「またそんな……高そうなものを」

「大丈夫じゃ、わしの――」

「はいはい、もうその言い訳は耳タコですから」


 どこの世界に、妾のために自分用の予算を削って貢ぐ皇帝がいるのか。

 そう思った翠玉は、少しあきれて冷たい言い方をしてしまったが――。


「そう言われると思い、全部買おうとしたところを、この一品だけにしたんじゃが……あまり、好みではなかったかの?」


 あからさまにしょぼんとする暁嵐に、翠玉の胸がズキリと痛む。

 刺されたわけでも、毒を盛られたわけでもないのに、精神から来る重い痛み。これが罪悪感なのかと、翠玉は改めて感じた。

 なんとも思わない男には、お世辞や色仕掛けも簡単なのに、本命である暁嵐の前では、つい可愛げない態度を取ってしまう。

 嘘に慣れていた翠玉は、本音で接することの方が難しいのだ。


「……つけてくださいますか?」


 翠玉のその一言で、暁嵐はパッと顔を上げ、機嫌を持ち直す。

 暁嵐が席を立ち翠玉の後ろに回ると、翠玉は長い髪を指先で寄せて、首の横に流した。

 露わになったうなじの、なんと情欲的なことか。暁嵐はすぐにでも喰らいつきたくなるのを堪え、翠玉の顔の方に首飾りを回すと、うなじの辺りで爪を合わせ装着した。

 うっすら血管が透けるほど、色白の肌に細い首。そこに輝く翡翠の首飾りは、翠玉の艶やかさをいっそう引き立てていた。

 翠玉は首元に光る首飾りに、そっと優しく触れた。

 暁嵐が多くの品から、翠玉のために選んだ一品。あれがいいか、これがいいか、自分のために思い悩む暁嵐を想像した翠玉は、ふっと幸せそうに微笑んだ。


「……とても綺麗です……大切にしますね」


 翠玉の後ろに立っていた暁嵐は、その表情を見ることはできなかったが、感情の籠った言葉から喜びは十分に伝わってきた。

 一安心した暁嵐は、翠玉の華奢な両肩に手を置いた。


「おなごに首飾りを贈る男の真理を知っておるか?」

「さあ……? それは聞いたことありませんが」


 翠玉にゆっくりと体重をかけるように迫った暁嵐は、貝殻のような耳元で囁く。


「お前を縛りたい――」


 男らしく低い声が、翠玉の鼓膜を揺さぶる。

 不意に訪れるしばしの沈黙を、凛玲と司馬宇がじっと見守る。

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