第15話.聖女はヒューを見直すの?


「ところで、他のみんなは魔法をどうやって覚えるの?」


 朝食の席でたずねる。バターはピーピーの卵からできると言われた。この世界の動物は、オノマトペか?


 じゃなくて、魔法を覚えて“荷物持ち”から昇格しなきゃいけない。じゃないと加わるかどうか、偉そうに選択する権利はなさそう。


 ちらりとイヴァンを見るけれど彼はピーピーのミルクからできるバターを塗らずにパンを食べている。あちらの世界でラクダのミルクを飲んだ時は獣臭くてとても飲めなった。

 ピーピーは臭みがないし、黄色みが濃い。姿はどうであれ、美味しいならいいや。


 それより役立たずだのなんだのと言われているのは、教会で魔法を覚えてこなかったせい。じゃあ教会で何を教えられるのか、他に魔法が使えるグレースやヴィオラはどうやって覚えたというのか。


「私は、子ども時代に覚えたけど」

「私も!」


 グレースもヴィオラも、自然に覚えていったという。子どもが言葉を覚えるのと同じ感じかな。一応指南書もあったらしいけど。うーん。


「聖女が教会で覚えるというのならば、教える人と資料があるよね」


 みんながわからないという。


「Ⅱ区の聖女、サラは本を持っていた」


 彼女のことを語る時、レジナルドの顔は少し哀愁を帯びる。そうだよね、好きだった……のかな? それはゲーム内での事。でもメンバーが全員死亡ってどれだけメンタルが強いのだろう。横にいる彼のことを慰めたい、というのは医療者として。


 でも事情もわからないし、彼らの中で一番出会ってからの期間が短い。


「ソイツが本を持っていたのなら、それを読みながら回復魔法を使ってたんじゃん?」


 ヒューが指摘する。それは当たってそうだけど、それにしてもヒューって言葉遣いがあらいな。獣人の国、ゲームの中では滞在はわずかだから覚えていないけど、彼はあんまり王族の貫禄がない。


「だったら、ソイツも読みながらなら魔法が使えるんじゃん?」


 そしてヒューは私を指さしてくる、ホント口が悪い。ソイツとか! アリスは顔をそむける。回復魔法が使えるようになったら見てろよ。ぎゃふんといわせてやる。


 あれ今はぎゃふんなんて言わない? 死語? 死語も死語なんだよね……。


「『回復して下さい、お願いします』と言わせてやる」

「ああ?」


 目を吊り上げてくるヒューの顔を見てぎょっとした。目の下に二本の縞ができて耳が立ち、爪が伸び、ついでに犬歯が覗いていた。


 思わず固まり慌ててアリスは、顔をふった。他人様の容姿に驚いてはいけない。けどヒューも驚いたみたいだ、慌てて顔をそむけて顔をぶるぶる振った。


「えーと、あの、そのごめんなさい」「悪ぃ」


 声が重なる。横に顔をそむけているヒューをまじまじと見ていると彼の顔が普通に戻る、つり目は同じだけど、いつもと同じちょっとワイルドな感じだけ。


「あ? なんでお前が謝るんだ」

「……」


 犬歯だけが覗いている。爪もそのままでアリスを指さしてくる。


「ううん。あの、容姿で」

「なんだ? はっきり言えよ」

「驚いたから。初めて見て……ごめんなさい、容姿で――驚いたらいけなかった」

「ああ、なんだよ、んなことか」


 ヒューは少しほっとしたようだった、パンを置いて鼻をかいた。


「驚かした俺の方が悪いんだよ、女は生まれたてのひよこのように優しくしなきゃいけないって、母上から言われてっからな」

「……」


 微妙な例えだし、優しくされた覚えもない。そして、マザコン……。


「お母様、教育が行き届いていません……」

「ああ? なんだよ」


 喧嘩を売るヒューを「まあまあ」と制して、ローランはアリスの方を見た。


「教会支部に行ってみたらどうだろうか」

「支部?」

「昨日俺達が聖女認定書を取りにいったところだよ」


 そういえば……。そんなものがあった。


「俺が連れていこうか」


 レジナルドが微笑んで言う。緩く束ねた髪、緑の瞳、朝の光に照らされてすべてが輝いている。こんな美形に連れて歩いてもらえるのは生涯ないだろう。


 夢だとしても、覚める前にデートしたい。


「アリス一人だと危ないし、街の案内も兼ねてね。もしアリスさえよかったら」


 優しい、紳士……。


「俺が連れていく。コイツの教育係は俺だ」


 低く切り込むような声でイヴァンが言ってアリスの胸を指さしたイヴァンに、アリスは思わず息を呑む。何かを言いかけたけど、静まり返った空間に何も言えなかった。

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