十
「ごめん、凛玲……私ちょっと、用事があるから、先に戻っておいて」
「え? でも……」
「大丈夫だから、凛玲はなにも心配しなくて……じゃあ、後でね!」
「あっ、スイ――」
凛玲が名前を呼ぶ前に、翠玉は衣の裾を持って地面を蹴った。
以前はこんな動きを出すと、何者かと疑われるところだったが、生誕祭で演舞を披露したことにより、ある程度の身のこなしは使えるようになった。
そうしてやって来たのは、先ほどの華殿だ。
息一つ乱さない翠玉は、ゆっくりと門のそばに立つ宦官に近づいた。
それに気づいた宦官が、不思議そうに翠玉を見る。
「おや、いかがされましたか、翠風様」
「すみません、ちょっと聞きたいことがあるのですが」
「はい? なんでございましょう?」
「華殿を使った人の帳簿のようなものはありますか?」
翠玉の目当てはこれだ。
誰がこの秘密の花園を使っているのか。予約を取るなら、間違いがないよう紙に書いているはずだと。
「ええ、日にちや時間が重なってしまわないように、帳簿に記しておりますが」
翠玉の予想通り、やはり帳簿はあった。
「その帳簿を見せていただくことはできますか?」
「……かまいませんが、なぜそのようなことを?」
想定内の質問に、翠玉は口元に手を当て、儚げな表情をする。
「私はなんの後ろ盾もない皇妃です……なので、位の高い皇妃様や、皇族の方に気に入っていただけるよう努力をしたいのです、だから親しくなるきっかけを作りたくて、華殿にお誘いできたらなと……ですが、皆様がこういった場をお好きかわかりませんわ、なので、どんな方々が普段気に入って使われているか、確認をしたいのです」
「ほ、ほう、なるほど……そういうことならば」
翠玉にねだられるまま了承する宦官。年老いても男、翠玉ほどの美女に上目遣いで頼まれれば、断ることはできない。
宦官は懐に手を入れると、縦長の四角い冊子を取り出した。
大きさは手のひらくらいで、帳簿というよりも、覚え書きの帳面のような感じだ。
翠玉はそれを宦官から受け取ると、黒い表紙を縦に捲った。
横向きに引かれた線と線の間に、必要事項が記入されている。
左から順に、希望があった日にちと時間、頼んだ人物の名前。
翠玉はこの名前の部分を、目を凝らして見た。
しかし、一件の予約につき、一人の名前しか書かれていない。
どうやら記入が必要なのは、身分の高い代表者の名前だけで、連れて入る者の名前は不要なようだ。
――なによ、これじゃあ、凛玲が誰と華殿に入ったかわからないじゃない。
翠玉はひどく残念な気持ちになりながら、帳簿を捲っていく。
すると、ある違和感に気づき始める。
――なに、これ……?
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