第9話.聖女は残りの一人をお迎えするの

「――イヴァンーー!!」


 跳ねるような生気に溢れた声はヴィオラのものだった。


「こっちは倒したよ、って聖女様!?」

「――聖女はやめてください」


 やっぱり、そうだった。つまりイヴァンはローラン達の仲間。


(ようやく登場ね)


「どうだった?」

「教会は全焼だ。――王立騎士団は次期に到着するだろう」


 つまりイヴァンはアリスの知る通り斥候役みたいなもの? 暗殺集団の長だった彼は、仲間だ。


(――あとで裏切るけど)


「早くこの街を出た方がいい」


 ローランはイヴァンの説明に難しい顔をして頷く。こんな街の惨状に人々を助けなくていいのか、と思うけど、正義に燃える言葉は誰からも出てこない。


 なんだか一人、居心地が悪い、と思っていたらイヴァンがローランと視線を合わせたまま「ところで」と繋げる。


「聖女が仲間になった」

「――ああ。既になっている。アリスだ」


 最初の台詞はイヴァンで、後からがローラン。

 ローランには頷いていないんですけど。

 

 けれど、言い切られてしまい、イヴァンも一瞬鼻白んだ表情を浮かべる。


「とりあえず、早く街を出よう」


 ローランに言われて、皆が頷く。


「あの……街の人達は助けなくていいの?」

「なんで、そんなことをする?」


 ローランドに心底不思議そうに言われてアリスも驚いた。グレースは微笑を浮かべた。


「私達がするのは魔物を倒すことだけ。それ以上の役目はないのよ」

「……早く! 騎士団の人達が来ちゃうよ!」


 そこで話は終わり。確かにゲームでは救助活動を主人公たちはしない。必要な人物を救うために飛び込むことはあったけど、気にしないで逃げることの方が多かった。


 ヴィオラに急かされて、慌てて皆でさり気なく街の門まで向かった。人々はまだ右往左往していて誰からも声をかけられることはなかった。展開の早さはゲームの中だから仕方がない、面倒事に巻き込まれなくていいけどと思いながらも腑に落ちない。


 けれどみんなが気にしていないならいいかと悶々としながら門を出たら平原だった。




 そこを歩みながらなぜ自分がこういう目にあっているのか、ちりばめられている言葉に全然説明がないことにアリスはいい加減腹が立ち、口を開いた。


 そもそも自分は寝間着一枚に、薄い靴。ローランは鎧、イヴァンは戦闘服っぽい、グレースは短い丈のドレスに胸当てとマント、ヴィオラはビスチェみたいだけど、片袖、もう片方は袖なしでレースの片腕輪(このアシンメトリーの衣装ってどうなの?)、短めのローブ、長くて白銀のブーツがおしゃれ。


 ……いかにもコスプレという感じの皆に、なぜか部屋着の自分。浮いている。


 しかも徒歩で旅をすると聞いて、馬車とかないの? と言いたい。


「情報を整理させてほしいのだけど」


 女子達を真ん中にして行軍する。


「騎士団が来ると、なんでまずいの?」

「そうね……まずあなたには、そこからね」


 いいえ。それ以前に話してもらいたいことがたくさんあります。


「――スペイア王立騎士団は、魔物が来たら襲われた街の救援や調査をする」

「私は、スペイア国の王女で――」

「俺はそこを抜けてきたんだ」


 グレースの言葉をローランが引き継ぐ。


「つまり駆け落ち」

「え?」


 二人は驚いた様子だけど、何それと目を瞬かせた。駆け落ち、という言葉はないのかな。もしくはまだそんなに仲は進展していない?


「私たちは、目的を同じくして出てきたの」

「あ、そうか。えーと魔物退治ね、というか、何で騎士団は魔物を倒しに来ないの?」


 ローランが堂々と言い放つ。


「王国は魔王軍には襲われたくないから、中立を保っている。被害にあえば、街の復興には手を貸すが、倒そうとはしない。そんな現状に俺たちは、魔王を倒すために第一区画のパーティとして立ち上がった。聖女がいないから候補になれなかったが、アリスがメンバーになってよかったよ」

「えっと……」


 妙に前向きですけど、私なんか重要っぽい。


 ヒューが大きくため息をついて、前髪を片手でかき上げる。なに? ワイルドでカッコいいけど、なんかすごく嫌な感じだし、第一区画とか聖女がとか、まるで私が駒みたいだけど。


