグナの右腕に触れる。

 ラグナは見た目は痩せているが、怪力無双の戦士である、その右腕は鋼のごとき筋肉でよろわれていた。


「ヤダ……すっごい固い……」


 見た目よりずっと固くて太い。

 キャミイは上気じょうきした表情で、猫耳をピンと立てながらラグナの右腕をさする。


「お、おい……」


 初心うぶ野郎のラグナは女子に腕をさすられた事などない。

 キャミイに腕をさすられる度、己の右腕の血流が加速するような感覚があった。

 思わぬ事態にラグナの頬が赤く染まり、ラグナのロックに魔力マナが駆け巡る……!


「おま、そんなにさすったら……ぬおっ!」


 その時、ラグナの手のひらに炎が灯った!

 原理は不明だが、スケベ心と魔法が連動したのかもしれない。


 ともあれ、これが勇者ラグナが発動した初めての魔法であった。

 ラグナの胸に初々しいほどの素朴な喜びの感情が沸き上がる。

 勇者として数々の戦いを潜り抜けてきた彼にとって、絶えて久しい感情であった。


「おお! 出たっ!」

「おにーさんやるじゃ~ん!」


 ラグナが驚きと喜びで目を見開いた所に、キャミイが満面の笑みを浮かべてラグナの顔に抱き付いた。

 柔らかな膨らみが、むにゅっとラグナの顔面を包み込む。


「や、やわらかい……!」


 思わぬ感触にラグナのロックがガンバーランドしようとしたその時、部屋のドアが開いた。

 従者セバスチャンが用事を終え、宿に戻ってきたのだ。


「旦那~すいません、遅くなりましたって、あ~!」


 セバスチャンはドアを開けた体勢のまま、驚愕の表情でラグナとキャミイを見つめていた。


 二年間仕えてきた勇者が猫耳娘に抱き付かれている。

 傍から見ると追放の身でありながら宿屋に女子を連れ込んでいちゃいちゃしているバカである。


 流石にラグナもまずいと思った。

 が、セバスチャンから発せられた言葉は予想外の物だった。


「キャミイちゃんここにいたっすか~! 探したんすよ~!」

「え? 何? お前ら知り合いなの?」

「セバスちゃん! 久しぶりじゃ~ん!」


 そう言ってキャミイはラグナから手を離し今度はセバスチャンに抱き付いた。

 キャミイの尻尾は喜びを表すようにピンと元気に立っている。


「セバスくん。き、君たち知り合いだったのかね……?」

「前に言ってた魔法学園の知り合いってこの子の事っす」


「私、セバスちゃんの彼女~よろしくね」

「か、彼女……!」


 まさか俺より先にセバスチャンが女を知っているとは――

 ラグナの背筋に電流が走った。

 今後はセバスさんと呼ぶべきだろうか。


「違うっすよ! ただの幼馴染っす!」

「何だびっくりさせやがって……」


 安堵するラグナであったが、すぐ目の前にキャミイが好奇心いっぱいの顔を近づけてきた。

 いちいち他人との距離が近い少女である。


「セバスちゃんと一緒って事は、やっぱおにーさん勇者様? 屋台で会った時からもしかしてって思ったんだよね~」

「秘密だ」

「勇者ラグナ様っす。キャミイちゃん失礼のないようにお願いしますよ」


「おい、いいのかバラしても」

「キャミイちゃんだけは特別っす。彼女に協力してもらわないと魔法学園に入れないっすよ」


 魔法学園グリーンモアの入学試験は三日後に行われる。

 入試対策を立てるにはキャミイの協力は必要不可欠だ。


「うふふふ実はね、セバスちゃんから手紙もらってたんだ~。勇者様がグリーンモアに入れるように協力してってね」

「そうだったのか。セバスくん用意がいいね」

「これくらいできないと勇者の従者は務まらないっす」


「よし、それじゃ勇者さま! もう一回“火の矢ファイアボルト”やってみよっか? いつでも使えるようになんなきゃね」

「いや、“火の矢ファイアボルト”の練習はもう十分だ。それより俺に考えがある」


 そう言ってラグナは不敵に笑った。

 我に秘策あり、勇者の目に静かな炎が宿る。





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