第11話.聖女は呪文の練習中ですの


「――何回目だ」

「イヴァン、三十回目!」


 ――もう勘弁して。ようやく街の門がみえてきた。何か質問や苦情を言うたびに、それには答えずに名を言わされる。


「ちっとも進歩しないな。本当に練習する気があるのか」

「闘いの時にアンタの名を叫んで邪魔してやる」

「お前は、声も出せなかったからな。危機の時は叫べ。誰よりも先に助けてやる」

「……え、と」


 時々、勘違いしそうなことを言われるんですけど。さすがになれたけど言葉に詰まる。しかも今、イヴァンに背負われている。


 重い荷物は彼が片側の肩に背負っている。こんな芸当ができるのならば、戦闘中の荷物番はいらないだろう。アリスを落ち着かせるためにしたことなんだろうか。


(……優しいの、かな)


 ゲーム中は何も言わないで、主人公たちを裏切るかどうか苦悩しているだけだから、知らなかった。暗い奴だなとしか思っていなかったけど、こんな口が悪いとは思わなかった。


「そういえば、剣と槍、両方使えるのね」

「だからなんだ?」

「……何でもない」


 冷ややかに言われて、口をひっこめた。本当に「だからなんだ」ですよね。はいはい。


 こいつの武器はなんだか覚えていない。腰にある剣の隣にある帯に棒状のものがあって、それをふると槍になるらしい。高く飛べるから、槍のほうが本命なのかも。


「聖女は、教会で魔法を習うようだ。お前が回復魔法を使えないのはそのせいかもしれない」

「ええと、習ってないから?」


 彼は頭を軽く動かしただけ。そのそっけない肯定。でも首を絞められない、おんぶされているから。


「あなたが……連れ出したからじゃない」

「まさか何も使えないとは思わなかった。それにあのままあのデブに襲われていてもよかったのか?」

「……」


 悪かったわねと、憎まれ口が出てこない。あのデブは気持ちわるかったし、怖かった。


「……悪かった」


 イヴァンの言葉は、襲われたことを指摘したことだろう。

 そういえば、なんでイヴァンはキスをした――の? 今だに聞けてないんだけど。


「助けて……くれて、でも……」

「――イヴァーーン! アリスーー!!」


 街の中で、ヴィオラが手を振る。その横に立つヒューは護衛のつもりなのだろうか。二人だけで待っている。


「宿とったのー! ご飯食べようっ」


 クセのある紫の髪を左右に結い、それを揺らすヴィオラは最高にカワイイ。


「ヴィオラってカワイイよね」

「そうだな」


 大人の男性の低い声で返事をするイヴァンに「あ」と思う。彼は今後ヴィオラを魔王軍に連れて行こうとする。好意があるのかも。


 その声音からは読み取れない。


「ヒューと付き合ってるのかな」

「――なんだ、付き合うって」


 (あ、そうか)


 駆け落ちもそうだけど、交際っていう概念、というか方法がないのかも。デートはなし、ゲームでは旅の仲間、それが終わればすぐに結婚とか。


「グレースって美人だよね」

「そうだな」


 先ほどと同じ返事で同じ声音。これじゃ、どちらに対しても隠した恋情は感じられない。


「――私は?」


 って、今日来たばかりの自分は足手まといしかないか。


「面倒で煩い」

「だよね……」


 でも突然連れてこられたのに、けなげに頑張っている方ですけど。


 二人の方にたどり着けば、何話していたの?と無邪気に聞いてくるヴィオラ。


「ヴィオラってかわいいよねって」

「そうかなー」

「コイツなんて煩いだけだ」


 ヒューがすかさず言う。


「何よ、もう!」


 ふて腐れるけど、ヒューのは照れ隠しなのはまるわかりだよね。


「宿屋はすぐそこだよ。今日はぐるぐるの煮込みと、ポッポーのローストだよ! ここはぐるぐるが美味しいんだ」


 ヴィオラが指さすのは石壁に吊るされた木製の看板、ベッドのマークがあるから宿屋なんだとわかる。その下に吊るされているのは食堂の印、だろう。ただ、あれっって、先ほどのカエルのモンスターじゃ。フォークの絵もあるから……食べるの?


「ねえ、あれって先ほどの……」

「ぐるぐるは調理肉として好まれる。お前を背負ってなければ、アイツを持ち帰り売っていた」

「ぐ……」


 悪かったわね! と、これから食べるの? が混在する。


「何々、どうしたの?」

「ぐるぐるを倒してきた」

「え、持ち帰ってこなかったのかよ!? 超高値で売れたのに」

「そうだな、失念していた」


 イヴァンは、アリスのせいだとは言わなかった。やさしい、の?


「それよりなんで、イヴァンそいつを背負ってるんだよ」

「足を怪我した」

「面倒だな。これで旅すんの?」


 ……もう、ヒュー嫌い。アリスはイヴァンの背で顔をそむけた、その肩に顎を載せてうなだれた。これからぐるぐるを食べると思うと余計に気が滅入る。


 ――夕日がまぶしいぜ。景色が綺麗と思うのは、心が滅入っている時だと聞いたことがある。


「俺が何とかするからいい」


 イヴァンがあっさりと言い、二人を残して宿屋の扉をくぐる。


「――面倒だが、仕方ないと思っている」


“仕方がない”そうですよね。


 イヴァンの呟きが聞こえてくる。


 食堂の中はそこそこ混んでいて、にぎわっていた。ローランが手をあげて奥のテーブルに二人を呼ぶ。そこに向かう喧噪の合間に、イヴァンがアリスだけに聞こえる声で呟いた。


「――だが、綺麗だとは思っている」

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