第16話.聖女は教会支部を経験するの
『――番号札、十番の方』
ポーンという音に、誰かが立ち上がる。なんだこれ。中は石造り、窓口は楕円を伸ばしたもの。役所だ。
入口の扉を開けたら、長い白衣を着た男性がいて、まず要件を聞かれた。白衣と言っても教会の修道士たちが着るようなローブじゃないよ、薬剤師さんたちが着るような白衣だよ。誰も聞いてないけど。
中は結構ごった返していた。奥の方では会衆席があって、祈っている人たち。その横には小さな窓口にいくつかの椅子。既にそこは埋まっている。街人らしいけど、たまに鎧やローブを着ている人がいる。これが冒険者?
後ろのイヴァンに振り向くと顎をしゃくられる。どうやら自分で聞けということらしい。
(これも教育の一つですかね!?)
アリスはむうっとして、口を開きかけると、いきなり首を引かれる。イヴァンが背後からアリスの襟元を引いて、のぞき込んでいる。
「――聖女であることは言うな」
「――え、ちょっと」
「どうされました?」
「いえ、あの……」
考える暇ないじゃん。こういう時は素直に従うのが一番だけど、自分だって元の世界では社会人。嘘とごまかしと正直さを混ぜ合わせて生きてきた。
ので、まずは正直に聞いてみることにした。
「――聖女の魔法の使い方とかを知りたくて」
と言いつつも、その係員の隣には機械があった。
そうだよね、前の世界でも当たり前のなじみの順番待ちを知らせる番号札を排出するもの。
つい聞いて恥ずかしさを覚えながら、それを見る。
1.魔物討伐依頼、2,祈祷、3,聖女派遣依頼、4,その他とある。
番号の横にセロテープで貼った説明書き。あれ、これは日本語。なんで? 読める。と、疑問をそのままに首を傾げる。アリスの求める内容はない。
眼鏡をかけスーツ姿の役所職員もとい、支部職員の人は、怪訝そうな顔をしている。その他しかないよね。
「とりあえず、その他をお取りください」
イヴァンはむすっとしている。聖女だって明かさなかったんだからいいでしょ。それに職員の人にもばれなかったんだし。
四人しかいない聖女がここにいるとは思わないのが普通、それに聖女の魔法の使い方なんて、教えてくれるわけがない。
いやでも、教会支部なのだから魔法の教科書案内パンフぐらいあるかも。ほらそこに『騙されないで! 聖女の偽物にご用心って』ってポスターが……。
アリスは固まり、横に立つイヴァンの腕を慌てて掴んだ。
「なんだ、甘えたいのか」
なんなんよ! 甘えとかなんだ! アリスは自分の番号札を見た、十三番だ。『その他』のカウンターは四番。呼び出し表示は十二番。次じゃん!
「ちょっと、『偽物聖女にご用心』ってあるよ!」
「お前は本物だから安心しろ、昨日証明書をもらっただろう」
一張羅の寝巻のポケットに入れてもうくしゃくしゃですけどね。そうじゃなくて、言うなってあなたが言ったじゃん。
「当たり前だ。聖女争奪戦になってるんだ」
彼が顎で示すのは、鎧やローブを着てなんか杖を持っている人達。ちょっと待ち! 他の区じゃなくてここでも聖女狙いがいるの?
あなた達正式な魔王討伐パーティじゃないの?
「――じゃなくて。だって昨日ローランが証明書貰ってきちゃったじゃん」
もう情報行き渡ってるでしょ。国中とか、少なくともこの街中には。
『何でも聖女が現れたんだってなーー』
『へえ。とうとう。ということは、この一区もようやく魔王討伐ができるってことか』
『どこにいるんだ? 手に入れれば、一区の魔王討伐の正式パーティになれるかも……』
ほらほらほら!! ていうか、やっぱこの中でも私の取り合いになっている!
「アイツはそういう迂闊なところがある」
アンタも迂闊だ! こんなところに連れてきて。
「安心しろお前は聖女には見えない、全く。皆無だ」
『聖女様かあ、凄い綺麗なんだろうな』
『ああ、一回拝んでみたいな』
「お前を守ってやると言えば何度わかるんだ」
ねえ、そのためだったの……? 襟をつかんでその中に言わないで。耳じゃなくて、そこ首の中。壺じゃないんだから。
『ここで寄付をすれば、お会いできるかもな。今の教会は聖女様いないんだろ。でもこれからは五十万ペイ払えば壁越しに拝めるらしいぞ』
アリスは口を引き結んだ。――私に五十万ペイ下さい。小屋を建てて道端にカーテン張って、原宿の占いの館のように稼げないかしら。
『十三番の方。どうぞーー』
「ほら、呼ばれちゃったじゃん!」
「自分でなんとかしろ」
アリスはすくっと立ち上がった。
「見てろよ」
助産師は、土壇場に強い。「公演」でも「なんとか教室」でも、いやだいやだと言いながら人々の前でマイクを握れば喋りまくるのだ。
痛み叫びまくる産婦さんと、早く終わらそうとハサミを持ち怒鳴る医師と必死な旦那さんの中で、主導権を握り声を通らせるために冷静に静かに産婦さんに声をかける仕事。
土壇場で肝が据わるのは必至です。
カウンターはやっぱり役所みたいだ。ガラスか強化プラスチック板だか知らないけど、それ越しにおじさんが座っている。
「何の御用ですか?」
「ここって警察ありますか?」
「は?」
『聖女と思われて連れまわされています。保護してください』――そう言いたいけど!
