第六話
「それで、これからどうする、お姉ちゃん?」
取り敢えずウルシの氷の彫像はその辺の建物の柱に縛っておいて、溶けても動けないようにしておいた。
「そうだね。まずは朔也たちと合流かな。姫奈のことを紹介したいし」
このはと姫奈はちょっとした段差に並んで腰掛けていた。
日はそろそろ傾き出していた。
「朔也お兄ちゃん、納得してくれるかな……」
「ま、大丈夫でしょ」
このはは立ち上がる。
「さ、行こっか」
そして姫奈に手を差し出した。
姫奈はその手を取った。
「――行かせるわけにはいきませんよ」
空間が歪んだ。
このはと姫奈は身構える。
「裏切り、ですか。そんなこと、許しませんよ」
種田は一歩一歩、少女たちに近付いてくる。
「そもそも、ゆやさんたちと合流したところで無駄です。彼女たちは、キヨミと後二人が対応しています」
――何でも屋のおっさん、未知の人物X、未知の人物Yの内、誰か二人か。
姫奈は脳内のリストと照らし合わせ、推測する。
種田が立っているのは、西側、つまり、ゆやたちがいる方向である。合流したかったら、種田を斃すしかない。しかし――
「――アトリビュート・オーヴァーライド」
このはは種田の能力の名を口にする。
全ての属性を無属性に上書きする能力。これがある限り、今の二人には勝ち目が無い。
「僕の能力が見たいのですか。ならば――」
種田が言い終わる前に、このはは頭に乗せていたサングラスを下ろすと、片手で姫奈の目を覆う。
「『フラッシュ』――ッ!」
そしてこのはの空いている方の手から、閃光が放たれた。
「うっ⁉」
種田の目が眩む。
白い光が彼の視界を満たしていた。
種田は、視力を失ったままでも、二人の方に走り寄ろうとする。
「待て! ――うぐっ!」
しかし、痛みでその動きが止まる。
「くっ……。白詰黒雲……! 随分とやってくれましたね。自動回復が間に合っていない……!」
やがて、視界が元に戻ると、そこには、このはと姫奈の姿は無かった。
「逃がしましたか。しかし、流石に僕の脇をすり抜けるなんてことは不可能。となれば、合流を遅らせることはできたはずです。ひとまずは良しとしましょう」
種田は独り言ちる。
「伊川姫奈――裏切り者は必ず殺します」
種田の長い影が、アスファルトに伸びていた。
チーム黒撫とは、藤枝市の南西部、県道三八一号線の交差点で合流し、一緒に島田市へ入る予定だった。その合流地点まで来たのだが、二人の姿は見当たらない。
その代わり、今度は三人の刺客が立っていた。
運転席の藤乃と一瞬、顔を見合わせる。
三人全員に、面識があったのだ。
藤乃が自動車を停めた。
俺は自動車を下りる。
三人の内、一人は
「
三ヶ月ほど前に
鈴蘭の髪はこの前戦った時より伸びていたが、どうも艶を失っているように見えた。顔にも生気が無い。しかし、目だけはぎらぎらと光っていた。心はこの前と特に変わりは無かった。
「君影鈴蘭、それに大橋心。また人類を滅ぼすつもりかしら?」
そう訊く藤乃の声は刺々しかった。
「違う」
鈴蘭が否定する。
「わたしはそんなこと、もうどうでもいい。わたしはわたしの目的のために、手を貸しているだけ」
鈴蘭の目的……? 一体なんだろうか。
「まあ、なんにせよ斃すだけだ。藤乃、ゆや!」
「ええ。『ドレスアップ』!」
藤乃は白藤の『
「ふん。わたしは最初から本気でいくぜ!」
キヨミの姿が変わる。人間の女性から、異形の怪物――
「■■■■■!」
人からはかけ離れた声が響く。
「喰らえ――ッ!」
