六、今生の別れ
一
ゴソゴソとなにかが動く感覚に、翠玉は重い瞼を持ち上げた。
うっすら開いた視界には、逞しい背中と鮮やかな紅色の長髪が映る。
翠玉の視線を感じた暁嵐は、寝台の縁に座った状態で翠玉に振り向いた。
「おはよう、翠玉」
優しく微笑む暁嵐に、翠玉の胸がドクンと弾む。
暁嵐は、二人きりの時は翠玉、誰かがいる時は翠風と呼ぶ。
翠玉は、生まれた時から使っている名を、暁嵐に呼ばれるのが好きだった。
だが、暁嵐がつけてくれた名前も気に入っている。両方で呼ばれるのが一番いい。過去の自分と新しい自分、どちらも受け入れてくれている気がするから。
暁嵐は上着を羽織ると、翠玉に手を伸ばし、頬を指の背で撫でた。
「もう少し寝ておれ、疲れたであろう」
暁嵐は昨日の夕方に一度来て、会食が終わった後にまたやって来た。そしてそのまま、二人仲良く寝所で朝を迎えたのだ。
一日にそう何度も寵愛を受けては、さすがの翠玉も気怠さを覚える。とはいえ、もちろん嫌ではない。
「……そんなやわじゃないわ」
「無理をするなと言うておるのじゃ」
それなら手加減しなさいよ、という台詞が喉元まで出かかる翠玉だが、まだ頭の中が甘くて、声にはならなかった。
それから暁嵐は立ち上がると、手早く衣を身につける。
着替えをすべて臣下に任せる君主もいるが、暁嵐は自分でも上手く整える。
その優雅なまでの手際のよさを、翠玉は布団に横たわったまま眺めていた。
「見送りはよい、またな、翠玉」
「もう今日はいいからね、陛下もたまには休んでちょうだい」
「それは約束できんな」
ニッと口角を上げる暁嵐に、翠玉は頬を染めながら眉間に皺を寄せた。
扉から出てゆく暁嵐を見送った翠玉は、ふうと一息つくと、ゴロンと仰向けになる。
焦茶色の寝台で天井を見ていると、徐々に瞼が重くなってきた。
ここにいる限り、奇襲されるなんてことは滅多にない。
目覚めを急かされることもなく、栄養のある美味しい手料理も出てくるし、部屋も綺麗で、豪華な装いもできる。
皇帝の寵さえあれば、皇妃の暮らしは贅沢極まりない。
初めての恋愛と快適な生活に、翠玉の緊張が多少解れるのも仕方ないことだった。
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