十一
分厚い冊子を夢中で捲っていく翠玉。
この冊子はもうほとんど使われていた。
最後の方、後数枚残すところでようやく、まだ使われていない白紙が見えた。
一年分はあるであろう、そこに記されていた名前に、翠玉は顔を顰めたのだ。
「ほとんどが……美雨様と、雲嵐様……?」
たまに上段の皇妃や、暁嵐の姉や妹の名前もあったが、多くを占めていたのは、その二人だったのだ。
皇帝の正室である皇后、美雨と皇帝の弟、雲嵐。
「……さようにございます」
「これは、一体……?」
「……見ての通りにございます」
なんとも気まずそうな宦官は、言わずとも察してくれという様子だ。
帳簿には美雨と雲嵐の名前が、ほぼ交互に並んでいる。
代表者の名前しかないので、誰と華殿にいたのかはわからない。
もしかしたら、二人は気に入った華殿に、別の誰かと来ていたのかもしれない。
だが、翠玉の目にはこの帳簿が、美雨と雲嵐の、愛の記録のように見えたのだ。
「……ねぇ、今までここに凛玲が来たことはない?」
「凛玲……とは?」
「さっき私が連れてきた女官よ」
「さあ、どうでしょうか……私もずっとここにいるわけではないので、ここの番は宦官たちと交代で回していますからね……ですが、他の宦官に聞いてもわからないと思いますよ、正直、女官は皆同じに見えますので、よほど関わりがないと、顔や名前まで覚えません」
聞いても無駄だとは思った翠玉だったが、予想通りの反応に内心舌打ちする。
と同時に、宦官という人間も難儀なものだと思う。さほど身分も高くないのに、心労が大きそうだと。
「わかったわ、ありがとう……あなたも大変ね、ご苦労様」
「あ、お、恐れ入ります……!」
翠玉がそう言って帳簿を返すと、宦官は恐縮しながら受け取った。
雲嵐は華殿を頻繁に使用していた上、秘密の場所なるものを匂わせていた。そして、暁嵐が死んで皇帝に成り代わるのは、一番歳の近い弟である雲嵐。
暗殺の依頼に十分な場所を確保でき、動機もある雲嵐。ならば彼が依頼人なのだろうか。
しかし、まだ謎は残る。
皇族である雲嵐は旺玖院に住んでいる。
ならばどうやって、凛玲は雲嵐に声をかけたのか。暗殺の契約を結んだ後なら、華殿で落ち合えば済むだろうが、最初の暗殺の誘いを、どんな時に行ったのかわからない。
同じ後宮に住む皇妃ならともかく、皇族は生誕祭などの催しでもない限り、女官はなかなか会うことすらできない。
しかし女好きの雲嵐のことだ、もしかしたら後宮と旺玖院が行き来できる裏口でもあるのかもしれない。
先ほど言っていた『秘密の場所』とはそのことの可能性も――。
翠玉はそんなことを考えながら、来た道を戻る。
なかなか一筋縄ではいかないと悩む翠玉だが、確実に真相に近づいているのだった。
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