第三話

 時は少し遡り、姫奈が種田と出会い、助けられて、治療を受けた後のことである。

 静岡県内某所、種田が用意した拠点の一つ。そこに連れてこられた姫奈は、種田に紹介された、白衣を着た少女と顔を合わせていた。

 廃ビルの一室を勝手に借用しているので、椅子すらなく、二人は立って向き合っていた。

「あなたが種田の仲間の、九重ここのえ カズラね」

「ふははは、わたしは科学者だ。是非、ブーゲンヴィリア教授と呼んでくれ」

「ブーゲンヴィリア教授……?」

 ブーゲンヴィリア教授は姫奈の周りをグルグルと回る。

「ふむ、キミが伊川姫奈くんか。実に興味深い」

 科学者としてのさがだろうか、教授は姫奈を様々な角度から観察する。

 教授の眼は両方とも、紫とピンクの中間くらいの色をしていた。

 ――魔眼。内臓まで見透かしてきそうだ。そう姫奈は思った。

「どれ、パンツは」

 ブーゲンヴィリア教授はしゃがみ込むと、姫奈のスカートをめくった。

「ちょっ……!」

「ほうほう」

「何すんの!」

 姫奈はスカートを押さえる。

「ちょっと気になってね。何しろ天才科学者だから」

「理由になってないでしょう⁉」

「実に慎み深いパンツだった」

 姫奈は頬を赤らめる。

「可愛い下着じゃあなくて悪かったですねッ!」

「いや、趣があって良かったよ。ふははは」

 ――こいつ、変態だ……! 姫奈は遅まきながら気付いた。

「というか、科学者なら、何を研究しているんだよ」

「文学から宇宙工学まで何でもさ。この世界にあるものは、何だって科学の対象になるし、無駄なことなんて一つも無いのさ」

 しゃがんだ体勢から、教授は姫奈を見上げる。その視線はきらきらとしていた。

「はあ……。ところで、種田の仲間って、何人いるの?」

 姫奈が訊く。

「キミを含めて七人かな。ああ、種田アサガオ自身は除外してね」

「他の人たちのこと、知ってる?」

「詳しく知らない。キヨミっていう得体の知れない女と、ウルシっていう名前の男と、何でも屋を名乗るおっさんがいたな。他のやつは全然知らない」

 ――わたし、教授、キヨミ、ウルシ、何でも屋、未知の人物X、未知の人物Y。この七人の仲間に種田本人を加えたのが、今の種田陣営の戦力か。

 姫奈がそんなことを考えていると、種田が入ってくる。

「二人とも、親睦は深まりましたか? 戦闘では連携が大事ですからね。仲良くお願いしますよ」

「ブーゲンヴィリア教授が変態だということが分かりました」

 種田は変態に視線を向ける。

「教授、ふざけるのもほどほどでお願いしますよ」

「わたしはいつだって真剣だ。可愛い女の子を本気で愛している」

「なおのこと悪いわ!」

 姫奈がツッコミを入れる。

「そうそう、教授、頼みたいことがありまして」

 種田に言われて、ブーゲンヴィリア教授が立ち上がる。

「なんだ?」

「ついてきてください」

 種田は出ていってしまう。

 教授もそれに続こうとして、しかし足を止めると、姫奈に向き直る。

「そうだ。キミにこれをあげよう。今日が誕生日なんだろう?」

 教授はお守りを姫奈に差し出す。縦に十センチ弱はある、大きめのものだ。

「なんですか、これ?」

「わたしからの誕プレだ。キミが本当に必要な時に役立つだろう。それじゃあ、種田が呼んでるからね」

 ブーゲンヴィリア教授は白衣を翻すと、種田の後を追って部屋を出ていった。

「なんでわたしの誕生日が今日だって、知っているんだ……?」

 姫奈は今日が十五歳の誕生日である。しかしそれを、ついさっき会ったばかりの教授が知っているはずは当然無いのである。

 ――これが魔眼の力だろうか。けれど、魔眼で誕生日を当ててなんの意味があるのか。直接訊けばいいだけだ。

「なんだったんだ、あの人……」

 姫奈はどっと疲れたような気がした。



 

