「どこに行っておったのじゃ? そこの女官に聞いたが、すぐに戻るゆえ、直接翠風に聞いてくれと言われてな」


 暁嵐の言葉に、翠玉は胸を撫で下ろした。

 同時に、扉のそばに立つ凛玲に目をやる。

 凛玲は軽く頭を下げた状態で、微笑んで翠玉に応えた。

 変に気を回して嘘の返事をするでもなく、勝手に事実を伝えるでもない。凛玲の最良の答えに、翠玉も笑顔で応じた。

 そして再び暁嵐に視線を戻すと、僅かな間に思案する。

 雲嵐に会ったといえば、変に勘繰られるかもしれない。そうすれば依頼人の探索の邪魔になる。

 かといってあからさまな嘘はかえって怪しいか。

 すべてを踏まえて、翠玉は答えを出す。


「……華殿に行っておりました」


 悩んだ末、翠玉は行った場所は伝えることにした。

 移動中の姿を見た誰かから、暁嵐の耳に届いてもおかしくないように。


「ほう、そうであったか、そこの女官……ああ、名はなんと申す」


 暁嵐は身体を傾けて、部屋の端に立つ凛玲に声をかけた。


「梓凛玲と申します」

「凛玲か、よい名じゃな、華殿のことは、その凛玲に聞いたのか?」


 わざわざ女官の名前を聞いた上に、褒めるなんて、雲嵐がこの場にいたらどう思うのだろう。

 少なくとも、暁嵐からは女官を見下している様子は感じられない。 

 そこもまた、器の違い。翠玉はそう感じていた。


「いいえ、同じ皇妃に聞いたのです、なんせ段以上の皇妃しか入ることができない特別な場所ですから」

「そうか、誰と行ったのじゃ?」

「……凛玲と行きました、後宮に入って間もないので、一緒に行くような親しい相手もおりませんから」


 暁嵐の質問一つ一つに、神経を張りながら答えてゆく翠玉。

 あくまで雲嵐の名前は出さずに、正しい返事をする。

 凛玲と行ったのは嘘ではない、二人きりとは言っていないので、万が一疑われても逃げ道があるように。


「そうであったか、ならば今度はわしと行ってみるか」


 いやいや、もう、お願いだからそっとしておいてくれと思う翠玉に、翠玉と二人で行ってみたいと考える暁嵐。


「陛下にとってはもの珍しくもない、見飽きた場所でございましょう?」

「そうでもないぞ、あそこは母上がおなごたちのために作った場所であるからな、皇帝なんぞが行き出すと、他の者が使いにくくなるから控えなさいと最初に釘を刺された。ゆえに作られてすぐに一度行ったきりなんじゃ」

「……なるほど、確かに一理ありますね、さすが皇太后様」


 女たちを気遣い作ったその場所で、息子の暗殺の取引きが行われていたなんて、皇太后は夢にも思っていないだろう。まだ確定ではないが、限りなく事実に近い。

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