第2話 凱旋!勇者ラグナ・ロック!


「胸を張れよなセバスチャン! 今日俺は英雄になるんだからなムワッハッハ!」


 ガンバーランド王国、王都ガンバラ。

 数千もの群衆が見守る中、陽光の元高笑いしながら王都の大通りを凱旋するのは勇者ラグナ・ロックその人である。

 従者セバスチャンを引き連れて通りを練り歩く勇者ラグナはいかにも得意満面といった面持ちであった。


「うわああ勇者が通りを練り歩いてる」「人間業じゃねえよ」「あれ重くないのかしら」「重いに決まってんべ」「馬鹿でもやるときゃやるもんだ」等々――人々の話し声が通りのそこかしこから漏れ聞こえてくる。


 街道沿いにひしめく群衆の畏怖を込められた視線は、引き締まった体躯と風になびく金髪、不敵で確固たる意志を秘めた眼差しの持ち主ラグナ本人ではなく、彼が担ぐ生首に注がれていた。


 ガンバーランド王国を恐怖のどん底に陥れた、凶悪なレッドドラゴンの首である。


 頭部だけで2メートル以上はあろうかというドラゴンの首を棒に突き刺し、槍の穂先のごとく軽々と担ぎ行く勇者ラグナの膂力りょりょくはなんたる怪力であろうか。

 ドラゴンが潜んでいた火竜山かりゅうざんから王都まで、大人の足で三日ほどの道のりである。相当な時間ドラゴンの首を担いだまま歩き通しだったはずだが、時折従者セバスチャンが小走りにならねば追いつけないほど、無尽蔵のスタミナを誇る勇者の足取りは軽快であった。


「旦那ぁ~みんなこっち見ながら目を丸くしてますよ! 気分良いっすねぇ~」


 石畳の道沿いに並ぶ木骨もっこつ造りの建物の窓から竜殺しドラゴンスレイヤーの勇者の姿を一目見んと顔を覗かせている市民たちを見やり、従者セバスチャンがキツネの耳をピョコピョコさせながらラグナに話しかける。


 勇者よりいくらか年若いこの小柄な狐の獣人族フォックスヒューマンの少年は、セバスチャンという、いかにも“従者”っぽい名前に似合わず、栗色の髪と瞳の美しい容貌、そして毛並み豊かな尻尾の持ち主であった。

 2年前コソ泥にまで身をやつし、絶望の底にいたところを勇者に救われた。

 その恩に報いるべく勇者の従者に志願したこの美少年の忠誠心は鋼のごとく堅固である。


「そうだろうそうだろう! 王都の連中はドラゴンなんか見るの初めてだろうからな! まあ俺も倒したの初めてだけどなムワッハッハ!」

「ドラゴン討伐の恩賞。一体いくら貰えますかね~」


 夢見るようにうっとりとした表情のセバスチャンに、ラグナは顎をさすりながら得意げに答える。

 ひと月前に辺境まで出向いて狂暴なマンティコアを討伐した際は7000ゴールドもの大金を下賜された。

 ドラゴン討伐の報酬ともなれば、マンティコア討伐とは比較になるまい。


「恩賞か~この前倒したマンティコアとは比べ物にならんくらい強かったからな」

「さすがの旦那も苦戦するほどの相手でしたもんね。少なくとも5倍の報奨金は欲しいっすね」

「この前は7000だったから5倍っつうと……37000ゴールドか。オイオイこりゃとんでもねえ大金だぞヌワッハッハ!」


 7000ゴールドの5倍は35000ゴールドである事は言うまでもないだろう。

 この勇者ラグナ・ロックという男、単身でのドラゴン討伐という偉業を成し遂げた剣術の天才にして怪力無双の豪傑であるが、一つだけ欠点があった。


 知能である。


 従者セバスチャンの見立てでは知能はポイズンリザード※と同程度であった。


 ※ポイズンリザード

 湿地帯に棲息する体長3メートルほどの大トカゲ。

 口から毒液を獲物に吹きかけ捕食する性質をもつが、毒液を吹きかけられた獲物は美味しくない上に食べたらおなかを下すので困っている。


 高笑いしながらラグナは頭上にそびえる王宮を見やる。

 視線の先、通りを抜けてよく手入れされた石階段をのぼっていくと王宮の正門があり、その向こうには澄み渡る青空と、眩いばかりの白い雲が浮かんでいる。

 16歳の誕生日に勇者の力に目覚めて3年余り、冒険と戦いの日々に明け暮れた勇者にとって、今日は最良の日となるはずであった。

 


 が……




「勇者ラグナ・ロックを国外追放の刑に処す」


 王宮謁見えっけんの間にて国王ガンバッティウス6世の口から発せられた言葉に、ラグナは耳を疑った。

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