第二章 魔法学園入学編

第7話 登場!ミニスカ猫耳ギャル先輩!


 学園都市サドイセンはガンバーランド王都ガンバラから街道沿いに東へ4日ほどの場所に位置する、人口十万を数える王国第二の大都市である。

 古い石造りの建物が並び、賑やかな市場や美しい公園が広がるこの都市には、学生達の活気と王国に蓄積された知識の息吹が感じられる。


 学園都市と名乗るだけあり、大小さまざまの学園がサドイセンに居を構えているが、都市の中央に位置する王立魔法学園グリーンモアが最も有名で、この学園都市の象徴ともいえる存在であった。

 学園の高い塔や緑豊かな庭園が、遠くからでも一目でそれとわかる。


 大通りの雑踏に紛れ、魔法学園グリーンモアの豪奢ごうしゃな正門を並々ならぬ視線で見つめる二人の若者がいた。

 名は勇者ラグナ・ロックと従者セバスチャン、両者共にフードで顔を隠している。

 勇者ラグナはドラゴン討伐の際のが原因で、ガンバーランド王国より追放処分を受けていた。


「ここが魔法学園か……」


 ラグナは追放の身でありながら、魔法学園に入学し、魔法の達人にならんと目論んでいる。

 傍から見ると無謀な試みだが、彼が学園を見据える眼差しには一点の曇りもない。


「じゃあオイラは学園の情報集めたり色々準備してきますんで、旦那は一足先に宿に行っててください。なるべく人目に付かないようお願いしますよ」


 狐獣人族フォックスヒューマンの少年セバスチャンはラグナに救われる前はコソ泥にまで身を落としていたため、実はその美少年ぶりに似合わず裏社会に顔が利く。

 ラグナの為に偽りの身分を用意するのもセバスチャンの役目である。


「分かった。ところでセバスチャン、買い食いするから小遣いくれ。10ゴールド」

「10は無理っす。3ゴールドで我慢してください」


 セバスチャンはこのケチ野郎と言わんばかりの表情のラグナの手を取り、有無を言わせずさっと3枚のコインを握らせた。


「余分な金は残ってないっす。旦那、これで我慢してください」


 ラグナが勇者の力に目覚めて三年あまり、数々の怪物モンスターを討伐してきた実績があり、つい先日までは十分な貯金があった。


 しかし、先のドラゴン討伐の際に己の独断専行やらかしにより、火竜山ふもとの小さな村がドラゴンの怒りに巻き込まれ全焼した。

 王国一の魔法の使い手賢者ミスランの働きで、村人の人命が損なわれることはなかったが、村人の住居や家財道具などの諸々は灰と化したのである。


 勇者ラグナは浅慮で傲岸な若者ではあるが、責任感は人一倍強い。

 王都から旅立つ日の朝、当面の生活費を除く己の貯金の殆ど(およそ8万ゴールド)を村の復興のため寄付したのだった。


 という事でこの二人、無駄遣いするほど財布に余裕がない。


「しょうがねえ、これで屋台のケバブでも食うか」


 魔法学園までの道すがら、美味そうな匂いを振りまくケバブの屋台があった事をラグナは思い出した。


「それじゃ旦那、オイラ色々準備しに行きますんで、くれぐれもトラブルは起こさないように気を付けてくださいね」

「おうよ。任せとけ」


 セバスチャンが機敏な足取りで裏通りに姿を消していくのを見届け、ラグナは踵を返し、先ほど見かけた屋台に向かう。


「ねえオジさん、お願い! さっき財布落としちゃってさ~これツケにしてくんない?」

「姉ちゃん、うちはツケやってねえよ」


 目当ての屋台に着いたところ、若い娘が屋台の店主にケバブをツケで食わせてくれとゴネている場面に出くわした。

 娘は見たところ16、7歳だろうか、小柄で身軽そうなプロポーション、茶色のショートヘアに猫の耳、腰から茶色の細い尻尾がピンと立っている。

 猫獣人族キャットヒューマンの少女だ。


「なんと……」


 ラグナは愕然がくぜんとした。


 猫獣人族キャットヒューマンは珍しい種族だが、ガンバーランドに保護を求めて移り住む獣人族は少なくない。


 ラグナ・ロックを戦慄させたのはツケ娘のスカートの短さであった。

 見えそうで見えないギリギリのところで揺らめいている。

 どういう力が働いてるのだろうか……

 

 ――今時の小娘のスカートはこれほどまでに短いのか。


 旅塵りょじん血風けっぷうに塗れた青春を送る勇者ラグナには、都会の娘の短いスカートはあまりにも刺激が強い。


 ――このスカートでは、ツケ娘ではなくツーケー娘と言いたくなるな。


 などとたわけた事を考えながら、ラグナは表面上は平静を装い、ツケ娘の隣で注文しようとした。その時――


「ねえオジさん私魔法学園の学生なの、ホラ見てコレ学生証。明日絶対お金払うからさ、今日のところはツケといてよ。今日授業が長引いちゃってさ~、あーしお昼食べてないんだよね。お願い!」

「だから姉ちゃん、気の毒だけどウチは――」

「おい娘、グリーンモアの学生というのは本当か?」


 ツケ娘と屋台の店主のやり取りに、ラグナが割り込む。

 ラグナが割り込むと、少女は猫耳がピクッと動かし明るい笑みを浮かべた。

 昼飯のチャンスの匂いを嗅ぎ取ったかのだろう、人懐っこい瞳でラグナに視線を送る。


「うん、そうだよ。グリーンモアの1年生、もうすぐ2年だけどね。何? おにーさんグリーンモアに興味あんの?」


 人懐っこい口調だが、その視線には何か計算めいたものが混じっていた。


「まあそんなとこだ。親父、ケバブサンド二つくれ、こいつの分も俺が払う」

「あいよ、ケバブ二つで1ゴールドね」


 店主の返事には、ツケ娘の駄々から逃れた安堵感が漂っていた。

 どれだけゴネていたのだろうか。


「え~! いいの? おにーさんありがと!」

「これくらい構やしねえよ」

「で、おにーさん何が目的? あーしとデートしたいの?」


 一般に猫獣人族キャットヒューマンはチャーミングな容姿の者が多く、この娘も例外ではない。

 彼女にとってナンパされるのは日常茶飯事である。


「いや、グリーンモアの事を聞きたいだけだ。もうすぐ入学試験があるらしいじゃねえか」

「へえ~おにーさん入学志願者なんだ……」


「あーしキャミイっての。おにーさんは?」

「秘密だ」


「え~秘密ぅ? なにそれ~おにーさんミステリアス気取ってんの~?」

「まあな。俺だからな」


 娘が身を乗り出し、ラグナのフードの奥をじろじろ覗き込む。

 数秒、目が合った。

 娘の目がちらりと輝く。


「じゃあさ、コレ食べながらにしよっか、奢ってくれたお礼に話したげる。でも外で立ち話もなんだからさ、おにーさん宿とってるでしょ? 宿屋に行かない?」

「宿屋か、構わねえけど安宿だぜ」

「だいじょーぶ。じゃあ決まりね、ウフフ……あーしが色々教えたげるわよ」


 そう言って娘は茶目っ気をたっぷり含ませた微笑を浮かべ、ラグナにウインクを送った。


 この出会いが、魔法学園入学試験の明暗を分ける出会いになる事を、ラグナ・ロックはまだ知らない。



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