第3話.聖女は中二病を発症するの
『今度の聖女は魔力が二万!? 誠か!?』
『それ以上かと思われます。竜の目が反応しましたので』
『この聖女を得れば次の……へ……できるのだ!』
『――その前にこの娘の魔力値を竜で確認なさいませんと』
『それより奴が来ているのだろう。あいつもまた魔王に取り入ることを狙っておろう』
『しかし実質、現在の魔王の右腕であることは確か』
『仕方があるまい、今度こそ間違えず願いを叶えてもらうのだ』
(――なんだか、妙な会話だな)
魔王とか、聖女とか。中二病か?
男達のかん高くて耳障りな声はキーキーと響く。けれど、あまりにも眠くて、また意識が沈んでいく。
――肌寒くて意識が少しずつ浮上する。もぞっと寝返りをついて、いつもの習慣で毛布を引き寄せようとして何もないことに気が付いて、あれと思う。
(ここどこ……だっけ仮眠中だっけ?)
ベッドが固い。引き寄せようとした毛布がない、タオルケットもない。まだ目を閉じながら、そう思う。
夜勤の最中の仮眠は、空いている回復室で当直仲間と順番に休むこともあるが、そうじゃなければ外来の診察室の硬いベッドで眠る時もある。
そういう時は、タオルケットを借りるが、少し寒い。そんな感覚に似ていたが、引き寄せるものがない。
「って……やばっ」
随分眠った感があって、慌てて叫び起きる。仮眠は交代制、スマホのタイマーをつけて十六時間の勤務中、一時間程度の睡眠があっても入院や診察が来て起こされ、熟睡できたことはない。
でも寝坊して起こされるのは気まずい。眠りすぎたかと慌てて起きて、見慣れない景色に呆然とした。
「……ど、こ?」
周囲は極彩色が踊る海だった。縦長のステンドグラス、照らすのはたくさんの蝋燭の火、左右二つずつのお香の杯。
思い浮かぶのは教会と呼ばれる場所。でもなぜ自分がこんな場所で眠っているの? 寝かされていたのは、祭壇というより、生贄が捧げられるような硬く長い石の台。
台は少し高くて、少しずつ前に足を伸ばしながら床におろす。人が歩み歪んだ木板は土で汚れていて足を下ろしたくなかったけど、周りに目が奪われて気にならない。
亜梨鈴は立ち上がり背後を振り返る。左右に配されたステンドグラスの中央に埋め込まれた鏡を見て驚いた。
「私……?」
手を伸ばせば自分と同じ動きをして、鏡面に触れる女性。
指と指が触れあって思わず引っ込める。
茶色くウェーブのかかった髪は同じ、けれど顔立ちは違う。もともと曾祖母がフランス人だからなんとなく西欧風の顔と言われるけれど、更に彫りを深くした映画やゲームでしか見られないほどの完璧美人だ。
でもどことなく自分らしさもあって、同時にすんなり思う。これは自分の写真から取り込まれたAI画像!?