横のイヴァンが立って威圧してくる。肩に手が載せられる、余計なことを言うな、ってDV旦那だ、そうだDVだ!!
アリスはひらめいた。ここから逃げなくては。
「教会って困っている人を保護してくれると思ったのですけど」
海外の教会はそういう役目もあると思ったけど、ここはないみたいだ。
「お困りごとにもよりますが」
「お金と衣食住です」
「それでしたら、王宮の救護院のほうにお回りください」
(王宮――そう言えば、そこから逃げてきたんだ)
聖女として行ったら魔王軍につきだされる可能性半分。
言ったな、と暗に脅してくるようなイヴァンは何も言わない、それが怖い。
「聖女様は教会で魔法を覚えると聞いたのですが、その教科書みたいなものはありますか?」
「はあ? ええと、いいえ。ちょっと、お待ちください」
役所と同じように、彼は立ち上がり奥の職員の方へ行ってしまう。誰かと何かを相談している。
イヴァンがため息をついている。ふってくるため息にアリスは顔をあげる。文句があるなら、質問すべきことを言ってよ。
「ここは支部だ。そんなものはない」
「じゃあなんで来たの?」
「お前がここで登録するためだ」
「聖女パーティ登録はしないって」
彼はアリスの横に立ったまま睥睨するように赤い目で見下ろしてくる。
「聖女を守護する騎士を指名登録するためだ」
「……え、よ」
「お前はいつも、『え』ばかりだ」
「――じゃないって! まさかあなたじゃないでしょうね」
「当然だ、面倒を見てやると言ってる」
「じゃなくて!! それって何なのか説明をしなさいよーー!」
「指名登録は一人だけ。パーティを抜けても、一緒に移動だ」
「やだ、こわいし、やだ!」
一度座って待っていたパイプ椅子が背後に倒れる勢いでアリスは立ち上がり、イヴァンと見つめ合う。こんなの既成事実じゃないか。
「……お前を守る、と言ったのはどういう意味だと?」
「……それってこういう意味だったの?」
赤い目は逸らしたくなる、けど、そう言う意味を含んでいたの? 皆が黙りこくったのはそういうこと?
静かに頷くイヴァンにアリスは絶句した。
イケメンだ、黒い艶のある後ろ髪は襟足まで、赤眼の虹彩は中央になるほど濃い紅色を宿す。今日は鎧を着ていない。
翠のシャツは胸筋ではちきれそうだし、腕の上腕二頭筋はアリスの腕二本分の太さ。
ぶら下がってみたら、腕一本でアリスを持ち上げてくれそうだ。たぶんすごい筋肉だろう。日本ではこんな鍛えたイケメンから守ってやるとかは絶対に言われない。
「――十三番の方」
職員が戻ってくるのを、アリスは横目でみる。眼鏡で胸に名前を付けた人がゆっくりと教会案内図を持ち出しているのを見て、あまり期待はできなさそうだと思った。
「……キスをしたのは、そういうこと?」
なぜか声が震えていた。何の意図かわからなかった、火事で混乱させないため、とか。違う、彼のものにするためだったのだ。
(でも、たかがキス程度……で、自分のものになる?)
彼を責めながら、一瞬だけ、疑問がよぎる。見下ろすイヴァンが口を開く。
その瞬間建物が揺れた。上下に揺さぶられる。上に跳ね上がり、下にたたきつけられる。
イヴァンがアリスを抱き抱え、横に跳ね上がる。床の石畳が舞い上がり、落ちていく。砂ぼこりが酷い、目が開けられない。
声も出ない、建物が大地震のように揺れた。天井が降ってくる。彼がアリスを抱きしめたまま、床に伏せる。
ようやく衝撃がおさまった時、イヴァンがアリスの耳元で声を発する。
「動くな、大人しくしていろ」
彼の胸が離れていく。噴煙がおさまった時、壁には大きな穴が開いていた。そこに顔をのぞかせていたのは、まるでキングコングのようなデカい猿。
目が真っ赤で、口からは大きな鋸歯。壁に手をつくとその石壁が崩れて、更に出口が開いていく。
ボロボロ建物がもろい砂の城のように崩れるのを見て、アリスは言葉を失った。
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