第2話

「『探偵』ってすごいんですね!」


 心の底からの感嘆。

 部屋の中を確認していたダニエルはヴィリーの突然の言葉に動きを止めた。もしかして、今の言葉は自分に向けられたものだろうか。目を白黒させる。

 けれど、ヴィリーはそんなダニエルの反応に気づくこともなく言葉を続けている。


「婚約者の自分も警備隊の人達も部屋には入らせてもらえなかったのにこんなに簡単に入らせてもらえるなんて」

「あ、ああ。いえ、まあそうですね。僕は、『探偵』ですから」


 あははと笑って誤魔化したが、大家がアルマの部屋の鍵を開けてくれたのは『探偵』だからではない。『ダニエル』だから入れてもらえただけだ。ただ、今その説明をする必要はない。ダニエルはわざとらしく別の話題を振った。


「アルマさんがしばらくの間この家に帰ってきていないのは確かなようですね」

「え! わかるんですか?」

「はい。室内から二人分の魔力の痕跡が感知できました。どちらも薄くなっているところをみるとこの部屋を最後に訪れたのはかなり前のはず……。あ、ちなみに一人はヴィリーさんのものだったのでもう一人のがおそらくアルマさんのものだと思います」


 二人分の魔力と言った時、ヴィリーの顔が強張った。慌ててつけ加えれば、ヴィリーの表情が和らぐ。


「そうですか。アルマは僕以外の人を家に招いたことはないので間違いないですね」

「なるほど」

「はい。というか、『探偵』というのはそんなことまでわかるんですね! 魔道具は使っていませんでしたよね? もしかしてっ」


 興奮したように聞くヴィリーにダニエルは微笑み、己の目を指さし頷き返す。


「『鑑定魔法』を使ったんです」

「やっぱり! いいなあ。僕には魔道具を起動させるくらいの力しかなくて」

「充分ですよ。普通に生活するのに困りませんし」

「まあ、そうなんですけど……。正直、憧れます。僕も魔力が高かったらなあ」

「ははっ」


 気まずげに笑ったダニエルを見て、ヴィリーが慌てて話題を戻す。


「えっと、それで他にも何かありましたか?」

「そうですね。他には……」

「?」


 一点をじっと見つめるダニエル。ヴィリーはその視線の先を辿ろうとしたが、その先にあったのはただの壁。どうしたのかと小首を傾げる。ダニエルは我に返ったように首を横に振った。


「すみません。考え事をしていました」

「はあ」

「ヴィリーさん、一点聞いても?」

「もちろんです」

「ヴィリーさんはこの家によくきていましたか? いや、この質問に深い意味はありません。ただ、もしよくきていたのであればヴィリーさんにも今一度部屋の中をしっかりと見て異常が無いか確認してもらいたいんです」


 一瞬強張ったヴィリーだったが、すぐに元の柔和な笑顔を浮かべる。


「そういうことですか。うーん。アルマはそもそも自分のテリトリーに他人を招きたがらない人なんです。ですから、僕もあまりこの部屋に入ったことがなくて……それでもいいなら」

「ぜひ、お願いします」

「わかりました」


 ヴィリーが部屋を見て回るのをダニエルがついていく。先程とは逆だ。


「特に変わったところはないように見えますね。おそろいのカップや食器類、僕がプレゼントした絵姿もそのままですし」


 言われて気付いた。ベッド横のテーブル上には見覚えのある絵姿が額縁に入れて飾ってあった。まさか二枚描いてもらっていたのかと驚く。


「お二人は大変仲がよかったんですね」

「はい」


 即答で頷き返したヴィリー。ダニエルは絵姿をじっと見つめた後、視線をヴィリーに戻した。


「では、この家の捜索は一旦ここまでにしてアルマさんのバイト先にも行ってみましょうか」

「そうですね。あ、ちょっと待ってもらってもいいですか?」

「はい」


 ヴィリーはおもむろにキッチンへと行くと、引き出しからゴミ袋を取り出し、その中に保存棚から取り出したモノを無造作に入れていった。腐った食べ物、袋菓子、コーヒー豆。あっという間にゴミ袋がパンパンになる。


「すみません。こういうの気になってしまう質でして」

「いいえ」

「僕はこれを捨ててから行くので、あれでしたら先に行ってもらっててもいいですか」

「わかりました」


 ダニエルとしても好都合だった。アルマのバイト先についたダニエルは今のうちにと店長からアルマのことやそれ以外のことについても聞き出そうとした。が、たいした収穫は得られなかった。


 アルマに付き合っている人がいることは店長も知っていた。相手がヴィリーだということも。けれど、アルマの口からヴィリーの話が出たことはなかったらしい。それどころかアルマは自分自身の話もしようとしなかったそうだ。


 ただ、アルマが仕事に対してまじめだったのは確か。そのまじめさを評価して、正社員にならないかと誘ったこともあったという。その時は考えさせてほしいと言われ、慎重なアルマのことだからよく考えて答えを出したいのだろうと思い催促はせずに待っていたらしい。そんな真面目なアルマが無断欠勤しているのはやはりおかしい。と店主もとても心配していた。ヴィリーが警備隊に相談しに行かなければ自分が行っていたとも。


