一方、翠玉の屋敷を出た凛玲と司馬宇は、隣り合って扉のそばに立っていた。

 司馬宇は、いつも通りの無愛想な顔で黙り込み、少し離れた先の壁を見ている。

 しかし凛玲の方は、少し落ち着かない様子で目をあちらこちらに動かしていた。

 司馬宇からは会話をしようという空気が一切ない。

 別に凛玲が女官だからとか、女官をバカにしているからではない。単に無口なだけだ。

 そんな彼に、凛玲が躊躇いがちに口を開いた。


「……司馬宇様は、翠風様と親しいのですか? 口調が……そのように感じたので」


 凛玲は、翠玉が暁嵐を奇襲した時、司馬宇と戦ったことは聞いていた。

 とはいえ、今までどんなやり取りをしたか、現在どのような関係性なのかまでは知らない。

 生誕祭での演舞についても、翠玉が踊ることは聞いていたが、司馬宇も一緒とは教えられていなかったのだ。

 敵同士で出会い、命のやり取りをした二人。普通に考えれば、不穏な仲だろう。

 だが、凛玲から先ほど見た二人に、そんな様子はなかった。

 むしろ親しげな様子に、凛玲は驚いていたのだ。

 凛玲に指摘された司馬宇は、前を見たまま眉間に皺を寄せた。

 ちょっとよろしくなかったかと、反省するような気持ちもあった。


「……まぁ、ちょっといろいろあってな、だが、人前ではやはり敬語を使うべきか」


 凛玲に話しているというよりも、自分自身に言い聞かせるようにぶつぶつこぼす司馬宇。

 彼は凛玲が翠玉の旧友であることも、暗殺の仲間であることも知らないので、当然、翠玉との出会いは話せない。


「翠風様が、お友達、と呼ばれていました」

「ああ、勝手に言っとるんだ……しかし、寵妃がたかが宦官に友達とは……本当におかしな奴だ」


 目を閉じて小さく笑う司馬宇に、凛玲は翠玉と彼の関係性を見た気がした。

 司馬宇は凛玲が宮廷入りした時にはすでに、暁嵐付きの宦官だった。

 皇帝である暁嵐と行動をともにしている司馬宇を、凛玲は今までこんなふうにそばで見ることがなかった。

 催しの時など、たまに遠巻きに見かけると、いつも表情が固くて怖い印象しかなかった。

 そんな司馬宇に、こんな柔らかい顔をさせるなんて、翠玉はやっぱりすごいと思う凛玲。

 しかしそこにあったのは、尊敬の念だけではなかった。


「……あたし、そろそろ夕飯の支度をしてまいりますね」

「ああ、ゆっくりでいいぞ、どうせギリギリまで出てこられないだろうからな」

「ふふ……はい」


 見張りに徹する司馬宇に背を向け、凛玲は屋敷を離れてゆく。

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