第23話.聖女は頑張る理由を知るの
「――それは、俺達のパーティに参加してくれるという意味かな?」
ローランドの声にアリスは振り向いた。
「ローラン」
そこには下から上がってきた他のメンバーがいた。ヒューは立ち上がり、ヴィオラとグレースに席を譲る。全部で三つの椅子に一つのテーブルを囲む。階段はアリスが降りてきたもので、更に下へと続いている。
「下は納屋。昨晩、俺とレジナルドは玄関と裏口、ヒューは納屋で寝て、君とイヴァンが同室、グレースとヴィオラも同室で部屋に泊まったんだ」
微笑むグレースは少し気遣うような顔をアリスにしている。ヴィオラはアリスをじっと見ている。もしかしてヒューのようにみんなが誤解しているんじゃないだろうか。
でも聞かれてもいないし、だいたいいい大人だし、改めて説明する雰囲気でもない。でもここまで探られるような視線を浴びるのは辛い。でも、でも、何もなかったんだからね。
なんて言えるような仲でもない。
「えーと。昨日はありがとう、よく眠れました!」
アリスが微妙な空気の中で割合大きな声で言えば、驚いたような沈黙が降りたがすぐにレジーが微笑む。
「よかった。顔色もいいみたいだ」
「そう、そうです」
「イヴァンは見張り“だけ”と言っていたけれど、その役目を果たしたかい?」
さり気なく訊かれている! しかし、ここでその誤解を解いておかないといけない。
「ええ。何もなかったです。よく眠れました!」
再度言えば、正面のイヴァンがムッとした顔をしている。顔をこわばらせて、すぅっと引かれた眉を吊り上げて、口を引き結んでいる。なんかあったと思わせたいの?
あとで、何か言ってやる、という顔をしている。負けないからね!
「――だ、そうだよ。イヴァン。アリスを守りたい気持ちはわかるが、強引にことをすすめるのはやめた方がいい」
ことってこと? レジー様はおわかりのようで。でもイヴァン、本当にことをすすめようとしたの? 口を開いてまだ反論しかけたイヴァン。アリスも反論してやると身構え、その二人の視線での喧嘩を仲裁したのはレジーだった。
「俺は――」
「聖女の騎士になりたいのだろう? でもそれは皆が同じ。まず、状況を整理していこう」
強張った顔のイヴァンが言葉を飲む。レジナルドは理知的な話し方をする。たぶん、ローランドより上手だ。なかなか進まない状況説明をようやくしてくれるのだろうか。
(そして、今ので誤解は解けたよね!?)
たぶん、たぶんだけど、イヴァンとは何もないとわかってくれたはず。そう思いたい。
「まず、今日俺達が行ってきたのは一区と二区を阻む障壁だ。俺は見張りの魔物の目を盗みなんとかここを超えたが、今ではさらに監視が強くなり、とても抜けることができそうもない」
レジナルドの説明に、行かなかった女性陣が聞き入っている。状況がまだわからないのはアリスだけだ。
「アリス、区分けのことは知っているかい? 障壁については?」
「正直、わからない」
レジナルドに言えば、彼は頷いた。
「もともと俺達の世界には障壁なんてなかった。けれど百年前魔王が現れてから障壁が出現し、四区まで区分けされた。各区に聖女が一人含むパーティが一つ、そのどこかが魔王を倒す資格があるとされる」
「……だれが、言ったの?」
ゲームのルールとしてはわかる。でも登場人物が受け入れているのは変じゃない?
「各区には教会が一つあり聖女を召喚する。そこの経典に書いてある」
「それは絶対?」
なるほど、ルールを説明するのが教会というわけか。何か
――だいたい、アリスに対する狼藉はひどかった。聖職者じゃない、他の聖女達もあんな目にあったのだろうか。
アリスは机の下に置いた自分の拳を握り締める。襲われたなんてこういうナイーブな告白はしづらい。教会は怪しい、でも口が動かない、彼らには言えなかった。
イヴァンは知っているはずなのに、それには触れてこない。だいたい彼が教会に火をつけた理由もわからない。いつかは聞きたいと思うのに、まだ話題にできていないのは、彼の余計なことを話さないという雰囲気、そして味方がどうかわからないから。何を考えているかわからない、何しろ彼は裏切る。
「……魔物を倒すために俺達も力を磨いている。だが聖女の使う神聖魔法は桁違いなんだ。教会が言うように魔王を倒せるのは聖女だけ。それは間違いないと思う」
ローランドが引き継ぐ。
「魔王って倒さなきゃいけないの?」
百年前と言えば、魔王はそんなに長生きしているのか? それに人々もその生活に慣れたんじゃないの?