そこに、ゆやが火球を撃ち込む。
「『サイキック・バレット』!」
鈴蘭が無属性魔法で、不可視の弾丸を放つ。
藤乃がそれを拳で受け止める。
「鳥葬にしてあげますよ!」
心が毒属性魔法で操ったカラスが急降下してくる。
「『デトックス・ミスト』!」
俺は解毒魔法を霧にしてばら撒く。
カラスの動きが乱れた。
鈴蘭が、無属性の錬成魔術で不可視の剣を錬成し、藤乃に斬りかかる。
間合いの測れない斬撃を藤乃は難なく躱すと、鈴蘭に拳を叩き込む。
不可視の剣と『
一方、俺と心は
魔術師であれば、誰でも魔力免疫を持っている。これは、体内に侵入した有害な魔力を無力化するものだ。毒属性魔法の効果も当然、魔力免疫の対象になる。優秀な魔術師であるほど、魔力免疫は強い。そのため毒属性魔法は、同格以上の魔術師には効かないのである。これが、毒属性が弱いと言われる理由である。
しかし、いくら魔力免疫があるからといって、いくらでも毒属性魔法を無力化できるわけではない。魔力免疫にも限界はある。
俺は心が錬成した毒液を避ける。多少は当たってしまうが、魔力免疫にはまだ余裕がある。
一方こちらも、火属性の純粋魔術で攻撃する。錬成魔術ほど連射はできないが、その分、威力は強力だ。かすっただけでも火傷を負うので、心は大きく移動することを強いられる。
『大災厄』前は中古車販売店だったのだろう、放置された自動車が並んでいる中で、俺と心は魔法を
俺は地面を転がって自動車を盾にする。その自動車のフロントガラス越しに、心の姿が見えた。
「『ハイドロプレッシャー』!」
水属性魔法を中古車の正面に放つ。案の定、停車魔法が経年劣化していた自動車は、水属性の魔力に押され、後ろ向きに動き出す。後ろにいるのは、もちろん心である。
「――――ッ!」
心が車の影から跳び出る。
「『
そこに火属性の純粋魔術を撃ち込む。
心が身体を捻るが、魔力は心の左半身に当たり、炎上させる。
「ぐうッ!」
心は無属性魔法で消火を試みる。その隙に――
「ゆやッ!」
藤乃の声が聞こえた。
ゆやの方を向くと、彼女はキヨミのビームを喰らって吹き飛ばされていた。
ゆやは数十メートル飛んでアスファルトに墜落し、バウンドしながら地面を転がる。やがて、地に伏したまま動かなくなった。
キヨミの無数の眼が、ぎょろりとゆやを睨む。
「まずいッ!」
藤乃が跳んで、キヨミに殴りかかる。
その背後に、不可視の剣を持った鈴蘭が迫る。
これまでは、俺が心と、藤乃が鈴蘭と、ゆやがキヨミと、それぞれ戦うことによって、三対三を維持していた。しかし、ゆやが打ち破られた今、その拮抗状態は崩れた。
俺は鈴蘭の方に走ると、炎を放つ。
鈴蘭は不可視の剣でそれを払う。
炎を
「『アクア・ボール』!」
火属性に混ぜて、水属性魔法を投げつける。
鈴蘭は咄嗟にそれを不可視の剣で斬ってしまう。水属性の魔力は砕け、彼女の顔にかかる。
「うわッ!」
「『焔桜』!」
視界を奪われたその隙に炎を撃ち込む。
鈴蘭の
しかし、その時、キヨミの長い左腕が振るわれた。
ぐわっと宙に浮く感覚。
隣を見れば、藤乃も飛ばされていた。
そこに、キヨミの鳥の頭のような形の腕から、散弾のように拡散するレーザーが放たれる。
その黒い光に、全身のあちこちを貫かれる。
血液を空中に飛び散らせながら、俺と藤乃は地面に落下した。
「ぐぅぅ……」
藤乃が呻き声を上げる。
「ちょっと、ヤバいか……」
痛みで身体が動かない。
うつ伏せに倒れる俺の視界に、心が映った。