「魔法が使えない聖女が仲間とか、負け確定だろ」

「ヒュー!」


 ヴィオラに非難の声をあげられてヒューはだってよ、と首を逸らした。

好きな女の子には弱いもんね。でもそうじゃない女の子にきついのは好感度下げるぞ。


(今あなたの好感度は私の中ではマイナスです)


 ヒュー×ヴィオラ推し、かなり止めたい。しかしそんなことはどうでもいい。


 とりあえず何から聞こう。『聖女じゃない』は通用しない。どうやら自分は教会で召喚された、だから聖女と呼ばれている。


 『回復魔法って何?』って言えばヒューは馬鹿にする。『私はあなたたちのためにいるんじゃありません』も言ったしな。一応イヴァンが守るって言ってくれてるし。


「つまり追われているの?」

「そうなるかな」


 ヴィオラはしょんぼりという。その肩をヒューが抱く。出来上がっているカップルだ。ヒューはやっぱりヴィオラだけに優しい。


「まあ中立を保っているのに、そこに逆らう人が自国にいたら困るよね、ましてや王女様だし。魔王軍への忠誠を見せるため、王国内部からも命を狙われたりして?」


 ローランとヒューが目を見開いて驚く。え、これ普通の考えだよね。当時子供だったからゲームではあまり考えなかったけど。

 大人になれば残された王国がどれほど危険かはわかる。だから、王女を追ってますぐらいアピールしていてもおかしくない。


「グレースさんを、王様は取り戻そうとしている?」

「――お父様は私には何も」


 ここでは王様が公に味方をしたら、この国が魔王軍に狙われるという背景は作られてないのかも。逃げようとしている割に悲壮感はない、徒歩で街から脱出だし。


 彼女がそこまで気にしていないなら、平気かな。


 ――当面頑張るのは、歩くことかな。たぶん徒歩での移動。昔の江戸時代の人達は江戸から京まで歩いたとかいうし、それって一日どれくらい歩くのだろう。それにこの人たちどこ目指してるの?

 ゲームだとどの局面? って言ってもかなり昔であらすじは覚えていない。

 ただ――。


「第一区画って何? というより区画が何なのか教えて」


 気になったのが区画という言葉、自分の知るワンファンにはそんなのなかったはず……。


 いや聖女召喚とかもなかった。この世界の裏設定ではあったのかもしれないけど。


「知らないのかしら? 教会では教えてくれなかったの?」


 グレースは上品で気遣う雰囲気を持ちつつ探ってくる。さすが王女様。そう言えば、言語はアリスと同じ。


 考えてみればゲームが日本の物だから日本語なのは当たり前か。


 そう思いながら改めてグレースを見る。茶色の美しい髪が、背中になびく。彼女は何役だっただろう。王女様と言っても、何らかのアビリティがあったはず。


(あれ……たしか、グレースが後に聖女になるんじゃなかった?)


 RPGでは必ず回復魔法が必須になる。初期は主人公が使えたりもするけれど、敵が強くなるほど強力な回復魔法が必要になる。それができるようになるのはこのゲームでは誰だったっけ?


 グレースか……もしくは、主人公のローランド? グレースが聖女になるのであれば、お株を奪ってしまったことになる。


 既にゲームを壊している。でも巻き込まれたのはアリスの方だ。それともリメイク版がそうなのだろうか。社会人になってからは、ゲームというものからは遠ざかっているからわからない。


「アリス?」

「あ……えっと、私は教会では何も。その、すぐに火事になってしまって何も覚えていないの。なぜ外にいたのかも」


 そうそう、教会の話だった。変なデブに襲われて、誰かに殴られて――。そこまで思い出しかけて、いきなり吐き気に襲われてアリスは口を覆い顔を逸らす。


「アリス?」


 首を振り、慌てて木の根元に戻してしまう。みっともない。――背後の彼らに恥ずかしいと思う。医療者ならば、誰が嘔吐しようと平気だ。むしろ具合の悪さを気にする、でも一般人は?


 教会で襲われたこと、殴られたこと、知らない世界。いきなり全部が襲い掛かってきて、怖くなる。平気だと思っていたのに――えづきながら涙が込み上げてきた。幹にかける手が震えている。


 そう思っていたら、背中に手が添えられる、温かく大きい手だった。

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