第3話 何者⁉闇夜の訪問者!



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 ドラゴンの目覚めの知らせが届けられた日の夜半過ぎ、ラグナ達が定宿にしている『ユニコーンの宿り木亭』をおとなう影があった。


 宿の女将に連れられてラグナの部屋に現れた影のごとき訪問者は女将が部屋を去るのを待ち、身に着けていた黒いフード付きローブを脱いだ。

 ローブの下に身に着けているキルト服には優美な金色の刺繍が施してあり、見るからに高級品と分かる。だが最も目に付くのはこの男の左右にピンと伸びた口髭であろう。


「ヨホホホホ。勇者殿、夜分に突然の訪問、恐縮の至り。私はガンバーランド財務大臣ズッチーナと申します」

「財務大臣様がこんな夜中に何の御用っすか?」


 テーブルを挟んで椅子に腰かけるラグナと大臣にお茶を出しながら狐少年セバスチャンが尋ねた。ラグナは黙ったままこの訪問者を見つめている。

 年の頃は四十を過ぎたくらいだろうか、どことなく狡猾こうかつな印象を持つ男であった。


「旦那、オイラは外しましょうか?」

「構わん。セバスチャンもそこにいろ」


 腕組みしたままラグナは自分の右側のスペースを顎でしゃくると、言われるままセバスチャンは勇者の右隣に立つ。

 口髭を指でもてあそびながら、ズッチーナ大臣が話を切り出した。


「勇者殿、ドラゴンの事はお聞き及びかな?」

「ああ。騎士団長と大賢者と協議しろってジジイが言ってたぜ。明後日だったかな」

「明後日……なんと悠長な……」

「ん? ドラゴンが完全に目覚めきってねえならまだ余裕があるんじゃねえのか」

「それはそうですが、急ぐに越したことはありますまい」


 大臣が上体をぐっとテーブルの上に乗り出し、声のトーンを落としつつ言葉を続ける。


「ところで勇者殿。これは内密に願いたい事なのですが……実は恥ずかしながら……我がガンバーランドの財政に、危機が訪れんとしているのです」

「なんだ金に困ってんのか? 俺に何の関係があるんだ」

「気の早い話なのは重々承知しておりますが、ドラゴン討伐の報奨金についてなのです。我がガンバーランドの国庫の貯えは決して潤沢とは言えませぬ」

「ふーん、で? 別に報奨金なんかどうだっていいだろ」


 全く金に興味がない訳ではないが、ラグナは格好つけて無関心を装う。

 大臣は口髭を指でつまみながら頬に薄い笑みを浮かべた。


「勇者殿が無私にして廉潔れんけつの士であらせられる事は王国中にあまねく知れ渡っております。問題は、あの大賢者ミスランなのです」

「あのオッサンが?」

「左様。あの者陛下の信頼の厚さをいい事に法外な討伐報酬を要求しているのです。その額、実に国庫の貯蓄額の3割!」

「3割……?」


 ラグナが眉をひそめて呟く。

 国庫の3割がどれくらいかピンと来ていないのだ。


「3割も大賢者に支払う羽目になればどうなるか分かりますかな勇者殿?」

「そ、そりゃ困るだろうな……」

「困るどころではございませんぞ! このままでは国政は立ち行かなくなり、増税を余儀なくされます。人頭税に市場税、通行税に協会税などなどなど! 大勢の無辜むこの民が重税にあえぐのです。そうなれば民の怨嗟えんさの矛先はどこに向けられるか! 他ならぬ陛下に向けられるのですぞ……!」


 ズッチーナ大臣の言葉に段々と熱がこもっていく。

 ラグナの顔からは血の気が引いていく。

 大臣の言葉遣いが難解で意味が半分も理解できないからだ。


「つまり、それはどういう」

「陛下が民に恨まれまする。下手をすれば暴動、陛下の御身おんみに危難が迫るやも」

「ジジイがヤバいって事か……」


 日頃から喧嘩の絶えない勇者ラグナと国王の二人だが、親の顔も知らぬ勇者にとって、自分と同じ目線でぶつかってくる国王は肉親の情にも似た感情を抱かせる相手でもあった。

 

「そこで勇者殿にお頼みしたい。賢者ミスランが関わる前に、勇者殿単独でいち早くドラゴン討伐を成し遂げてはいただけませぬか。ドラゴンは数百年の眠りから目覚めたばかり。今なら不意をつけるはず」

「旦那、いいんすか? 王様は一人で行くなって言ってましたが」

「うーん……」


 隣に立つセバスチャンの心配そうな声を聞き、ラグナは思案する様子を見せた。

 単独でのドラゴン討伐に腰が引けるような男ではないが、流石に国王からの言いつけを無視するのには抵抗がある。


 数秒、ズッチーナは横から話に入ってきたセバスチャンの顔を無言で見つめ、スッと目を細めた。そしてそのまま狐人族フォックスヒューマンの少年から視線を動かさず酷薄な笑みを口元に浮かべる。


「まさかとは思いますが勇者殿。怖気づいておいでか?」


 ラグナの目の色が変わった。

 勇者ラグナ・ロックにとって己の勇気を疑われることが何よりの屈辱である。


「おい今なんつった?」

「これは失礼。言葉が過ぎましたな。豪胆無比で知られる勇者殿にとってドラゴンなど恐れるに足りませんな」

「当たり前だ!」


 ラグナは椅子を蹴って立ち上がり、吠えた。


「俺を誰だと思ってやがる! 俺は勇者ラグナ・ロックだぞ!」

「おお! 勇者殿それでは」

「ドラゴン討伐、俺一人でやったろうじゃねえか!」


 怪気炎を上げるラグナの様子を見て、狐少年セバスチャンは何とも言えぬ嫌な予感に包まれた。


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