「終わりです。『心音綺導』――『
心の全身から、どろどろとした毒液が溢れ出す。
どす黒いそれは、集まって一つの形を取った。
――巨大な狼。
毒の狼は音も無く疾駆する。
眼だけが赤く光っていた。
そして、狼の
黒い狼は目の前まで迫っていた。
鋭い牙がいくつも見えた。
狼は、倒れ伏す俺と藤乃を、一口に噛み砕いた――
キヨミは、人間の姿のテクスチャを身に纏う。
そこに心と、魔法で消火した鈴蘭が近付いていく。
「佐倉と枝岡を、確かに殺したんだろうなァ?」
キヨミが心に問う。
「あれだけの毒液を浴びれば、確実に死んだでしょう。それより、ゆやはどうなんです? 致命傷は避けていたようですが」
「あれだけの傷なら出血多量だ。火属性のメイガス派では、碌な治癒魔法も使えまい。じきに死ぬ。それとも、近寄ってとどめを刺すか?」
「いえ。自爆でもされたらたまらないですから」
心は首を横に振った。
「――それなら」
鈴蘭が、射貫くような視線をキヨミに向けた。
「任務は完了したはずだ。そちらも約束を果たしてもらおう」
「約束?」
「忘れたとは言わせないぞ」
キヨミは笑う。
「ああ。覚えているよ。
ゆやがこの時代に跳んでくる数日前。『壁外』のアパートの一室で、心は朝食を並べていた。
簡単なスープとサラダ。シリアルに牛乳をかければ完成である。
エプロンを外して、心は座布団に座る。背の低いテーブルの向こうには、鈴蘭が座っていた。
「いただきます」
心が手を合わせる。
「……いただきます」
鈴蘭も小さな声でそう言った。
食事をしながら、心は話しかける。
「今日は午後から仕事で空けます。二十一時には帰ってくるつもりなので、それまで留守番よろしくお願いしますね」
「……ええ」
鈴蘭はもそもそとサラダを食べる。
アセビは、朔也と藤乃に敗北してから自信を喪失し、故郷に帰ってしまった。
黒雲に負けた理人は、修行の旅に出ると言って、どこかに行ってしまった。
鈴蘭の下に残ったのは、心だけであった。
朝食が終わると、心は食器を洗う。
理人には、旅に出る前に「指揮官を頼む」と言われていた。
食器を洗い終えて戻ると、鈴蘭はテーブルの前で、まだぼんやりと座っていた。
「寝癖、ひどいですよ」
「……そう」
心は鈴蘭を洗面所まで連れていくと、彼女の肩の辺りまで伸びた髪を、ブラシで整える。
鈴蘭は鏡に映る自分を見つめていた。その瞳には光が感じられない。
ヒガンを失ってから、鈴蘭はずっとこんな調子だった。
ヒガンは鈴蘭を利用して、人類を滅ぼそうとしていた。
全てが嘘だった。ヒガンにとって、鈴蘭は『星落とし』の儀式のための道具に過ぎなかった。知識を与えてくれたのも、守ってくれたのも、全ては人類を滅ぼすための手段だった。優しくしてくれたのは嘘だった。そもそも人間ですらなかった。
人類を滅ぼすという目標を掲げ、これまでずっと二人で走ってきたつもりだった。
けれど本当は、鈴蘭が独りで走らされているだけだった。
鏡に映る自分の顔が、ひどく虚ろに見えた。鏡の中の自分がこちらに手を伸ばして、そのままぐいっと鏡の世界に引きずり込んでくれればいいのに。なんて思った。
けれど――
――こんなに裏切られたのに、わたしはまだヒガンのことが好きだ。
ピンポーンと、思考を斬り裂くようにチャイムの音がした。
「はーい」
心が返事をする。
「ちょっと待っててくださいね」
心がそう言って、洗面所を出ていく。
なんとなく、鈴蘭もその後に続いた。
玄関に立っていたのは、背の高い男性だった。
