第7話.聖女は勧誘お断りですの

 街をとりあえず散策しよう。旅行には慣れている。看護師系は海外旅行が好きだ、夜勤などを組み合わせて一週間ぐらいの夏休みが取れるのと、たまりまくったストレス発散で皆が狂ったように行く。


 砂漠とかアマゾンとかスカイダイビングとか、なんか死に行くような先輩もいる。

 それに倣ってアリスも一人旅をしていたから結構平気。

 

 ただ、お金がない。でも、この世界はゲームだ。アリスが何もしなくても話が勝手に進んでいくのだから何とかなるだろう。


「――待ってくれ。ヒューの失礼を詫びたい、君の気持を考えなくて」


 ローランがグレースの手をそっと降ろして、アリスに向き直る。


「頼む。座ってくれないか、アリス。――君は召喚されたばかりでこの世界に疎い。一人で行かせるのは心配だ」

「召喚……」


 益々中二病らしい話になってきた。私の頭大丈夫? 


(でも交渉も大事)


 パン代や宿代は払えない。暫く御馳走になりたい。情報もほしい。しぶしぶを装いアリスは木造りの年季入りの椅子を引いて座る。ヒューはわずかに下を向いて目を泳がせていた。ちょっと精神年齢が低いのかも。


「君が聖女じゃないというのは、どこから来た話なのかな?」


 そこがまず間違えているのだろう。そう思われていたから拾われて大事にされていた。そうは思うけど、誤解をとかないと。


 アリスは背筋をただし、前へと身を乗り出す。


 ダボついたみどりの部屋着はそのままで、ベッド脇に置いてあったお古と思われるシューズを履いている。こちらに豊富なサイズはないのだろう、厚布に布が張られ、紐で足に巻き付けるサイズ。

 自分のキャラクターシューズはなかった、多分脱げちゃったのか、こっちに来る時にそれは履いてこれなかったのか。


「聖女なんて呼ばれる覚えはありません。召喚といったけれど――確かに私が住んでいた世界とは違うようです。そこで気絶して、目覚めたらどこかの教会にいました。それがこの世界のようです」


 他のみんなは黙っている。ローランがリーダーのようだ、上座にいるし、大きく頷いてアリスと話すのも彼がメイン。


「君が住んでいた世界というのは、どんな感じで君は何をしていたのかな?」


 アリスは首を傾げた。どう説明したらいいものか。


「私が住んでいたのは、もっと四角いビル――高い建物があって。私は病気――の人たちを治療する施設にいました」

「なんだよ、聖女じゃん」


 ヒューが気が抜けた、というように背もたれに身体を預ける。だから違うって、まさか看護師が聖女とか? 

 でもそれを聖女と言うならそうかも。献身が求められる薄給の仕事ですから。


 まあ。やくざの姉御かってぐらい性格が図太く、ガラの悪いあの人達が聖女かというと鼻で笑えてしまいますがね。

 もちろん自分含むだ。自分は性格は“悪く”はないけどね、図太いとは思う。だって舐められたら潰されるもの。看護師の職場はカースト制です。


「いいえ、私は薬を飲ませたりとか。そんな仕事です」

「薬師か? 薬を生成したり」

「いいえ。生成された薬を人々に飲ませたり――する仕事です」


 説明はかなり省いた。


 ローランドはグレースと顔を見合わせて微笑んだ。その息の合った様子に心が通い合ってるのだなと思う。本当は王女様の方が偉いからそちらに説明を任せるはずだけど。いや、従者扱いの騎士だから代弁していいのか。


「やはり君は聖女だよ。君がいた教会、それは聖女を召喚する第一区画教会だ。一昨日ボヤ騒ぎがあったから心配していたが、その後君が街の入口で倒れていた。君の話を聞いて確信したよ」

「いえ……あの」


 慈愛の笑みを浮かべるグレースとキラキラした顔のローランドのウェルカムに引き気味になる。そう言えばなぜ私は彼らと話しているの? まさか、仲間になれ、とか?


「ぜひ、俺達の仲間になって欲しい、アリス」

「断ります!」


 ほら来た!! 用心していたせいで素早く声を重ねて言えば、グレースがあら、と美貌を曇らせただけだった。


「ありがとう、ぜひ歓迎するよ。俺はローランと呼んでくれ」


 ローランドは丸無視して、手を差し伸べてきた。聞いちゃいない!


 ヒューは顔を背け頬杖をついたまま。それともこれはゲームのシステム? ゲームの中で「コイツ仲間にいらない」と思っても勝手に仲間になっちゃう奴?


「……おい。ローラン。回復魔法使えねえ聖女なんて、どうすんだよ。他の区画のに負けんだろ」


 ヒューが壁を向いたまま話をふる。あ、ちゃんとローランの話の流れがおかしいと皆は気づいていたのか。ていうか、他の区画ってなに?


 それにヤツ、相変わらずむかつく……。


「……あのね。アリス、回復魔法使えないっていうけど……あなたの魔力すごいよ、怖いくらい。聖女様ってこんなにあるんだね」


 ためらいがちに言うヴィオラをアリスは見た。少し言いにくそうで声は震えている。


「ごめんね。あなたの魔力、直視できないの」


 そしてグレースに同意を求めるように視線を向ける。グレースはその視線を横顔で受け止めて、頷く。


「そうね。私もそう言いたかったの。鑑定士がいないからわからないけど、私のおじい様――つまり先王陛下なのだけど、とても魔法に長けていたの。でもそれよりすごい。他の区画の聖女様よりもたぶんすごいわ」


 他の区画の聖女? 先ほどからちらほら出てくる嫌な感じが、だんだん明確になってくる。

 魔力凄いとか、一瞬おだてられそうになったけど、うまい話にはのってはいけない。

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