 俺、ゆや、姉さんは、藤乃の運転する魔力自動車に乗っていた。

 俺も姉さんも、魔力二輪車はよく乗っていたが、自動車の運転は自信が無かったので、運転できると言う藤乃に頼むことにした。

 魔力自動車は、整備する者がいなくなってデコボコになった『壁外』のアスファルトの上を駆け抜けていく。

 大通りとその周辺は『壁外』でも比較的治安が良いので、スムーズに進むことができている。大通り周辺に住んでいるのは『壁外』でも真っ当な仕事をしている人達である。しかし少し大通りを離れれば、そこは危険地帯なので、こうはいかないだろう。「移動」すら安全でないのが『壁外』である。

 しばらく海沿いを進んだ後、道は内陸の方へ曲がっていく。俺たちは瀬戸川を超えて、かつての東海道本線の線路沿いに移動する。ちなみに東海道本線は、有志の鉄道オタクによって現在も細々とだが運行されている。

 焼津駅の辺りに差し掛かった。この辺りの道の両脇には『大災厄』前にはマンションだったと思しき大きな建物がいくつか残っている。

 そこで、道の真ん中に少女が立っているのを見つけた。

 藤乃は距離を取って自動車を止める。

「あれが……」

 俺は少女に視線を向ける。

「ええ。種田が用意した刺客だろう」

 後部座席のゆやはそう言うと、車から降りた。

 俺と姉さんもそれに続く。藤乃はしっかりエンジンを切ってから降りた。

 少女は攻撃を仕掛けるでもなく、全員が降りるのを待っていた。彼女はワイシャツに黒のスラックス、髪はアップにして後ろでまとめている。『大災厄』前の日本に多く存在したとされるOLという人種のような見た目だった。

 しかし、そんなことはどうでもいい。それよりも彼女の両眼は薄い赤紫色をしている。恐らくは魔眼である。

「あいつの眼……」

 藤乃も当然、気付いていた。

 姉さんが応える。

「魔眼だな。しかし、魔眼というのは、戦闘で役立つとは限らない。むしろ、しょうもない能力の方が遥かに多い。難しい魔法なんだ、魔眼は」

 藤乃がかつて持っていたもののような、直接的な攻撃ができる魔眼なんてものはほとんど存在しない。あまり刺客の少女の魔眼を警戒し過ぎると、足元を掬われる可能性がある。

「よく来たね。わたしの名前は九重カズラ、ブーゲンヴィリア教授と呼んでくれ」

 少女は言った。

「ブーゲンヴィリア教授……⁉」

 聞いたことがある。確か……。

「宮崎、否――『九州最強』の魔術師とはわたしのことだ! わたしは大橋理人より強いぞ」

 ――大橋理人。鈴蘭やヒガンの仲間で『名古屋最強』を名乗っていた男である。黒雲にさくっとやられたが、相手が悪かっただけで、その実力は俺や藤乃を上回る。撫子とはどっちが上だろうか。

 ともかく、その理人に匹敵する実力の持ち主として、ブーゲンヴィリア教授という魔術師の名前は俺も耳にしたことがあった。

「教授ということは、何かの先生なのか?」

 俺は訊く。

「いいや。かっこいいから名乗っているだけだ」

「自称かよ!」

 なんなんだこいつ……。

「ともかく、わたしはキミたちを始末しなければならない。悪く思わないでもらいたい――!」

 ブーゲンヴィリア教授が指をパチンと鳴らした。

 ――足元から魔力の匂い。

 俺たちは咄嗟に飛び退く。

 直後、俺たち四人が立っていた地面がそれぞれ爆発した。

 これは火属性の純粋魔術――否――!