「最初は人々も抵抗した。でも慣れてきて確かに魔王に下る国、人民も増えた。だが――魔王軍率いる魔物達は人を襲う。抵抗をやめても安全じゃない。倒さなきゃいけないんだ」
ローランドが熱く言う。その拳に思う。
「グレースの国も、抵抗をやめて魔王軍に従っているの?」
グレースが驚き目を見張り、ローランドと目を合わせる。そして二人で頷く。だからか、王宮騎士団が来る前に逃げようとしたのは。
「二区のリッチランド国は、どうなったの? 魔王軍に下ったって……」
レジーの言葉が気になっていた。滅ぼされたではなく、下った。それって。
レジナルドがアリスを見て、ゆっくりと頷く。
「――仲間は殺された。国も全滅だ、だが二区全体の人間が死んだわけじゃない」
「下る、というのは魔王軍に降伏した、ということだね」
「そうだ。ただ人間は魔物に変えられる」
レジーの言葉にアリスは呆然として彼を見つめた。彼は悲壮感も憎しみも浮かべていない、激昂もしていない。淡々と、ただ決意を浮かべたまなざしでアリスをみている。
「――二区を見に行ったのはどうして?」
「一区の教会が滅ぼされたと聞いたから。二区ならば、経典や資料、アリスの役に立つものがあるかもしれない」
「そこの魔物はもとは人間でも、倒せるの?」
ずっとアリスとレジーの会話が続いている。誰かが口を挟もうとしているのがわかる。ヒューは何度も口を開けては閉じているし、イヴァンは硬い表情のまま。ローランは手を伸ばしかけては、引っ込めている。
「倒す、倒さなきゃいけない」
「もう一つ聞かせて」
アリスはレジーだけを見つめていた。彼が頷くのを待つ。
「これまでの魔物が人間だった可能性もあるの? 私達や、他のみんなが倒してきたのは」
「――可能性はある」
全員が息を呑んでいた。アリスはレジナルドを見つめたままでいたけれど、目をそらして下を向いてようやく息をつく。
画面越しのゲームだと皆が決意をしてあとは前に進むのだろう。でもここにいる彼らは、アリスの目の前にいてゲームの人達じゃない。若干軽い気もするし、強引に話もすすめていくけれど、でも葛藤もあったはず。
大きくて、長い物語だ。そこに、矢面に立つのが関係のない自分だというのが納得できない。神聖魔法や回復魔法、精気や特別な力をあたえる、魔王を倒せるのは聖女だけ。主人公だけど、その動機がない。
(ううん、一つだけ大きな動機がある)
――ここから、出ること。
魔王を倒せば、物語が終わる。後はエンディングだけ。そうしたらアリスは用なしになり、出られる。そうだと言ってほしい。じゃないと他の聖女が頑張る理由がわからない。
目的を教えてもらえなかったのは――教会をでてしまったから? 教会で聖女としての役目を教えてもらえたのかもしれない。もしくは何かの特典とか。
異世界に来たいとのぞんだわけじゃない。こんな恐ろしい世界で死と直面する役目。あちらでは転んだけれど、どうなっているのかわからない。
もしかしたらこれはただの夢、あまり死んだとは思いたくない。でも、“この世界で”死ぬ聖女もいる……。
「私が街で静かに暮らしたいと言ってもだめなんだよね?」
「それは難しいと思う」
「なぜ? 他の聖女はどうして積極的に参加したの?」
「――それは、俺達にはわからない。聖女はどこかのパーティに参加する、としか知らない」
アリスも断れきれなくなっている。強制的にゲームに参加させられている。でも『じゃあ、参加する』その一言が言えない。
「もう一つ。皆は他の聖女に会ったようなそぶりだよね。それは他の区の? それとも前の一区の聖女?」
百年前と言えば、けっこう長い。アリスの据わったような凝視に動じていないのはレジーだけ。愁いの顔をしているグレースと、もの言いたげなヒューの視線を感じる。
レジーが一番理知的な会話をしてくれる。
「ローラン、どうだい?」
「俺達が今回のパーティに立候補したのは初めてだ。だが過去一区の聖女に会ったものもいる」
「俺がそうだ」
ヒューが恐る恐る手をあげる。
「みんな――死んだの?」
皆が押し黙るからそうなのだろう。
「聖女の騎士というのは、特別なのね」
「パーティの中の一人、聖女と共にあり、聖女を守り抜く。魔物の力を跳ね返し、与えるダメージは桁違い。不死に近いほどの強靭な肉体を与えられる」
「レジーはサラの、聖女の騎士だったの?」
レジナルドことレジーは哀愁の眼差しと寂しげな微笑を口元に浮かべていた。どこか自嘲の雰囲気が漂う。
「俺は違う。――聖女からは選ばれなかった」
ワンファンⅡでは、レジーは聖女を好いていたが、彼女は主人公の勇者と結ばれていたような感じだった。その恋の結末がわかる前に、彼女は魔王軍に下り魔女になってしまった。
「――私は頑張らないと、死ぬのね」
人が行動を起こすのは、損得勘定だ。“損得”というように、まず損をするかしないかで考える。このままでは死ぬ。でも闘いに出れば死ぬ。
――守ってくれる、という人達に身を任せられる状況の今、決めた方がいい。
「――俺が守る」
イヴァンの声が響く。彼がそこまでアリスに執着する意図がわからない。教会から連れ出したのは、最初に接触したかったから?
「あまりアリスを追い詰めないほうがいい」
レジナルドがこのメンバーを何度も諭す。他の区からきて有力パーティだった彼の助言は貴重だ。
「じゃあ、どうすんだよ」
「――二区の、教会で情報を集めよう。魔物はそこには近寄れない。今もそのままだと思う」
アリスはわかった、と顔をあげた。
「そこまで、守ってくれるのでしょう?」
いつかは行かなきゃいけない場所。そこまで守ってもらえば、彼らを信用できるかもしれない。そして、アリス自身がこの世界ですべきことがわかるかもしれない。
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