七
「……皇帝陛下でも、一人ではできないことがあるの?」
「あるに決まっておろう、むしろ、一人ではできぬことばかりじゃ、守るべき民と、支えてくれる臣下あってこその皇帝……そして、今は、翠玉がいてこそのわしじゃ……こうして話してみると、皇帝なんぞ大したものではないかもしれぬな」
暁嵐は穏やかに微笑んでみせると、深緑の帳を開け、寝台にそっと翠玉を寝かせた。
まるで自分の弱みを見せることで、翠玉を安心させるかのようだ。
決して慢心せず、広い視野で物事を捉えている。
布団に仰向けに横たわりながら、翠玉の胸は強く締めつけられてゆく。
もう、言ってしまおうか。請負人の存在も、依頼人を探していることも。そうしたら楽になれるだろうか、この方に嘘をつかなくても済むだろうかと、翠玉は思う。
しかし、話したところで、信じてもらえるだろうか。疑わしい相手は、暁嵐のいわば家族だ。すべて話して納得してもらえなかったら、自分はともかく、凛玲は一体どうなるのか。
そう考えると、翠玉はどうしても打ち明けることができなかった。
話してしまいたい感情と、塞ぎ込む理性が葛藤して、息苦しくなる。
「陛下、私は――」
切なげな表情で口をつぐむ翠玉に、暁嵐は優しく語りかける。
「翠玉……わしはお前のすべてを受け止める、それぐらいの器はあるつもりじゃ……ゆえに待つ、お前が本当に心を許してくれる日を」
暁嵐の真紅の瞳が翠玉を映す。
燃えるような赤なのに、どこまでも透き通った、陽の光のよう。
そのあまりの温かさに、翠玉の身も心も溶け出す。
このままではダメだとわかった……だから翠玉は逃げたのだ。
「陛下……抱いてください」
のしかかる暁嵐に、翠玉は手を伸ばして言った。
そして暁嵐を抱き寄せると、自ら唇を重ねた。
二人の視線が間近で絡み合う。
誰にも邪魔されない、この時だけは、二人きりの幸せな空間だ。
「首飾りは外さないで」
翠玉の願いに、暁嵐は目を見開いた。
暁嵐の独占欲を、ずっと肌に感じていたかった。
そんな翠玉の意図を察した暁嵐は、たまらず翠玉を貪った。
翠玉は暁嵐といると、度々自分の立場を忘れた。
自分が自分でなくなるような、今まで築き上げたなにかが、蕩けて消えて、別のものに作り替えられる。
否……作り替えられたい。そう願ってしまっている自分に、もう、気づいていた。
――嗚呼、そう……これが、恋い慕い、愛するということ……。
翠玉は二人きりの籠の中で、必死に愛しい者の愛を乞うた。
「陛下…………愛しています」
暗殺者であることさえ忘れて、恋に身を投じ、愛に酔う。
だから翠玉は気づかなかったのだ。
凛玲の、些細な変化に――。
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