付与エンチャントか……!」

 アルケミスト派の固有技術。魔法の効果を物質に付与する技である。

 自然魔術を付与エンチャントすることが多いが、純粋魔術を付与する例もけして少なくはない。

 それにしても、起爆されるまで、全く魔力の匂いがしなかったので気付けなかった。これほど高度な付与エンチャントを行えるとは、流石、『九州最強』を名乗るだけのことはある。

「この辺り一帯には、既に爆破魔法をいくつも付与エンチャントしている。そして、わたしの意志で自在に起爆できる。逃げ場は無いぞ」

 ブーゲンヴィリア教授はそう言って、また指を鳴らす。

 しかし――

「『フリーズ』――ッ!」

 姉さんが拳で地面を殴り、氷属性の魔力を注ぎ込む。

「何ッ⁉」

 その拳を中心にしてアスファルトに氷の結晶を描くように、魔力が広がっていく。

 火属性は氷属性によって相殺される。

 爆発は起こらなかった。

「『ドレスアップ』!」

 藤乃が『花嫁衣装ウェディングドレス』を身に纏い、強化された脚力で一気に間合いを詰める。

 ゆやも炎を拳に纏い、ブーゲンヴィリア教授に近付いていく。

 俺と姉さんは遠距離攻撃で援護しようと構える。

「地面だけと思ったか!」

 教授がまた指を鳴らした。

「どこだ――⁉」

 しかし俺の周りに付与エンチャントできそうなものはどこにも――

「朔也ッ!」

 姉さんが叫んだ。

 道沿いにあったマンションだった。爆発音と共に一階が破壊され、こちら側に急速に倒れてくる。

 まずい、離脱が間に合わない――!

 姉さんが俺を庇うように、こちらに駆け寄ってくる。

 そして――



 

 藤乃とゆやが振り向くと、朔也とこのはは降り注ぐマンションの瓦礫の中へと消えていった。

「嘘――」

 ゆやの声は震えていた。

「大丈夫。二人はこの程度じゃあ死なないわ。それより今は――!」

 藤乃はブーゲンヴィリア教授に向き直ると、距離を詰め、蹴りを叩き込む。

 しかし、教授はそれをあっさりと避ける。

「接近戦は得意ではないのだがね」

 そう言いながらも、続けて繰り出された藤乃の連続打撃を教授は躱し、あるいはいなして、全て捌き切る。

 ゆやが回り込み、側面から炎を放った。同時に藤乃の拳が教授を襲う。

 教授は藤乃の腕を掴むと、足を払い、パンチの勢いを利用して藤乃の体勢を崩す。

「しまっ――!」

 ゆやが魔法を止めようとするが遅かった。

「あっ――熱っつ」

 彼女の放った火属性の魔力は、教授に盾にされた藤乃の背中を焼く。

「『バタフライ・ブライダル』」

 さらに教授が魔法を起動する。すると、爆発音と共に、ゆやの身体からだが爆炎に包まれた。

「うぎゃああああッ!」

 叫び声を上げるゆや。

「バカなッ⁉ ⁉」

 藤乃も思わずそう言った。

 付与エンチャントは、何も無いところにすることはできない。何か対象となる物体が必要である。しかし今、藤乃には、ゆやの周りの空間が爆発したように見えた。地面に付与エンチャントされた爆破魔法は全てこのはによって打ち消されたはずである。無属性魔法のような見えない魔力の気配も感じなかった。「無」が爆発したとしか、藤乃には考えられなかった。

「枝岡藤乃」

 ブーゲンヴィリア教授が、藤乃の名前を呼ぶ。

「授業を始めようじゃあないか」

 教授は藤乃の腕を放す。

「どういうこと……?」

「わたしは知っているぞ。飛来者ヴィジターに対抗する一族、枝岡の血を引く者」

「――――」

 教授は攻撃してこない。ただ藤乃に語りかける。

「しかしキミは、『枝岡』としての資格を失った」

 教授の魔眼が、藤乃の右眼の眼帯を、射貫くように見つめる。

「魔眼による純粋魔術『雷藤』。キミはそれをもう使えない。『雷藤』の派生形でもある心音綺導も使えない。キミの戦闘能力は大きく低下している。佐倉姉弟はもちろん、未だ本気を見せないゆやにすら及ばないんじゃあないのか?」

「……だから、どうしたのかしら」

 藤乃は左眼で教授をにらみ返す。

「キミも自分で、薄々気付いてるんじゃあないのか? キミは足手まといだということだ。無能はプラマイゼロどころかマイナスになる。それでもキミは、佐倉朔也の隣で戦うのか?」