「すみません。遅くなっちゃって」


 バイト先を出たところでヴィリーが合流した。


「いえ」

「どうでした?」

「アルマさんが無断欠勤しているのは本当でした。勤務態度も真面目なようで今までこのようなことは一度もなかったと」

「そうなんですよ! だから、やっぱり何かの事件に巻き込まれたに違いないんです!」

「ええ。その可能性が高いですね。ちなみに、アルマさんと最後に会った時何か変わった様子はありませんでしたか?」

「変わったこと……」


 顎に手を当てて考え込むヴィリー。そんなヴィリーをダニエルは眼鏡越しにじっと見つめていた。しばらくしてヴィリーは申し訳なさそうに微笑んだ。


「すみません。結婚式について意見の食い違いがあって喧嘩したことは覚えているんですけど……他のことはあまり覚えていなくて」

「いえ。一ヶ月も前の話ですからね。仕方ありません。ですが、もし何か思い出したら教えてもらえますか。どんな些細なことでもいいので」

「もちろんです」

「それでは、今日はこのへんで終わりましょうか」

「え、もうですか?」

「はい。僕は一度事務所に戻って今日得た情報を整理したいと思います。そうすることで見えてくるものもありますから」

「そう、ですか」


 ヴィリーは残念そうに頷いた。


「わかりました。焦ったところで僕が頼れるのはもうダニエルさんしかいませんしね……。どうか、よろしくお願いします」

「ええ。お任せください」


 二人はその場で別れた。ダニエルはヴィリーの背中が見えなくなったところで歩き始める。事務所へ、ではなくもう一度アルマの家に向かって。


 一箇所確かめたいところがあったのだ。一人で。

 二人の仲睦まじい絵姿、ではなくその横のベッドの枕上。一見すると何の変哲もない壁をノックする。左から右へ、上から下へ、そうしていくうちに音が違う箇所を見つけた。


 ――――ここだ! 埋め込み式の金庫。魔法がかけられている。この金庫を開けられるのはアルマさんだけ。……でも、僕なら。


 深呼吸をしてダニエルは眼鏡を外した。ダニエルの瞳が映す世界が変わる。先程までは見えていなかったモノが見えるようになる。


「おいで。力を貸してくれる?」


 ダニエルの近くを飛び回っていた光が「もちろん」とでも言うようにダニエルに近づいた。

 思わず目を閉じそうになって必死に耐える。目をかっぴらいていると光はダニエルの眼球に近づき、触れた。激痛が走るが耐えるしかない。コレが対価なのだから。

 しばらくして満足したのか光が離れていく。


 ダニエルは痛む瞳をぎゅっと閉じた後、もう一度開き、金庫を見つめ指さした。


「コレを開けてくれる?」


 光が金庫に触れるとカチャリと音がして、壁の一部が扉のように開いた。

 ダニエルは中を覗き込む。


「これは……」


 中に入っていたのはお金が入った袋と化粧品、花飾りのついた髪留め。お金はともかく化粧品と髪留めは何故だろうと首をひねる。それについてはわからないが、他にわかったことはある。

 わざわざこんな金庫を用意してまで隠していたということは、ここにあるのはアルマさんにとって大事な物。その大事な物を置いて行ったということはアルマさんの身に予期せぬ事態が起きて、姿を消したのだということ。

 ただ、このことはヴィリーには言わない方がいい気がする。ひとまずは。


「それにしても……コレ、なんだか変な痕跡が残っているなあ」


 髪留めから感知できた魔力は二つ。一つはアルマのだが、もう一つは違う。ヴィリーのではない。単純に考えればコレを作った人か、コレを売った人のものだろうが……。もしかしたら……。


「調べることが増えたなあ」


 まいったなあと頭をかくダニエル。解決に繋がる糸口どころか、謎が深まっただけだ。


「『ネコ探し』とかと違って『人探し』ってこんなに複雑なんだ」


 でも、ダニエルの理想の『探偵』というのはそういうものだ。自ずとダニエルの口角が上がる。ヴィリーには申し訳ないが、今ダニエルは『探偵』になってから初めてやりがいというものを感じている。


 ダニエルは眼鏡をかけなおし、やる気に満ちた顔でアルマの家を出た。


「ダニエルさん」

「ヴィリーさん?! どうしてここに」


 まさかのヴィリーに出くわして焦る。ヴィリーも戸惑っているようだった。


「家でアルマのことを考えていたら居ても立っても居られなくなってついココに。それよりもダニエルさんはどうしてココに?」

「僕も似たようなものです。見落としがないか確認しにきたんです。まあ、成果はなかったんですけど」

「そう、ですか」


 残念そうに目を伏せるヴィリー。気まずいが今さっきのことを正直に話すわけにはいかない。特に彼には。

 地面を見つめ黙り込んでいたヴィリーは思い切ったように顔を上げた。ダニエルは驚いて身体を揺らす。


「あの! 僕、黙っていたことがあるんです!」

「は、はい?」

「証拠はないし、僕の勘違いかもしれないからずっと黙っていたんですけど……。黙っていてアルマに何かあったらと思うとやっぱり話した方がいいと思って僕は……」

「ちょ、ちょっと待って下さい。アルマさんの失踪に心当たりがあるんですか?」

「はい。僕、アルマをさらった犯人に心当たりがあるんです」


 真剣な顔でダニエルを見据えるヴィリー。ダニエルは戸惑いつつもヴィリーに話の詳細を求めた。

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