「大橋心さん。それに君影鈴蘭さん」
「どなたですか?」
心が問う。
「僕は種田アサガオと言います。突然ですが、枝岡藤乃とその仲間たちを殺すのに、協力してくれませんか」
「――え?」
突然のことに、心はそんな声しか出なかった。
「もちろん、タダでとは言いません。枝岡藤乃と佐倉朔也。その二人だけで結構です。僕の指示に従い、その二人を殺してくれたら、ヒガンさんを蘇らせてあげましょう」
「ヒガンを……! それは本当か⁉」
鈴蘭が、心を押し退けるようにして、玄関口に出た。
「ええ。こちらにもヒガンさんと同種の地球外生命体、
「分かった! 協力する!」
鈴蘭は即答した。
「鈴蘭さんが協力するというのなら、僕も従います」
鈴蘭の後ろで、心は静かに言った。
「助かります。それでは、ついてきてください」
こうして、種田に導かれて、鈴蘭と心は玄関を出た。
「藤乃と朔也は殺した。約束を果たしてもらおう、キヨミ」
「ああ、それは嘘だ」
キヨミは事もなげに言った。
鈴蘭の動きがピタリと止まる。まるで心臓すら止まってしまったかのようだ。
県道三八一号線に、沈黙が満ちていた。
「嘘……?」
鈴蘭の口から、絞り出すような声が出た。
「ああ、嘘だとも。死者は蘇らない。当たり前のことだ」
「そんな……。じゃあ、わたしは……」
「ああ。アンタの行動は無意味だ。――
「キヨミ、お前ッ!」
心がカラスを操り、キヨミにぶつけようとする。
しかし、キヨミが腕を振った。カラスは全て撥ね飛ばされる。心も吹き飛ばされ、アスファルトに身体が擦り付けられた。
「ヒガンがアンタに感情らしきものを見せたとするのなら、それはアンタを効率良く支配するためだ。ヒガンはアンタのことをなんとも思っていない。そういう
「そんなこと……」
鈴蘭の目に涙が滲む。
「
彼女は叫んだ。
「わたしが空っぽなのも、ヒガンがわたしを利用していたことも、分かってるんだよ! だけど……だけど! 優しさ全てが嘘だったとしても! わたしがヒガンを愛おしいと想ったことは嘘じゃあない!」
鈴蘭の手から、不可視の魔力が放たれる。至近距離だったので、キヨミは対応できなかった。
魔力が直撃し、キヨミは呻き声を上げる。
「空っぽなわたしでも、この
鈴蘭は再び魔力を放つ。
しかし、不意打ちに二度目は無い。キヨミはそれ以上の魔力で押し返す。
鈴蘭の身体が、地面に叩き付けられた。
「アンタはもう不要だ。抹消する」
キヨミは手を向ける。その手に魔力が集まっていく。
「させるかッ!」
立ち上がった心が、鈴蘭とキヨミの間に割って入った。
「『サイキック・ショット』!」
キヨミが純粋魔術を放つ。
「『インヴィジブル・ウォール』!」
心は不可視の壁を錬成するが、それは簡単に壊され、魔力が彼に打ち付けられる。
「が――ッ!」
衝撃で心は片膝を突く。
「二人まとめて、殺す」
キヨミは先ほどよりさらに多くの魔力を、右手に集める。
「ああああああ!」
心が立ち上がった。叫んで己を鼓舞し、体内の魔力循環を加速させる。しかし、魔力量の差は歴然だった。キヨミの攻撃を、心は防げない。全員がそれを分かっていた。
それでもなお、心は、倒れそうになる身体を必死に支え、魔力を貯める。
「心くん、逃げて! どうして、わたしなんかのために!」
傷だらけの身体で、鈴蘭が叫ぶ。
「そんなの、鈴蘭さんが好きだからに決まってるじゃあないですか!」
心は、限界まで貯めた魔力で槍を錬成し、キヨミに叩き付ける。
