第6話.聖女はパンが欲しいの


 亜梨鈴たちは下の食堂と呼ばれる場所で丸テーブルを囲んでいた。とりあえず食事にしようということで、籠に丸パンやスライスした黒パン、それからバター、そしてミルクの入ったピッチャーが置かれていた。


 パンは温かそうだし、ミルクも美味しそう。運ばれてきた食事に手を出したかったけど、誰も伸ばさないから大人しく小さくなっているしかない。まずは食事をどうぞと勧めてくれないかな。


「お腹も頭も問題はなさそうね」


 グレースが上の階のときに痛む個所に手を翳してみてくれて、そう断言した。よくわからないけど、病院で検査で行う超音波エコーより便利。


 そして待ち望む階下の皆の所に下りて報告会。丸パンは緑が点々としている、カビじゃなくて葉っぱのよう。香草入りのパンかな。少し湯気が立っていて焼き立てっぽい。


ミニブールミニフランスパンもどきは、切れ目クープが綺麗にはいってますよ、みなさん、おいしそうですよ……。もう堂々と食べちゃう? みんなが見ているからこっそりとパンが食べにくい。


「しばらく痛みは続くから、薬草バームを使う?」


 薬草よりも、香草入りパンを……。


「おいおい、貴重なバームだぜ? そいつが聖女様なら自分で治せるだろ」


 アリスは喧嘩口調のヒューを思わず睨みつけた。明らかに軽んじられている。こんなにはっきり人を馬鹿にするやつはいない。

 少しひるんだ様子の彼から目を逸らし、亜梨鈴は目の前にあるミルクに手を伸ばす。腹が減っているとイライラするんです。


「これ。飲んでいいですか」

「ああ――済まない、飲んでくれ」


 アリスの口調に最初に慌てたのはローランドだった。堂々とした体躯ながらも優雅な動作で立ち上がり、ピッチャーからミルクを注ぎ、陶磁器っぽい器を亜梨鈴の前に置く。


「パンは? えーと」

「亜梨鈴です。頂きます。その丸パンと香草パンと、黒いパン全部、あとバター」

「そうか。えーと、アリス?」


 亜梨鈴の怒った口調と、その原因に彼は気づいたのだろう。女だらけのメンバーで鈍くてはやっていけない。苦さをまぜ彼は笑い、直接テーブルに置く。


(……お皿、おかないんだ)


 パンはまな板のようなものに置いてあったけれど、パンは机の上。まあフランス人もパンはパン皿ではなく、自分の席の机に直置じかおきしていたし。


 彼らはカタカナ名前。ということは彼らにとって漢字はない、「アリス」だ。

 日本人ではない、西洋人の良すぎる発音の「アリス」の私はバターの載ったお皿からそれをとり、パンに付けた。


「おい、俺は無視かよ!」


 さっきから煩いな。こんなヤな奴だっけ? アリスはちらりとヒューを横目でみつめた。確かにやんちゃ系だったけど……。アリスが物言わずパンをかじるとヒューは悔しそうに口を閉じていた。


「おいしい……」


 思わず、口からでた。日本のよりもおいしい。ゲームの世界、また夢の世界で味覚を感じることができることに驚いたけど、そういや殴られた時、痛覚だってあった!

  

 黒パンは硬いし酸っぱいけどその酸味が絶妙。丸パンはまるで最中の皮のように固い。けど中身はふんわりしている。何よりバターが美味しい。


(そっか……まだ添加物使っていないから)


「よかった。食べられるならすぐに元気がでるわ」

「ヒューがね、味にうるさいの。だから美味しい食堂をいつも探してくるんだよ!」


 ヴィオラがまるで自分の事のように自慢して笑いながら言うと、ヒューはうるせえと言って顔をそむけた。照れている……。


 アリスは驚いて彼の顔を見てしまって、慌てて目を逸らした。これこそ、私が求めていたヒュ×ヴィだ。こちらを向いたヒューが「なんだよ……」と呟いたから。首をふる。喧嘩腰じゃない。


「ありがとう、私もご相伴にあずかって。本当においしい」


 そう言ったら、すでに戦闘モードだったヒューは目を見開き、慌ててその気配を呑み込んだ。消すのが大変といった様子。


「いや、まあ、うん。こんぐらいどうってことない」


 偉そうだけど、獣人の国は少しワイルドな感じだったから、このくらい強気な王子様のほうがらしいかな。たしか成人したばかりで若かったし。


「それで、傷の話だけど――私は、初期の治癒魔法か使えなくて、あなたにもう使ってしまったから。あとは薬草を使用しましょうか?」


 先ほど診てくれたグレースが提案する。そうそう。その話だ。学生の頃にやったゲームの知識だけど、回復には薬草を使ったはず。でもその手持ちには限りがあって使えば無くなる。 回復できる程度も限度があったよね。

 

「それってすぐに治るの?」

「……私たちが持っているのは、アロエよ。エリクサーならば大きな傷もすぐに治るわ」


 アロエは実家にもあり、葉を開けばゼリー状になっていて火傷に貼らされた。でも民間療法で効果はわからない。確かにお腹を殴られた場所は炎症だけどちょっと違う。ガーゼに包んで当てれば少しは、マシかな。

 でもエリクサーという言葉。ゲームがごっちゃになってる。


「お前、聖女だろ。回復魔法で治せるだろ」


 ヒューの喋り方はおなじみらしい。人に敬意を払わない。小ばかにしているというより、ただ偉そうなだけなんだ。それよりも大事なことがわかった。


 さっきから聖女様って何!? やっぱり変なラノベの世界? 

 本来なら聖女は某宗教では殉死したとか偉業を成し遂げた後に捧げられる称号。って言いかけて気づく。


 聖女って彼らが言ったのは今回が初めて。その前は――あの変なステンドグラスの中と夢でのこと。

 一番考えられるのは――勘違いされている、ということ。


「私は、回復魔法は使えません。そもそも聖女ではないし」


 そういうと、皆がはっ――と息をのんだ。ミルクを飲んでいたヴィオラは目を真ん丸に見開いて、ローランにパンをとってもらってたグレースと二人はまるで手をつなぎあっているかのよう。


「回復魔法がつかえねえのか!? つかえねえ!」

「悪かったわね。……そもそもあなた達のために私はいるわけじゃないけど」


 ヒューに言い返して、アリスは立ち上がる。魔法が使えないからつかえねえやつ。だからなんだ。この奇妙な世界でどうしたらいいかわからないけど、多分そのうち目が覚める。 


「パン、ご馳走様。私は行かせてもらいます」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る