「……皇帝陛下でも、一人ではできないことがあるの?」

「あるに決まっておろう、むしろ、一人ではできぬことばかりじゃ、守るべき民と、支えてくれる臣下あってこその皇帝……そして、今は、翠玉がいてこそのわしじゃ……こうして話してみると、皇帝なんぞ大したものではないかもしれぬな」


 暁嵐は穏やかに微笑んでみせると、深緑の帳を開け、寝台にそっと翠玉を寝かせた。

 まるで自分の弱みを見せることで、翠玉を安心させるかのようだ。

 決して慢心せず、広い視野で物事を捉えている。

 布団に仰向けに横たわりながら、翠玉の胸は強く締めつけられてゆく。

 もう、言ってしまおうか。請負人の存在も、依頼人を探していることも。そうしたら楽になれるだろうか、この方に嘘をつかなくても済むだろうかと、翠玉は思う。

 しかし、話したところで、信じてもらえるだろうか。疑わしい相手は、暁嵐のいわば家族だ。すべて話して納得してもらえなかったら、自分はともかく、凛玲は一体どうなるのか。

 そう考えると、翠玉はどうしても打ち明けることができなかった。

 話してしまいたい感情と、塞ぎ込む理性が葛藤して、息苦しくなる。

 

「陛下、私は――」


 切なげな表情で口をつぐむ翠玉に、暁嵐は優しく語りかける。


「翠玉……わしはお前のすべてを受け止める、それぐらいの器はあるつもりじゃ……ゆえに待つ、お前が本当に心を許してくれる日を」


 暁嵐の真紅の瞳が翠玉を映す。

 燃えるような赤なのに、どこまでも透き通った、陽の光のよう。

 そのあまりの温かさに、翠玉の身も心も溶け出す。

 このままではダメだとわかった……だから翠玉は逃げたのだ。


「陛下……抱いてください」


 のしかかる暁嵐に、翠玉は手を伸ばして言った。

 そして暁嵐を抱き寄せると、自ら唇を重ねた。

 二人の視線が間近で絡み合う。

 誰にも邪魔されない、この時だけは、二人きりの幸せな空間だ。


「首飾りは外さないで」


 翠玉の願いに、暁嵐は目を見開いた。

 暁嵐の独占欲を、ずっと肌に感じていたかった。

 そんな翠玉の意図を察した暁嵐は、たまらず翠玉を貪った。

 翠玉は暁嵐といると、度々自分の立場を忘れた。

 自分が自分でなくなるような、今まで築き上げたなにかが、蕩けて消えて、別のものに作り替えられる。

 否……作り替えられたい。そう願ってしまっている自分に、もう、気づいていた。

 ――嗚呼、そう……これが、恋い慕い、愛するということ……。

 翠玉は二人きりの籠の中で、必死に愛しい者の愛を乞うた。


「陛下…………愛しています」


 暗殺者であることさえ忘れて、恋に身を投じ、愛に酔う。 

 だから翠玉は気づかなかったのだ。

 凛玲の、些細な変化に――。

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