第6話 追放されたら入学しようぜ!
ラグナとセバスチャンの二人が定宿の『ユニコーンの宿り木亭』での夕食を終え、専用の個室に戻ってきた頃にはすでに宵の口に差し掛かっていた。
今夜が王都ガンバラで過ごす最後の夜。
ラグナは夕食を終えた後、窓の外に広がる王都の夜景をぼんやりと眺めていた。この街を離れるのかと思うと、胸の奥に言葉にしづらい感情が湧き上がる。
セバスチャンが
「セバスチャン。俺らの貯金ってどれくらいあったか?」
「今回のドラゴン討伐の報奨金を入れて……8万ゴールドくらいっすかね」
無駄遣いしなければ一生食うに困らないほどの大金である。
「そんだけありゃあ俺が旅に出てる間、金には困んねえな。無駄遣いすんなよ」
「いやっす。旦那に付いて行きます。もう決めてるっす」
隣国でコソ泥にまで身をやつしていた境遇から勇者に救われてから二年、従者として寝食を共にしてきた仲であるのに、そうそう簡単に別れられようか。
「獣人族がよ、ガンバーランド領内から出たら
獣人族は彼等の見た目と希少性ゆえに他国では
獣人狩りなんてものが横行している国もある程だ。
人間らしく獣人族が暮らせるのは、断固として獣人差別を許さぬ国王ガンバッティウス6世が治めるガンバーランド王国のみだった。
「やめとけよ。俺のせいでお前まで苦労する事ぁねえ」
「旦那を一人にはできないっす。生活能力皆無なんだから、オイラがいないとどっかで野垂れ死にするっす」
「セバス君、お前も言うようになったね」
互いを思いやっての言い争いのため、二人とも譲ろうとしない。
その時、突如として部屋の中央の空間に直径1メートルほどの金色のリングが姿を現した。
リングはまるで生き物のように脈打ち、その中心からぼんやりと暖かい光が漏れ出ている。
「何だ……? これ」
ラグナとセバスチャンが息をのみながら、食い入るように異様な光景を見つめていると不意に――
ぬっ、とリングから人間の足が伸びてきた。
「わっ!」
危うくセバスチャンが口に含んでいたお茶を吹き出しそうになる中、リングから人影が姿を現す。
よく見ると見覚えのある人物、賢者ミスランであった。
「お、おっさん何なんだよ急に現れやがって!」
「こんな時間に悪いね、邪魔するよ」
「何でいきなり人の部屋に入って来てんだって言ってんだよ」
「ああ、“
「そういう事を言ってんじゃ――」
「例の晩に君を訪ねてきた偽大臣が座ってたのはこの席だな」
ラグナの抗議が聞こえていないかのように、ミスランは
ミスランの指先がほのかに光る。
「……やはり、魔法の痕跡がある。何者かが化けていたな」
「おい! さっきから何やってんだよ!」
「例の偽大臣、どうやら中々の魔法の使い手のようだ」
ミスランはラグナに振り返り、ほのかに光る自分の指先を見せた。
とはいえ魔法の素養がないラグナには指を見ただけで何が分かるという事もない。
「まだ奴の狙いは正確には分らんが……恐らく勇者殿、君を
「俺をハメてどうしようってんだよ」
「ガンバーランドに害をなそうとする者が、王国の守りを崩そうと
「なっ……」
不服そうなラグナを見やりながら、ミスランは不敵な笑みを頬に浮かべた。
王宮にいた時よりだいぶ口調がくだけているが、恐らくこちらが地だろう。
勇者ラグナ、賢者ミスラン、そして精強を誇る騎士団がガンバーランド王国を守護する三本の柱と言われていた。
その一角が追放処分になったのは、王国にとっては
「じゃあ何で俺を追放しやがったんだよあのジジイは。敵の思うつぼじゃねーか」
「……目覚めたばかりのドラゴンは、攻撃を受けると怒り狂って周辺にあるものをすべて燃やし尽くそうとする習性がある。知ってるかね?」
「え? いや……」
「火竜山のふもとに小さい村があった。ミレー村というんだが」
ラグナに不穏な予感がよぎる。
確かに戦闘中、ドラゴンが彼方へ飛んで行き、姿を見失った時があったのだ。
「ドラゴンの攻撃に遭い、全焼したよ」
「まさか……おい、まじかよ」
「あの、村の人たちは」
恐る恐るセバスチャンが尋ねた。
「私が魔法で危機を知らせたから村人の避難は間に合った。まあ、殆ど着の身着のままで逃げ出す羽目になったのは気の毒だがね」
「俺のせいか……」
勇者の指先がわずかに震えている。
いつもは強気なその表情が、ひどく曇っているように見える。
「村人たちは明日にでも街はずれの救護院に到着すると思うよ、女子供老人含め総勢百名余り」
「そんなに……!」
「で、でも旦那、村の人が無事でよかったじゃないですか」
セバスチャンがラグナの肩に手を置きながら慰めるように言ったが、ラグナの耳に入っているのか、どうか。