キヨミも無属性の魔力を、心へと放つ。
「わたしは、心くんの気持ちには応えられない! ヒガンのことを、わたしはきっと一生忘れられない! だから――」
――逃げて、と鈴蘭は言う。
心は鈴蘭を振り返る。
「叶わない恋だからって、好きな人を見捨てる理由にはならない――ッ!」
錬成魔術と純粋魔術、威力の差は歴然だった。
心の錬成した不可視の槍はじわじわと削られ、キヨミの魔力は迫ってくる。
――そこに炎が燃え上がった。
火属性の魔力はキヨミに命中し、彼女の身体を炎上させながら吹き飛ばす。
キヨミの位置がずれたことで彼女の魔法の方向も逸れた。
純粋魔術は明後日の方向に飛んでいき、アスファルトに当たって巨大なクレーターを作った。
「ゆや……さん」
心の視線の先には、ゆやがいた。彼女には、ツタが絡みついている――否、ツタを錬成し、身体を支えているのだ。
「草属性……。隠していたのか。治癒魔法もそれで――」
鈴蘭も、苦しげに立つゆやの姿を見つめる。
「どうして、僕たちを……」
心が問う。
ゆやは、仮面から覗く口元を歪ませる。苦痛に耐えながら、彼女は笑っていた。
「――わたしと心は、少し似ているから。
わたしは、両親を救うために未来からやってきた。両親の生きられる未来に、わたしはいない。だけど、それでもいいって思うの。わたしは、助けたいから助けるんだから」
「ゆやさん……」
心は、ゆやの名前を呟く。
夕日が、ゆやと、心と、鈴蘭を照らす。その光は、燃え上がるように赤く、熱かった。
「手間をかけさせてくれるな。アンタたちのやっていることは、死を一分程度、先延ばしにしただけだ!」
キヨミが立ち上がった。人間態から本来の異形へと、再び姿を変える。
「■■■■■――ッ!」
「負けない。わたしは絶対に!」
ゆやは奥歯をぐっと噛んで、全身に力を込めた。
――意識が覚醒した。俺は心の『心音綺導』を喰らったはずである。しかし、まだ生きていた。
身体を見れば、藤のツルが巻き付いていた。『心音綺導』が当たる直前に、藤乃が守ってくれたようだ。これが毒液を吸収して、ダメージが抑えられていた。
酷く吐き気がする。魔力免疫でも無力化できないほどの猛毒が、全身に回っていた。
幸い、キヨミたちは意識があることに気付いていないようである。
藤乃の身体に触れ、水属性の治癒魔法をかける。同時に自分にも、治癒魔法を使う。
吐き気が収まっていく。死ぬほどのダメージを負ったことなら数知れない。治癒魔法を使うのには慣れていた。
「ぅ……ん……」
藤乃の瞼が、ゆっくりと開かれる。その顔は青白かった。
「目が覚めたか、藤乃。静かにしてくれ。まだ気付かれるわけにはいかない」
「わたし……は……」
『
「ごめん……朔也」
藤乃は、弱々しい声でそう言った。
「藤乃が謝ることじゃあない」
藤乃は首を微かに横に振る。
「……違う。わたしが弱いから。弱くなってしまったから。魔眼も無くなってしまって……。わたしには、朔也の隣にいる資格、無いの――」
「藤乃」
俺は、藤乃の手を握る。
手を通して、治癒魔法を伝える。
「俺は、藤乃が強いから好きになったんじゃあない」
「え――」
「だから、これからも、一緒にいて欲しい」
魔力を流し込む俺の手。それを、藤乃の手がぎゅっと握り返した。
「――ふふ、そっか」
藤乃の顔が綻ぶ。
「そうよね。わたし、そんなことも忘れていたわ」
藤乃が指を絡めてくる。
俺は一層、魔力を彼女に伝える。
藤乃は言った。
「朔也くん、もうちょっとだけ、わたしと頑張ってくれますか」
