第13話.聖女は聖女を疑うの

 ワンダーランド・ファンタジーⅡは内容が違う。こちらも聖女が出ていたが、彼女は最初こそ仲間だったが、魔物を倒すたびに聖なる力を失い、最後は魔女になって世界を滅ぼしてしまう。彼はその聖女を愛していたけれど、倒すことになりEDでは、悲嘆にあけくれつつも自分の王国を再興することを決意する。


 イケメンで推しだった。が、こちらでその聖女が好きになれず、レジナルドの相手は自分でヒロインを作るドリーム小説を書いてネットで公開していた。


「聖女殿?」


 彼が問いかける。ああ、なんてまつげが長くその下の碧の目が綺麗なんだろう。何を聞かれていたんだっけ、そうそう。なんで彼のことを知っていたのか、ということ。


「あの、その。――初めてお会いしますが――なぜかわかってしまって」


 まだ声が上ずる。女子は好きな相手との会話では声が弾む。ああ、自分でも浮足立っているのがわかる。皆の視線を感じる。けど、だめだ。かっこいい。イケボだーー!!


 顔も声もイイなんて反則だ。


「そうか、光栄だよ。ところで、アリスと呼んでもよろしいかな、聖女殿」

「え、あの、はい、どうぞお願いします」


(あれ、なんで、名前を知られてるんだろう) 


 彼の綺麗なウィンクに思考がやられる。


「皆の会話で名が聞こえてきていたからね」

「立ち聞きだろ」

「耳がいいんだ」


 ヤバい、別世界のイケメンが、目を合わせて会話をしてくれる。自分なんて相手にされないとわかっているのに。


「――おい、アリス」


 いきなり目の前のイヴァンが呼び掛けてくる。目の前にはシチューの匙があった。


「食べろ」

「え、あの」


 イケメンと会話中なのに。レジナルドから視線を外すのも惜しいし、目を離したら彼がアリスから興味を失ってしまう。なのに、イヴァンが煩いし怖い。


「好き嫌いしている場合か。今後はずっとこういうものを食べるんだ。俺が食べろと言ったら食べろ」


 据わった赤い目が怖い。しかも向かい側なのに伸ばした手がしっかり届いている。


 アリスが搔きまわしただけのぐるぐる肉が匙に載っている。ぐいっと唇に近づいたそれを、アリスが口を開いたと同時に突っ込まれた。

 

 匂いはブラウンシチューだけど、少しレーズンの様な香りもした。肉はわらび餅のようでプルンと口の中で弾ける。そして、じゅわっとクリーミーな濃厚さが舌に広がる。


 意外においしい。


「うまいか」


 頷くとまた口の前に持ってこられる。


「自分でできる――」

「食べろ」


 彼が器を匙で掬い、また運んでくる。なんかみんなに見られているんだけど。赤ちゃんのように口に運ばれる。レジナルドに見られていて、顔が赤くなってくる。今度は、とろりとしたぷちぷちのようなもの、これも美味しい。


「どうだ?」

「これも、美味しいけど――」

「最初はぐるぐるの脳みそ、今のは卵だ」

「……」


 思わずアリスは口を手で押さえた。吐きだしたりはしないけど、飲み込んだのが胃まで落ちていくのを待つ。


「お前は美味しいと言った。お前はそういうのが好きなんだ、わかったな」


 ――なんかいい聞かされている! 


「返事は?」


 アリスはこくこく頷いた。食べつくした目の前の器を見下ろして、アリスは頷いた。イヴァンの威圧的な声は洗脳してきそうだ。


 そして、今までの会話を忘れそう。


「――イヴァン。怖がらせすぎないように」

「レジナルド、何の用だ」


 そうだ、レジナルド様との会話だったのに。赤ちゃんのように食べさせられて醜態をさらした! というか知り合い?


「君たちがアリスにあまりにも説明をしていないからね」


 レジナルドは懐から手巾を取り出してアリスに渡す。やさしい! 素直に受け取り「ありがとうございます」と丁寧に頭を下げて口を拭いていたら、ヒューが睨みつけていた。なんなの。


「デレデレすんな」


 煩いな。自分はヴィオラとじゃれてるのに。


「レジー。お前はⅡ区だろう」

「Ⅱ区の民は全員魔王軍に下った」


 レジーはレジナルドの愛称だろう。つまり知り合い? 彼の麗しい容姿と新しく入った情報とは別の重い内容に声に皆が押し黙る。一瞬、食堂中が静まり返ったかのようだが、それは間違い。すぐに喧噪が戻ってくる。


「どういう、ことだ……」


 ローランドの尋ねる声が震えている。事情が分からないアリスも口を出せない。いつも出せないけど。


 レジナルドはワンファンⅡでは国を滅ぼされた王で、勇者の参謀だった。けれど、Ⅱ区ってなに?


「来たばかりの君にはわからないだろうから、説明をするよ。まず俺は君が見通しているとおり、リッチランドの国王、レジナルド・リッチモンド。Ⅱ区の魔王討伐パーティの一人だった。けれど、先日魔王軍がⅡ区を襲い、闘えるものは全滅。残りの民は魔王軍に下った」

「――お前のところの聖女は?」


 レジナルドは首を振った。寂しげで虚ろな眼差しだった。


「連れ去られた――おそらく、もう」


 アリスは息を呑んだ。

 もう、殺されている? それとも……ワンファンⅡのように、裏切り、魔女になる? 


 確かあれは魔王ではなく魔女になった聖女がラスボスなのだ。でも、それをアリスが言うことはできなかった。今彼らはⅡ区の聖女が殺されたと消沈している。


「最も有望な聖女だったのにな」

「――残念だわ」


 グレースの沈んだ声、ヴィオラは声を失くしている。


「それで、君がここに顔を見せた理由は?」


 ローランドの落ち着いた声に、皆が顔をあげる。先ほどのパーティ登録がなんとかも、聞いていない。でも、アリスでもわかる、というかゲームをしたのでわかっている。


「既に予測がついていると思う。俺も――このパーティに加わらせてほしい」

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