「君が独断専行しなければ村が燃やされることは絶対になかった、とは言わん。私と騎士団が連携したとしても、被害が出ていた可能性はゼロではない。なんせ相手はドラゴンだからね。しかし事の
犠牲者が出なかったとはいえ、村がまるごと灰になったのだ。
勇者ラグナが国王の命令を守った上での被害であれば、ラグナ自身の責任を問う声は大きくあるまい。
だが、偽大臣に騙されて独断専行した結果の被害となれば、ラグナの勇者としての資質が問われる。
「そうか、だからジジイは……」
「陛下の
勇者追放の理由は国王ガンバッティウス6世の
明日王国中に発布される勇者追放令の表立っての理由はそれである。
“若き勇者の無礼を許せぬ老いたる王の憂さ晴らし”ともとれるよう、国王の下した苦渋の決断であった。
「ジジイまで泥をかぶるような真似しなくてもよ……」
国王の真意を察し、ラグナは言葉に詰まる。
「陛下のお慈悲だけではないよ。ガンバーランド王国の誇る勇者が偽大臣にコロっと騙されて村一つ灰にしちゃいましたでは、国の
「ボ、ボンクラだと~なんだよさっきから魔法魔法って! 俺を舐めんじゃねえぞ!」
ラグナの目に炎が宿る。
先ほどから勇者に対して妙に挑発的なのは、無論賢者ミスランに狙いがあるからだろう。
セバスチャンはそんな二人のやり取りを耳をピンと立てながら窺っている。
「いや、君に多少なりとも魔法の知識があれば偽大臣が魔法で変装している事にも気づけたかもしれないとね、惜しんでいるわけだよ私は。ああ残念だ口惜しい」
「んだと~オッサン、俺をなめんじゃねえぞ! 魔法なんかな! 使おうと思えばいつでもマスターできるんだからな俺は!」
そして挑発にすぐ乗るのがラグナ・ロックという男だ。
「君が魔法をね……どうやって身に付けるつもりだい? 剣術のようには独学で学べるものではないよ」
「ぐぬぬ……で、できらあ!」
頭に血が上るとできもしないことをできると啖呵を切るのがラグナという男だ。
しかし、賢者ミスランはこの勇者の無謀な啖呵に満足した様子で微笑する。
出来そうにもない事を底知れぬパワーでやり遂げるのがラグナという青年の勇者たる所以だと、ミスランは知っているからだ。
「では、私はそろそろ行くとするよ、偽大臣の正体を調べねばならんのでね。魔法でワープするから見送りは不要だ」
「あ、賢者様すいませんっす。お茶も出せなくて……」
「結構。心遣いだけ頂いておくよキツネ君。勇者殿、これを」
ミスランは勇者に拳ほどの大きさの石を投げてよこした。
石はなにやら奇妙な淡い輝きを放っている。
「何だコレ」
「これは“
ミスランが指先で空間に円を描くと、再び空間に光のリングが出現する。
「では楽しみにしているよ。勇者殿、君が私を超えるのを」
そう言って賢者は光のリングに姿を消した。
部屋に沈黙が戻ってくる。
「なんだよあのオッサン、好き放題言うだけ言って出ていきやがって……」
「どうします旦那? 魔法マスターするんすか?」
「さっきは頭に血が上って思わず口走っちまったが……男に二言はねえ。セバスチャン俺はやるぞ」
「ではどうします? 学校行くっすか?」
「学校か、人にものを教わるのは好みじゃねえがこの際だ、やってやろうじゃねえか」
「そういえば、ちょうど魔法学園の入学試験が近いうちにあるらしいっすよ」
「おいおいおあつらえ向きだな。よく知ってたなそんなこと」
実はラグナは従者になる前のセバスチャンの事をあまりよく知らない。
本人が語ろうとしないからだ。
「魔法学園に知り合いがいるもんで……ただ一つ問題があるっす」
「何だ?」
「その学校、魔法学園グリーンモアっていうんすけど、ガンバーランドの領内なんすよ」
王都から東に4日ほどの距離に学園都市があり、その学園都市が誇るのが王立魔法学園グリーンモアであった。
「ガンバーランド領内ってことはつまり……」
「つまり……」
つまり、追放の身であるラグナがいるとバレれば
もし騎士団や自警団と大立ち回りでも起こしたらどうなるか。
全員病院送りである。騎士団と自警団が。
しばしの思案の後、ラグナをセバスチャンはお互いに見つめ合ってニヤリを笑みを浮かべた。
「バレなきゃ問題ないってことだな!」
「そっすね旦那!」
そう言って二人は高笑いした。
ラグナが追放の身だとバレなければ、うってつけの学園である。バレなければ。
そして彼等にはバレない自信があった。
「次の俺たちの目的地はそこだ。ついて来いよセバスチャン!」
「はいっす!旦那ぁ!」
かくしてついに、勇者ラグナの次なる挑戦が幕を開けんとしていた。
そしてそれは、新たな伝説の始まりでもある。
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