第5話.聖女 in Wander Landなの
目が覚めたのは、ベッドの中だった。硬い枕に、ガサゴソと音がする掛布団。動かしてみると、まるで枝が詰まっているかのように細くて硬い何かが入っている。詰まっているというより、あちこち偏って何もないところは布だけ。
そば殻でもないし、なんだろう。
それよりもここはどこだろう、病院? 起き上がると小卓の上には水差しと陶器のコップが一つ。白い壁、ガラスのない吹き抜けの窓。
「病院……?」
それにしてもこの設備だと、まるであまり医療が発達していないような。起き上がり、お腹の痛みに亜梨鈴はうめいた。ものすごい激痛だ。衣装をめくり覗いてみると、青を通り越して黒い痣になっていた。
「ひど……お腹を殴られて気絶って……」
よく話のなかで聞くパターンだけど、本当にあるとは思わなかった。痛みに耐えられなくて意識がなくなるならばよほどだ。さすりながらわずかに体を動かしてみる。
「いた……」
骨は折れていなそうだ。内臓破裂もしていなそうだ。たぶん。じわじわ出血もしていないよね、と腹部を触診してみる。
血が溜まった変な瘤もなさそう。血種ができていれば大変、開腹して除去しないといけない。いや、その場合切れた臓器や血管のどこかを縫ってもらわないと。
でもそうだったら、死んでるか。
それにしてもここはどこ? と思えば、木板のドアが開く。
「……あ!」
入ってきた、女の子は亜梨鈴を見て立ち尽くしている。紫紺のウェーブがかった髪は肩上まで、大きな目を丸く見開いててカワイイ。
亜梨鈴が何かを言う前に、彼女は近寄ってきてベッドに乗り上げて、顔をのぞき込んでくる。
日本人の顔じゃない、整っていすぎる。けれど気になるのは人よりも長い耳、まるでゲームでイメージするエルフみたい、動くとひくひくと動く。
その可愛さに驚いていると、彼女も亜梨鈴を見て驚いている。
「よかった、目を覚まして!! 痛いところはない!?」
「えーと。……お腹?」
「あ、そうだよね。痣がすごかったね、倒れてた時に見ちゃったの、ごめん! って、あたしよりもグレースのほうが詳しいかも。とりあえず知らせてくるね!」
なんだろう、この展開。急すぎて、まるで物語みたい。圧倒されていると、足音がした。
「ヴィオラ。あまり騒がないで。――彼女が起きてしまうわ、ってあら」
「――ヴィオラ、どうした?」
一人は、茶色の髪が艶やかな落ち着いた物腰の女性。その後ろから高い背で顔をのぞかせたのは、白銀の髪の男性。
おとぎ噺のような美男美女の神々しいオーラが完璧な二組のカップルに、亜梨鈴は固まった。
(ここ、まだ夢?)
誰だ、この人達?
「何だよ、ヴィオラ。魔物が出たんじゃねーだろうな」
もう一人覗いた顔は、赤毛の青年。耳にいくつかの輪、その乱雑な口調と鼻から耳にまで横に引いた左右に入れられた三本線の入れ墨。
むき出しの肩は筋肉がついているが、マッチョではない。ワイルドな魅力があるというか。タンクトップの布地を纏い、胸やむき出しの腕は筋肉に覆われて強そうだ。
(な、なんで……)
「あ。あの……」
「ああ、コイツ、目が覚めたのか」
その入れ墨がぶしつけに亜梨鈴に親指でくいっとヴィオラに促す。
「な、なんで……ベッドを囲んでいるんですか!!」
って叫べればよかったのだけど。
実際は、何も言えなかった。まるで医師が回診で患者そっちのけで話しているみたい。
「――お前達、目覚めたばかりの女性を目の前に、いい加減にしないか」
と、白銀の髪を背中に流した男性が壁を叩いて注目を集める。
皆がハッと、息を止めてそれからめいめいが反応する。最初に、大きく頭を下げたのは紫の髪の少女。「ごめん!」と。
綺麗な茶髪の女性が代表するように穏やかな笑みで「ごめんなさい」と頭を下げる。それから白銀の髪の男性が「すまなかった」と。
その彼はにっこり笑った。
「俺は、ローランド。仲間達が失礼した、お嬢さん。とりあえず、君の診察をグレースがしたらゆっくり説明をさせてもらうよ」
そう言ったら、茶髪の女性は聖母のような慈愛の笑みを浮かべた、彼女が多分グレースだろう。
「私は、ヴィオラだよ」
紫の髪の耳の長い少女が闊達に名を告げる。
「おいおい、自己紹介を始める気か?」
ローランドの制止をものともせず、赤毛の青年が口を開く。
「ここまで言えば、した方が早いだろ。俺はヒュー」
「まあ、確かに俺が一番に名乗ってしまったしな」
白銀の髪の美形が微笑を浮かべる。
「あと一人いるんだが、今は偵――じゃなくて、少し外に出ていて」
呆然として逃げるように布団を引き寄せたくなったけど、この固いゴワゴワの小枝が入った布では、まったく潜っていたいとは思わない。
あまりにも展開が早すぎる。いきなりみんなで自己紹介タイム。でもでも、この名前。
「……もしかして――残りはイヴァン、ですか?」
亜梨鈴が思い当たることに口を開けば、一気に緊張が走る。なんだか皆で視線を交わし合って、それから作ったように胡散臭く破顔する人たち。
入れ墨の若者だけは顔を逸らし、ふんとふて腐れたような顔だったけど。
なぜに、ふて腐れるのかも謎。
みんながこちらに笑顔を向けながらも、伺っているのがわかる。なんで、探られている? 疑われているのか、黙って、かどわかそうとしているのか。
だって不自然すぎる。いきなり自己紹介をはじめて、それはないでしょうと思う。
(不自然すぎるでしょ!?)
仲間のようにわいわいと次々に名乗っていく。亜梨鈴が何者かも知らずに、まるで第三者に知らせるように自己紹介をしていく。ゲームじゃあるまいし。
――そう、この会話の不自然さ。
そしてこの名前、間違えない。さっきまで読んでいたゲーム本。もとい薄くて高い本。名前は憶えている。夢なのかもしれないけど、それが一番説明できる。
だいぶ昔から一部のアマチュア小説界で流行っているような、一般人には全くスルーされて、むしろ流行ってないふりをされている、なんだかわからない異世界転移。
まさか、と思うけれど。巻き込まれたくないし、全く望んでもいなかったのに。
(私。死んだの!?)
だって、死ななきゃ異世界へは行けない……。それはお約束。
犬を庇ってとか、人助けで交通事故とかそんな理由だったらよかったのに。
(いやでも、それってあっちの世界では死体ぐちょだよね)
でも、薄くて高い同人誌に滑って転んで異世界とかアホすぎる。
でも――どうやら。
亜梨鈴はワンダーランド・ファンタジーの世界に来てしまったのかもしれない。
あらイケメン騎士様、縛ってくださいませ? 聖女は闇落ちルートに抗いますの。 高瀬さくら @cache-cache
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