「それは……」

 藤乃は言葉に詰まる。

「おっと、キミの腕を掴んだ時、『花嫁衣装ウェディングドレス』の一部に爆破魔法を付与した」

 教授は言った。藤乃は即座に『花嫁衣装ウェディングドレス』の腕の部分をパージする。しかし一瞬遅く、藤乃は爆発で吹き飛ばされる。

「うわッ!」

 藤乃の身体は凍った地面を滑り、線路脇のフェンスに勢いよくぶつかった。

「ぐうぅ……」

「何の話をしていたんだったかな……? そうそう、授業だ。

 魔眼と属性は独立したものだ。属性は一生変わることは無い。追加も喪失も有り得ない。魔眼を失ったとしても、キミはまだ雷属性を使えるはずだ。使えないとしたら、それは身体しんたいではなく精神の問題だ」

 藤乃を見下ろすようにして、教授はをする。

「……なんのつもりかしら、教授?」

「うむ、なんのつもりだったか……。そうだ、キミを斃さなければならないんだった」

「待てッ!」

 藤乃とブーゲンヴィリア教授の間に、回復したゆやが割り込む。

「おや、まだ生きていたか」

 ゆやは右手を教授の方に向ける。いつでも純粋魔術で攻撃できる構えである。

 しかし教授は気にしない様子で、ゆやに話しかける。

 隙だらけの行動。逆にそれがゆやを警戒させる。誘われているようで、容易に攻撃できない。

「ゆやくん。キミのことは種田から聞いた。時間遡行魔法、実に興味深いよ。

 ――それについて、素人質問ですが、よろしいですか?」

「ここは学会じゃあない」

 ゆやの言葉を無視して、教授は問いかける。

「種田の話では、キミは数日しかこの時代に留まれない。それを過ぎると未来へ送り返されてしまうだろうとのことだった。ではそれは、? ?」

「……えっ?」

 そんな声を上げたのは、ゆやではなく藤乃だった。

 藤乃の視線を背中に受け、ゆやは答える。

「……帰れない。未来が変わったら、その未来は当然のことながら『わたしのいた未来』ではない。その場合は、わたしに対しては世界の修正力は働かない。期限を過ぎても、この時代に取り残されることになる」

 淡々と、ゆやは事実を告げる。

「そんな……。それじゃあ、ゆやは、負ければ未来の人類が滅ぶ。勝ったとしても、帰る場所を失う……。そんなのって……!」

 藤乃の声は、ゆやとは反対に、ひどく揺れていた。

「そう。ゆやくんに辿り着ける未来など無い。――ゆやくん、それでもキミは戦うのかい?」

 教授はなんでもないことを訊くようにそう言った。

 その時、倒れたマンションの残骸が吹き飛んだ。



 

「やれやれ、危なかったぜ」

 俺と姉さんは、瓦礫の天井を吹き飛ばして脱出した。

 姉さんが落ちてくる残骸を凍らせて二人分のスペースを確保していたので、ダメージは無かった。しかし、残骸を動かすとバランスが崩れて潰されかねなかったので、下手に身動きが取れないでいたのだ。慎重に残骸を退けて、ようやっと今、脱出できたというわけである。

