五、決意

 翠玉が後宮に戻り、奥の石畳みを歩いていると、ふとあるものが目についた。

 翠玉の屋敷の前に、誰かが立っている。

 大柄で短髪の、宦官らしくない宦官だ。

 司馬宇の姿を見た翠玉は、すぐに状況を理解して眉を顰めた。

 彼がいるということは、つまり、あのお方も来ているということだ。

 翠玉は進まない気持ちで、仕方なく屋敷の前まで行く。

 すると、そこに立った司馬宇がジロリと翠玉を見た。

 どこに行ってたんだ、とか、やっと帰ってきたか、とでも言いたげだ。

 しかし司馬宇は口を結んだまま、顎で示すように屋敷の方に促した。

 ああ、やっぱり、そういうことねと、翠玉は一つため息をついてから扉を開けた。

 すると、正面に見える机の席についた人物が振り向いた。


「おお、翠風、戻ったか」


 鮮やかな赤毛に、紅玉のような瞳をした国の主。暁嵐は翠玉の帰宅に気づくと、満面の笑みで迎えた。

 しかし、翠玉の胸には暗鬱な雲がかかる。


「……陛下、どうされたのですか?」

「どうって、お前に会いに来たに決まっておるじゃろ」


 ケロッと言う暁嵐に、少しイラッとする翠玉。

 ――なんなの? 皇帝って暇なの? そんなわけないわよね、さっき雲嵐だって激務って言ってたんだし。だったらなんで、日中までうちに来るのよ。

 涼しい顔をしながら、心の中ではうるさい翠玉。

 もちろん、暁嵐自体を疎んでいるわけではない。ただ、間が悪すぎるということだ。

 

「そこの女官に翠風はもう少しで戻ると聞いたのでな、ここで待たせてもらうことにしたんじゃ、ほれ、早うそこに座れ」


 翠玉は暁嵐に言われた通り、机のもう一つの席につく。

 暁嵐と対面しながら、翠玉は愛想笑いをした。

 話の流れからして、次はどこに行っていたのか、聞かれるに違いない。

 そう悟った翠玉は、まずいなと思った。

 まさか今ここに暁嵐が来るとは思っていなかったので、暁嵐になんと説明すればいいのか、考えていなかった。

 先に凛玲を帰してしまったため、話の擦り合わせもしていない。

 もしかしたらすでに凛玲が答えているとしたら、翠玉との答えにズレが生じては怪しまれる。

 しかし、そんな翠玉の不安は、すぐに杞憂であったとわかる。

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