俺は答える。
「もちろん。……あいつらも頑張ってるみたいだしな」
「『
電光が閃いた。
藤乃の右手から放たれた雷属性の魔力が、ゆやたちに狙いを定めていたキヨミに命中する。
異形の怪物はその体勢を崩す。
「ふう。やればできるものね」
藤乃は残心の姿勢でそう言った。
「■■■■■――⁉」
キヨミの叫びは、混乱しているように聞こえた。
「――わたしは、強いから好きになるんじゃあない。好きだから、強くなるんだわ。
朔也のためにも、わたしは負けない!」
「■■■■■――!」
キヨミが体勢を立て直す。
藤乃は、倒れている鈴蘭の方を向く。
「ここは、一時共闘といきましょう」
鈴蘭は立ち上がる。
「分かった。わたしも種田には騙されたからね。一言、言ってやらないと気が済まない。でもあくまで『一時』――種田を斃すまでの仲間だからね」
「ええ。わたしも永続的というのはごめんこうむるわ」
「■■■■■!」
キヨミが鳥の頭めいた形状の腕をこちらに向ける。
「『
そこに、藤乃が雷撃を撃ち込む。高圧電流がキヨミの身体を流れ、体表には紫電がいくつも走った。
「ありったけの毒液を! 『ポイズン・ラッシュ』ッ!」
さらに、心が毒液を無数の弾丸にして射出する。キヨミの身体に当たった毒液は、その体内へと侵入して、神経を攻撃する。
電気と毒、二つの麻痺が、キヨミの動きを完全に止めた。
「朔也! ゆや!」
「鈴蘭さん!」
藤乃と心の声に、俺たちは答える。
「『心音綺導』――『桜火爛漫』ッ!」
「『心音綺導』――『多重加速魔力砲』!」
俺の赤い炎が、幾千の桜の花びらとなって宙を舞い、キヨミへと殺到する。
鈴蘭の不可視の魔力が、多段階の加速を経て、音すら置き去りにする速さでキヨミへと着弾する。
さらに、ゆやが空中へと跳び上がった。
「『心音綺導』――『狐の嫁入り』」
狐の嫁入り――それは、天気雨の別名である。
その名に
魔力の線は、一本一本は細い。しかし、それは魔力が弱いことを意味しない。むしろ、魔力が線になるまで高密度で圧縮されているので、その温度は空気すら灼けつくほどの高温である。
それが無数に降り注ぎ、キヨミの身体を貫いた。
キヨミの身体は内部から発火し、燃え上がっていく。
外部はと言えば、鈴蘭の魔力の衝撃で眼球は全て潰れ、俺の炎の桜が外皮を焼き尽くしていた。
黒い炭のようになり、キヨミの身体はボロボロと崩れていく。
やがて、その姿が揺らいだ。
キヨミは人の形になった。
「ああ……わたしは……負けたのか……?」
ヒトの声で、キヨミは問う。
ゆやが答える。
「お前の負けだ」
「……そうか。だが、ただでは死なない!」
キヨミが不可視の魔力をゆやに向けて放った。
「――――⁉」
不意を突かれたゆやの反応が一瞬、遅れる。それでもゆやは何とか躱した。
魔力がゆやの顔面すれすれを通り抜けてゆき、
キヨミの身体は、灰になって、跡形も無く消え去った。
俺と藤乃は、ゆやの素顔を見てしまった。
「あ――」
ゆやの口からそんな声が零れ出る。
俺は藤乃と顔を見合わせる。ゆやの素顔は、俺にも似ていたし、藤乃にも似ていた。それはつまり――
「どうやら、誤魔化しは効かないみたいだ」
ゆやは息を吐き出した。そして、俺と藤乃に真正面から向き合った。
「わたしの口から言おう。――わたしは佐倉ゆや。佐倉朔也と佐倉藤乃の娘だ」
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