「『バタフライ・ブライダル』」

 ブーゲンヴィリア教授が、何らかの魔法を使用する。

「避けて!」

 藤乃に言われて、咄嗟にその場を跳び退いた。

 直後、俺のいたところが爆発した。

「気を付けて朔也! そいつ、何も無いところを爆発させてくるわ!」

「……藤乃、何も無いところに付与エンチャントはできない。空気だ。空気がある」

 俺の言葉で、藤乃も仕掛けに気付いたようだった。

「そうか! 風属性の錬成魔術で作り出した空気の塊に付与エンチャントしているのね!」

 ブーゲンヴィリア教授は嘆息した。

「ネタが割れてしまったか。しかし、知ったところで感知できない爆弾を回避できるのかな?」

「『ミスト』」

 俺は水属性の魔力を霧に変えて広げた。

 すると霧の中に、水滴を押しのけるものがいくつか浮かんでいるのが見えた。

 ゆやが火球を放つ。藤乃がゆやの上を跳び越え、教授の背後に回り込む。

「『バタフライ――」

「『雪桜』」

 藤乃の近くに浮く空気爆弾を、姉さんの氷属性魔法が凍結させ、無力化する。

 教授は空気の膜を作り出し、ゆやの火球を防ぐが、藤乃の拳を背中に受けてしまう。

「うおおっ!」

 教授はつんのめるように前に飛ばされる。

 ゆやが火炎を纏った手で、飛ばされてきた教授の身体を掴む。そして、教授を燃やしながら、線路の方へと投げ飛ばす。

「ぐえッ!」

 教授は線路脇のフェンスに叩き付けられた。

「――――ッ!」

 ゆやは無言の気合いと共に、さらに純粋魔術を叩き込む。

「うわあああ!」

 教授はフェンスを突き破って勢いよく吹っ飛び、炎上しながら砂利の上を転がった。

 やがて、教授の動きが止まり、炎も消える。ゆやは、倒れ伏す教授に近付くと、静かに言った。

「わたしには辿り着ける未来が無い――そんなこと、覚悟の上です。わたしは、パパとママが生きられる世界があれば、それで充分だから――」

「ふふふ、ははははははは!」

 教授が跳ね起きる。

「そうか。それがキミの覚悟か、興味深い」

 あれだけ攻撃を喰らっていたのに、まだ動けるようだった。

 唐突に、教授は髪を下ろすと、どこから取り出したのか、白衣を羽織る。

「…………何をしている?」

 ゆやが問う。

「講義は終わりだからな。いつまでも仕事の格好をしているのはおかしいだろう?」

「白衣が普段着なのか……? いや、そうじゃない。終わり?」

 俺はフェンスの穴をくぐって教授に近寄る。

「そうだ。わたしにもう戦意は無い。しかし忘れるな。わたしは再び姿を現すだろう。藤乃くんはその時までに、答えを出しておきなさい。あ、後、ゆやくんは、その狐面を外した方が可愛いと思うよ」

 ゆやは教授の顔をじっと見る。

「ブーゲンヴィリア教授、あなたは本当に種田の仲間なのか? まるでわたしたちにアドヴァイスするかのように――」

「いつわたしが、『自分は種田の仲間だ』と明言したのかな? 別に、キミたちの仲間だとも言っていないけれどね」

 その時、焼津駅から電車が発車した。

「よっと」

 教授は先端にアンカーの付いた鎖を錬成すると、投げてその電車の車体に刺した。それから、教授は鎖を魔法で巻き取る。彼女の身体は電車の側面に貼り付いた。

 電車はパンタグラフを通じて架線から雷属性の魔力を受け取り、その速さを増していく。白衣の裾をはためかせて、教授はどんどん遠ざかっていく。

「待て!」

 駆け寄ってきた姉さんが、魔法を撃とうとする。

「ダメだ姉さん! 乗客を巻き込むわけには……!」

「チッ……」

「火と風だけじゃあなくて、鋼属性も持っていたのね……」

 藤乃がそう言った。



 

 朔也とこのはは、魔力自動車へと戻っていく。

 ゆやもそれに続こうとして、しかし足を止めて振り向いた。

「藤乃、どうしたんだ?」

 藤乃は『花嫁衣装ウェディングドレス』を解除したまま、ぼんやりと立ち尽くしていた。

「ゆやは……」

「――――?」

「ゆやは本当に、それでいいの? 未来を変えて、それで……」

 ゆやは首を傾げる。

「ああ……。未来が変われば、わたしを未来に送り返す以外の形で世界の修正力が働くから、元々の歴史ではこの時代から六年後に生まれる『ゆや』は、別の名前の別の人物として生まれることになる。わたしがこの時代に残っても『ゆや』が二人いるという奇っ怪な事態にはならない」

「そういうことじゃあなくて、未来を救えば、ゆやは帰る場所を失う。本当にそれでいいの?」

 ゆやは頷く。

「教授にも言ったように、わたしは構いません。わたしの生命いのちは、わたしの『特別』な人のために使いたい」

「…………。ゆやがそういうのなら……」

「それに、この時代に残るというのも悪くないと思っている。この時代の日本を一周する旅とかも楽しそうだ。わたしは悠々自適な老後を送るつもりだから、心配しなくていい」

 ゆやはそう言って少し笑った。

「ふふ、老後って」

 つられて藤乃も笑った。

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