第12話.聖女はイケメンに惚れてしまうの


「魔法が使えないのであれば他の教会を尋ねてみてはどうだろうか」


 ローランドが言ってみんなが考え込む。


 ぐるぐるの煮込みは、ビーフシチューのような外見だった。どうにも手がつかず、ポッポのローストに手を伸ばす。鶏のローストみたいで胡椒やセージ、ローズマリーだと思うハーブが香る。食べてみたら鶏肉よりも柔らかくて美味しい。


 モスチキンのような味付けだ、後を引くジューシーさとカリカリ、何本か食べられそう。このポッポーもモンスターだろうか。


「何考えてんだ?」


 隣の席で、二本目のポッポーに手を伸ばすヒューを睨む。気に喰わなさ急上昇中だけど、コイツ本当に美味しい店探すの上手だな。


「何で、睨むんだよ」

「ヒューがアリスに絡むからだよ!」


 ヴィオラに言われて、ヒューが黙りチキンもどきをかじる。


「私も最初はすごく嫌な事言われたよ。でもヒューがそういう時って、その子が気になるからだよね、だからアリス気にしないでね」

「……?」


 これ、ヴィオラに言われるのって変だよね。ヒューが気になっているのはヴィオラで……ヴィオラの嫌み? でもヴィオラは笑顔で。まるでもう関係ない、第三者的な。


「うっせなー」

「ヒュー。少し口が悪いわ。アリスは聖女様なのよ」


 あれ、いきなり聖女様? 王女様には敵いませんが。


「ごめんなさいね。実は、アリスの事、教会支部で正式に聖女認定されたの」

「は、え!?」


 何が。いつの間に? え。


「先に街について、教会主張所で照会してもらったのよ。アリスがいなくて悪いとは思ったけど。そうしたら聖女アリスは召喚済みだということで。だから聖女だと認定されたということで――」

「君が本物だという証明書だ」


 いきなりローランが賞状みたいな大きさの紙を食卓の上をずいっと渡してくる。しかも、周囲の文字は金で装飾されていて、中の文字も飾り文字。読めないやたらにグルグルと巻いた字だな。会話は日本語で、文字は謎文字。さすがゲーム。


 いやこれ、ぐるぐるのシチューの横に出さないで。汚れたらどうすんの。それに持ち歩くの邪魔。


「これってどうやって持ち歩くの?」

「さあ……私は、聖女じゃないから、わからないわ」


 いつもこの世界突飛だなあ。


 看護師免許も賞状みたいな紙様式でB4サイズ。邪魔なので幼稚園の卒園賞の筒にしまってある。他の同僚たちはどうしているのか聞いたことはない。


「本来は、聖女証明書は教会で授与されるものらしいから」


 なるほど、教育が終われば修了証書授与、みたいな感じで渡されるの? 筒か板かもつけてくれていたのだろうか。でも旅をするには邪魔。


「えーと、イヴァン持ってくれる?」


 ぐるぐるをすすっていたイヴァンが顔をあげて、睨んでくる。その地獄から這い上がってきたような目やめて。


「俺は聖女じゃない」


 ですよね。アリスは四つ折りにして、テーブルの上に置いた。折る時に、「あ」とローランが声をあげた。


「何?」

「せっかく折り目がつかないように持ってきたのに」

「仕方がないわ、ローラン。それより、聖女様。改めてよろしくお願いします」


 いきなりグレースが食卓上で頭を下げる。


「待ってよ、グレース。あなた何をしてるの?」

「街中だから簡易なもので許して頂戴。本当は全員がしなくてはいけないけれど、私が代表ね」

「――まあ、頼む」


 そしてヒューまでも顔をそむけて言い出す。綺麗にぐるぐるの器を片付けたイヴァンは何も言わない。パンでソースを拭い、デミグラスソースさえ残していない。


「これからもよろしく頼むよ、アリス」


 さわやかな笑みを浮かべて手を差し出してきたローランの手を握り返すか迷う。聖女聖女言われてきたけど、なんでこんなにありがたがるの? グレースよりも偉いの?


「――それより、聖女としてのパーティ登録はできなかったんだろう?」


 そこに穏やかで華やかな声が響いた。その声に顔を向ける時、仲間の顔はそれぞれだった。ローランは張り付けたような笑顔、顔を曇らせたグレース。

 憮然としたヒューそして、無表情のイヴァン。自分の真後ろに立ったのは、緩いウェーブの金髪を結んだ男性だった。


「お前は――」

「後ろから失礼、お嬢さん。俺は、隣国リッチランドのレジナルド」


 眉目秀麗とはこういうことだろう。眉毛も流れる金髪も美しい、鼻筋は通り、顎の線は力強い。ローランも美形だけど、彼はちょっと顎が二つに割れていて外国人に多い顔つきだけど、少し苦手。レジナルドのほうは大人の貫禄がある。


 というか――、この名前に、このビジュアル、アリスは呆然としたまま固まっていた。彼が挨拶をしても、ただ見つめているだけ。


「座らせてもらってもいいかな」


 アリスの席の隣に空いている席を指す。皆があまりいい顔をしておらず、イヴァンが何か口を開く前にレジナルドは座ってしまう。


 まだ疑いが拭い去れないけれど、アリスはようやく口を開いた。


「あの――レジナルドさんは、王様、ですか?」


 席についたレジナルドはいきなりのアリスの発言に目を見張る。それだけじゃない、このテーブル全てのみんなが固まっていた。


 最初に声をあげて、笑い出したのはレジナルドだ。


「ああさすが、聖女だ。済にお見通しだったかな?」

「いいいえ、そのっ」


 声があがる、舌をかみそう。でもでもでも、やっぱり。


 ああこの笑い上戸に、余裕のある態度。


 アリスは知っていた、彼はワンダーランド・ファンタジーⅡで勇者の参謀、一番人気のレジナルドだ。


 ――でも、でも、でも。


(なんでゲームがごっちゃになってるのー!?)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る