(ううん、私だ……)
顔が変わったのに、自分だと思うなんて。口元を緩ませれば笑い、眉を寄せれば困った顔。そうすると血の通った人間に思える。
見慣れればこれは本来の自分の顔、そう思ってしまう。
――けれど、なぜこんなところに? 夢だろうか? 一番考えられるのはそれ。妙に意識がしっかりしているし、夢の中でこれは夢、と思う時もある。
まだ鏡を見ていると、いきなり亜梨鈴の姿の後ろに人が映る。大きな体格の男性。どしどしと足音を立て、亜梨鈴を見て驚いて足を止める。
振り返ると目が合う、ここはどこだと問いかけた亜梨鈴は口をつぐむ。
突き出た腹を重そうに手で支え前に押し出し、男は亜梨鈴を見て口角をあげゆがんだ笑みを見せた。
「――なんだ。目を覚ましたのか」
禿げて後方に下がったくるりと巻いた癖のある金髪、ただ金髪の巻き毛と書くと可愛らしさもあるけど愛嬌は一切ない、にたりと笑う姿は不気味なおっさん。
彼は日本人に外見が全く見えない。ただ言葉が通じているので、それが謎だ。もちろん日本語が上手な外国人もいるけれど、なぜかそうとは思えない。
口をゆがめて笑うので、あまりにも下卑た顔すぎて、自分は何かのロケに紛れ込んだのかなとも思ってしまうが、そんな演出に出たわけがない。
後頭部に微かにそよぐ金髪、聖職者のようなローブを纏っているが、はち切れそうな何段ものお腹のせいで、張り付いた皮のようだ。
「な、なに……」
「……薬が弱かったか、まあいい」
薬……何かを盛られたの? 夢にしては、ひどすぎる。
「魔王陛下に献上するには、まだ時間がある。その前にお前が本当に聖女か確かめてやろう」
「……は……?」
喉が鳴り、それ以上声が出ない。魔王? 聖女? またその変な夢をみている。
自分の偏桃体はよほどしつこいらしい。夢を司る脳の偏桃体は、そこで情報整理をする。
いや、夢でもヤバいデショ。いつかは覚めてくれる気配が全くない。背中がさきほどの台座にふれる。
「……来ないで」
「騒ぐな!!」
怒鳴られて、身体が固まる。余裕がない医師に怒鳴られるなんて日常茶飯事、こっちも耐えて後で休憩室で同僚に発散するのが常だけど、それでも怒鳴られるのは苦手だ。好きな人なんていない。
(逃げなきゃ)
でも、足が動かない。誰も助けてくれない、柱廊の向こうは暗闇だ。その向こうは何があるの? そこまで行けば逃げきれるのかと怖くなる。行ける? いけない?
そうこうするうちに太ったおっさんが自分の巨体で亜梨鈴を塞ぎ、腕を掴む。
振りほどこうとしてもできなかった。
腕をねじり上げ、痛みに涙が浮かんでくると、身体が後ろを向かされる。奴が身体を摺り寄せてくる。荒い息遣い、興奮されている。いやだ、いやだ、いやだ。
恐怖にとらわれる。本能が告げる――ヤられる。手が既に太腿に触っていて、布地を託しあげている。
「やめ、やめて……やめて!」
固い石座に押し付けられるお腹と胸が圧迫されて息ができなくなる、痛い。気持ち悪い男の荒い息が耳元にふりかるのが不快。それ以上に覆いかぶさってくる肉の塊の感触が最悪だ。
こんなにはっきりとした感覚の夢ってあるの?
――夢じゃない。亜梨鈴は心臓が激しく鳴っているのを意識する。両腕で防ぐ暇はなく、身体ごと押し付けられたせいで、尖った石の端に両腕の内側に当たって激痛が走る。
「聖女の体液を得たものは――魔力を高めるという」
「ちが、ちがい……」
(はあ?)
変な独り言に醜悪な言葉。こんなわけのわからないことを言われるとは思わなかった、私の頭大丈夫?
転んできっと頭を打って手術でもされているのかもしれない。
麻酔から覚める時、半覚醒時は変な夢を見る時もある。
ヤバいよ、「ヤラレル」とか「助けて」とか、「聖女」「魔王」とかそんなことを口走っていたら。
下手くそな先生の麻酔でせん妄をおこして、奇声を発していた患者さんを見たことがある。目を覚ましたら全く普通の人だった。
あの人は自分が数時間、奇声を発していたのを全く知らずに帰っていった。
しかし、それより今はこの状況が危機!
「やめて……やめ」
自分を押しつぶすほどの重み、ざらざらした手が自分の太腿を撫で上に上がってくる感触にもう耐えられないと思った時、不意に「ぐっ」と変な音がする。
――空気が詰まったような音、そしてひくっと跳ねて、手足がばたつく。
これは痙攣だ、性的興奮じゃなくて不随意運動だ、尋常じゃないと思う。
「何!?」
上の体重が載ってきて頭ごと潰される。
――それは、意思をもった人間がかけてくる重みではない。意識を失った人間は重い。
(ぬけ……ぬけられない)
亜梨鈴の肩に血の臭気がかかる。その男が吐いた血が亜梨鈴の頬を濡らしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます